源氏物語の話し手の質問について

このQ&Aのポイント
  • 源氏物語における「御覧ぜで久しからむほどに、かたちの異ざまにてうたてげに変わりてはべらば、いかが思さるべき」という台詞が気になる。なぜ東宮が母宮に対して話しているのか疑問。
  • 母親が子供に対して敬語を使うのは普通ではない。現代語訳では、母宮が東宮に対して話していると解釈されるが、なぜそうなのか理解できない。
  • 「御覧ず」は尊敬語であり、身分の高い者に向けて使われる。しかし、なぜ身分の下の東宮に対して使われているのか疑問。また、「はべらば」は自己に対する尊敬語とされるが、確認したい。
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源氏物語の話し手の質問

源氏物語の話し手の質問 「御覧ぜで久しからむほどに、かたちの異ざまにてうたてげに変わりてはべらば、いかが思さるべき」 という、母宮が東宮に対していう台詞があるのですが、これがなぜ東宮が母宮に対しての台詞でないのかわかりません。 まず、母親が子供に対してこんな敬語を使わないですよね?「(母君が私=東宮を)御覧にならないこと久しいうちに、(私=東宮が)もし姿形が異なり異様にかわっていらっしゃれば、どのようにお思いになるだろうか」という現代語訳をしましたが、正解はこれは母宮の台詞でした。 御覧ずは尊敬語で、身分の高い者の行動を高めるものなのに、なぜこの「御覧ず」の行動主が身分の下のものである東宮の行動になるのかがわかりません。 それと確認ですが、この「はべらば、」は、自己に対する尊敬語ですよね? 教えてくださいお願いします。

noname#211174
noname#211174

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  • ベストアンサー
  • teppou
  • ベストアンサー率46% (356/766)
回答No.2

 源氏物語については、さしたる知識はありませんが、この部分の母親が子供に敬語を使うという状況は不自然ではないと思います。  東宮と言うのは皇太子と言うことで、次の帝になる人のことです。母親と言えど次の帝をたんに子供として扱うことはできません。当然ながら敬語を使います。  こういうことは、江戸時代の武家でも同様であったようです。  元服のすんだ武家の嫡子に対して母親は、○○殿と呼びかけ、少なくとも丁寧語を使ったようです。  戦前ですら、ある程度以上の家では同様の状況であったようです。  古い時代のことを現在の常識で判断してはいけません。  一例をあげます。  私が少年時代に見た映画に戦前を舞台にしたものがありました。この映画は、ある一家が新天地を求めて故郷を発つというところで終るのですが、その状況は主人公の男性が身なりを整え身一つで先頭を歩き、母親と奥さんが大きな荷物を背負って後ろに従っているというものでした。  戦後生まれの私には、このシーンがどうしても腑に落ちず、帰ってから母親にその話をしましたところ、母親も説明に困って戦前はそういうものであったと言うだけでした。  実際戦前では珍しくない光景であったようです。現在では到底信じられないことではありますが。  この話が、平安時代に通じると言うわけではありません。江戸時代以後は儒教の影響が大きかったと思います。  平安時代がどのようであったか実際のことは分からないでしょう。安易に現在の常識で過去を判断するのは間違いのもとです。  むしろ古典をしっかり解読することで、現在との違いを学ぶという姿勢が必要なのではないでしょうか。

その他の回答 (1)

noname#210263
noname#210263
回答No.1

母親が子どもに対して敬語を使います。

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