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解決済み

杜甫の別居のわけ

  • 困ってます
  • 質問No.9295030
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お礼率 99% (2408/2410)

杜甫の詩には望郷の詩がいくつもあります。
「家書、万金にあたる」
「何れの年かこれ帰る年ぞ」
などと言っていますが、
なぜ家族を故郷に置いたまま、
自分だけ成都にいたのでしょうか?
長安の家族は、疎開しなくてよかったのでしょうか?
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質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.3
レベル14

ベストアンサー率 37% (830/2216)

難関の科挙に受かっても、仕事に就けないことはよくあったようで。当時の苦労がしのばれます。

私も知っているわけではなくて、ネットで調べながら回答を付けております。元々杜甫は、正確な記録がたくさん残っていて、それぞれの漢詩も、何歳の時に作った詩であるかが判明しているため、調べるのが比較的楽な詩人なんです。
お礼コメント
gesui3

お礼率 99% (2408/2410)

そうでしたか。
ウイキで見ても詳しいことが書いてないので、昔の人なので分からないことが多いのかと思っていました。
たくさん調べていただき、ありがとうございました。
投稿日時 - 2017-02-19 22:15:02
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その他の回答 (全2件)

  • 回答No.1
レベル14

ベストアンサー率 37% (830/2216)

こんにちは、疑問はつきませんね。

さてご質問の件ですが、「春望」は杜甫が44歳の時に作った詩です。その少し前に、生活のため家族を長安の町から家族を、奉先県(現・陝西省蒲城県)に移します。その後、その町と、長安を行き来することになります。

ようやく職を得た杜甫なのですが、そのとき、安禄山が謀反を起こします。そこで、家族をさらに遠くへ疎開させるとともに、自分は職務を全うするために長安に帰る途中で、敵につかまり、長安に幽閉されてしまいます。「春望」はこの時の歌です。

その後色々あって、官を辞して、家族と共に四川省成都の郊外に「草堂」を建てて、暮らすこととなります。
お礼コメント
gesui3

お礼率 99% (2408/2410)

敵による拉致監禁という不可抗力が原因だったのですね。
それなら話は分かります。
決して意思疎通が欠けた別居ではないので、「家書万金に当たる」なのですね。
それにしても「生活のため家族を長安の町から家族を、奉先県(現・陝西省蒲城県)に移します。」とは、どういうことでしょうか。困窮? 物価高?
投稿日時 - 2017-02-18 18:57:21
  • 回答No.2
レベル14

ベストアンサー率 37% (830/2216)

長い間仕事に就けなかったので妻子を養うことが出来ず、妻を実家のすじのお宅にお願いしたようです。
お礼コメント
gesui3

お礼率 99% (2408/2410)

何度も回答をありがとうございます。

昔も生きていくのは大変だったのですね。
しかし、良くご存知ですね。感心いたしました。 
投稿日時 - 2017-02-19 05:57:15
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