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11世紀フランス 神の平和運動 世界の終わりの預言
みなさん、こんにちは。 1) 11世紀のフランスなどで起こった『神の平和運動』は具体的にどういうことを民衆がしていたのでしょうか。また、当時の仏王ロベール2世が後援したのはなぜでしょうか。 2) 同じ頃『世界の終わりの予言成就のうわさが広がって』とものの本にありますが、前世紀のノストラダムスのように(笑)民衆の間にぼんやりとした終末論があったのでしょうか。それとも黙示録などに基づく深刻なものだったのでしょうか? キリスト教とは無縁のものです。全くの素人なので馬鹿なことを書いているのかもしれませんがご容赦ください。よろしくご教授願います。
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これは、ど素人の憶測です。 1。11世紀のフランスなどで起こった『神の平和運動』は具体的にどういうことを民衆がしていたのでしょうか。また、当時の仏王ロベール2世が後援したのはなぜでしょうか。 ロベール2世は、新興成金というか新興なり王で、周りの諸侯からは上からの目線で見下げられている新参者です。 ロベールの父があわてて息子の戴冠式を企てたのも、1代だけじゃあ、重みもなく、一人だけじゃあ自信もないので、併治王とし、俄か王朝に箔をつけるためでしょう。 このような劣等感に苛まれているロベールは、上がダメなら、したと手を組んで、という民衆運動で、近隣の鼻息荒い諸侯の足元を狙ったものかと思います。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%AB2%E4%B8%96_(%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%8E%8B) 2。同じ頃『世界の終わりの予言成就のうわさが広がって』とものの本にありますが、前世紀のノストラダムスのように(笑)民衆の間にぼんやりとした終末論があったのでしょうか。それとも黙示録などに基づく深刻なものだったのでしょうか? 世界に終わりが来るという予言は、下記の過去の日付だけでも、150以上あり、それがみんなハズレだったのはいうまでもありません。 https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_dates_predicted_for_apocalyptic_events 中でも面白いのは、1000年の頃、ローマ法王(多分黙示録は読んでると思います)が’世界の終わりを予言していることです。 暦の切れ目がいいし、今〇〇を買っとけば、並ばなくて天国へ行ける、みたいな紙切れを売れば、法王なんかは濡れ手に粟で儲かったでしょう。ちょうどロベールの頃です。 ******* ちょうどここまで書いた時、ふと時々飯を一緒に食う古フランス語などをよくご存知のイギリス人学者に聞いてみよう、と、ここからは今日昼飯ついでに聞いて来たのの受け売りです。 いわゆる Pax Dei、正式には Pax et treuga dei「神の平和と休戦」は、旧フランク王国(下記)地域からカロリング王朝(下記)の影響が衰退した後の諸侯の暴力に対抗する長期に渡る動きがロベールの頃正式に名乗りを上げたものである。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E4%BA%BA https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E6%9C%9D 諸侯の間に起こる小競り合いに農兵として駆り出されたり戦争の邪魔者として犠牲者になった平民を哀れんで、教会が手を差し伸べたのである。 Dei 「神の」はこのためにつけられた。 今のフランス、スペインなどの集落が教会の周りにあるのは、その庇護を求めて民衆が集まった結果である。 以上が受け売りです。
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- SPS700
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#2です。補足です。 >>11世紀のフランスなどで起こった『神の平和運動』は具体的にどういうことを民衆がしていたのでしょうか。また、当時の仏王ロベール2世が後援したのはなぜでしょうか。 我ながら、雑なことを書いたので、後悔の念とともにご質問を読み返しました。 これは「民衆がした」運動ではなく「された」結果で、無防備の民衆が、諸侯の横暴の前に何もできず、乱暴され放題だったのを哀れんで、教会が、援助をしたということのようです。 いわば虐げられ、圧迫されながら、反抗の手段のない民衆に、日本でいう「駆け込み寺」的な避難の場所として、教会の建物や敷地を解放したのだ、と思います。 で、ロベールも、民衆の苦境に同情し、自家の境遇(諸侯を敵に回しての境遇)に重ねたのではないかと思います。
お礼
SPS700さん、こんにちは。 あらら、スミマセン。お礼が超遅くなりまして、申し訳ありません。補足ありがとうございました。
カペーはブルボン王朝の姓。 良くも悪くも政略戦争のイメージが あります。 ヨーロッパの歴史は長く複雑ですね。 王朝に忠誠を誓うことは 普通のことだったんじゃないでしょうか。 中国なんてずっと戦国時代だったような ものですよ。 王朝が滅法するたびに首都を移して。 北と南は生活習慣も言語もちがうけど 憎しみあってるわけでもないんです。 民衆といってもなんとも言えません。 一国の立場ではないんです。 信心は自分自身を誓うようなものだと思います。 自分のあり方。 そんな感じに見えました。 宗教より民族学を調べたほうが分かると思います。
お礼
suviさん、こんにちは。お礼が遅くなり申し訳ありません。 民族学からというのは目から鱗かもしれません。試してみます。 ご回答ありがとうございました。
- ichikawa2017
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1)「具体的な行動」とはどのような行動を指しておられるのか質問者さんのイメージが良くわかりませんが、歴史的に神の平和運動と言われているのは、領主層の覇権争いに農民が巻き込まれることを教会が阻止しようとした運動です。 武力を持った領主層と対峙するには教会は武力を所有していませんでしたので破門という手段が用いられていました。 この教会の動きを農民が支持していただけです。 支持をするということは領主に従わないということですが、武力的な行動が取られていたかどうかは良く分かりません。 農民に関する史料も多くないことから、ローマカトリック教会の改革運動としてのみとらえられていました。 これに対して近年大衆の面からの見直しが行われています。 詳しくは下記のURLをご覧下さい。 神の平和運動と大衆 www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/00167765.pdf ロペール2世はフランス国王でしたが自身が実行支配する領域が狭いことから領主層の支配地域を組み入れようとしました。 当時領主層と激しく対峙していたのが教会でしたので共通の敵ということで協力しました。 ロペール2世はフランス国王として武力を所持していました。 教会側としてもこの武力に魅力があり、当初はロペール2世を破門していましたがなし崩しに破門を解除しました。 考え方によっては教会側を利用したことになりますが後援したとされています。 2)終末論というのは世の中が騒然とする変革期には常に生じます。 キリスト教には最後の審判という考え方があります。 キリスト教の根本をなす考え方です。 更に、聖書の末尾にヨハネの黙示録というものが記載されていてこの世の終末を預言したものと考えられています。 ヨハネの黙示録が深刻かどうかは知りませんが、詩的、暗示的な文章で解釈は如何様にもできます。 聖書を奉じる人であればこの世に終末があるというのは公知のことです。 当時のフランスの農民の間にあったものはぼんやりしたものではありませんでした。 ただそれが何時かという問題だけです。 蛇足 この世に始めがあり、終わりがある、という考え方はキリスト教、イスラム教、ユダヤ教共通の考え方です。 仏教では輪廻転生と言って始めも終わりもなくグルグル回り続けているだけと考えます。 このグルグル回ることを逸脱したのが仏の世界とされ、仏の世界には時間というものが無いと考えられています。 このような考え方は日常の物事に対する考え方に影響を与えています。 質問者さんをはじめ日本人が終末論と聞くと違和感や不気味な感情が起こるのはこのためです。 宇宙にはビッグバンという始めがあったとされていましたが最近の宇宙物理学ではビッグバンなどという現象はなかったという考え方も出てきています。
お礼
ichikawa2017さん、こんにちは。 >聖書を奉じる人であればこの世に終末があるというのは公知のこと これはよくわかりました。あるのかないのかではなく時間の問題だったのですね。 つけていただいたリンクも参考になりそうです。 ご回答ありがとうございました。
お礼
SPS700さん、こんにちは。お礼が遅くなり申し訳ありません。 これはわかりやすい解説をありがとうございます。例の「ものの本」の考察とも合致していて興味深く読みました。 わざわざ専門家の方にまでお尋ねいただいたとの由、感謝です。