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左派と右派の憲法に対する価値観。

政治学者の片山杜秀氏の著書を読んで気になったことがあります。 この方が左派と右派が憲法9条に対して真逆の主張(護憲or改憲)で対立する理由として 「左派は人間の理性を信頼し、理性によって理想社会が実現するとする立場に立脚しており、憲法9条に書かれてある『反戦平和』や『非武装中立』による世界平和も、人間の理性に頼りさえすれば可能であり、自国防衛など必要無いと考える。」 一方の右派については 「右派は人間の理性に対する懐疑があり、彼らが憲法9条改正を求めるのも、我々がどれだけ『非武装中立』や『反戦平和』を唱えても、不完全な人間の理性では、他国の領土や資源への欲望や、それに伴う『侵略欲』を抑える事が出来ず、周辺国へ攻撃する可能性を否定するのは困難であり、自国防衛が重要であると考えるからである。」 と主張しています。 他国(近隣諸国)が、自国(日本)に対して、領土や資源への欲望やそれに伴う「侵略欲」から攻撃や侵略してくる可能性に、左派は「憲法9条に賛同してくれる。」と唱え、右派は「憲法9条では侵略される。」とするこの両者の考え方の違いには、こうした「理性」に対する価値観の差が、根底にあるからなのでしょうか? <片山杜秀氏の説明を下記に纏めると> 左派 「人間の理性を信頼」=「理性による理想への改善は可能」=「領土や資源への欲望や他国への『侵略欲』をなくせる」=「反戦平和や非武装中立の世界平和は可能」=「憲法9条護憲」 右派 「人間の理性を懐疑」=「理性による理想社会は不可能」=「領土や資源への欲望や他国への『侵略欲』をなくせない。」=「他国からの侵略に備え自国の国防強化」=「憲法9条改正」

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回答No.11

コレが、右派と左派の定義についての質問・・・と言うことでしたら、この解釈はありとあらゆる見解があって、一緒くたに出来るものではありません。 ココやネットで検索して得られる「右翼」「左翼」等の定義であれば、 安倍氏、或いは自民党の政策を支持・・・右派 支持しない・・・左派 こういう定義がありますね。 他にも、 原発推進派・・・中庸 自然エネルギー派・・・左翼 こんな風に分類する人もいます。 このネットにあふれる定義って言うのが・・・おそらくは最初に申し上げた「自民党を支持しているか支持していないか」にしか当てはまらない、右派左派の分類なので・・・ 原発推進派は右翼かと言ったら、全然右翼でも中庸でもないんですが・・・ ただ、自民党を支持しているか、支持していないかに当てはまる典型での分類と言えますよね。 原発問題に関して「賛成反対」で「右翼左翼」を分類できる定義が何かを探れば、「原発推進の自民党」に端を発する分類だと言うことです。 もう一つは、昔のヨーロッパ議会に端を発する 民族・国粋主義=右翼 共産主義=左翼 この定義ですよね。 一般的にこういうところで、まともな回答を寄せる方は、こういう風に「元々なぜ右翼左翼なんて分類が出来たのか」等を把握している人と言えるでしょう。 この定義は、例えば突然自民党が「原発をすべて撤去する」等と言い始めて「右翼左翼」の定義が変わってしまうと言う、流動的な定義ではありません。 そういうわけで、現在日本では、こういう風に「定義自体が異なる右派左派の分類が、2種類、或いはそれ以上有る」という事をまず把握しておかなければなりません。 自民党の支持不支持での「右派左派」と言う分類。 辞書などで定義されている、共産主義か民族主義かという「右派左派」と言う分類。 そして、これらの複数有る定義を、知ってか知らずか、混ぜて使う方もいらっしゃいますね。 「自民党支持=右翼・自民党不支持=左翼」 + 「民族主義=右翼・共産主義=左翼」 だから 「自民党不支持=共産主義」 コレが成り立つと、本気か工作か、そういう風な発言をする人もいます。 詭弁というヤツですね。自民党不支持だから共産主義者かと言えば、全くそういう事はないわけです。 「リンゴ=赤・梨=白」 + 「サクランボ=赤・メロン=白」 だから 「リンゴ=サクランボ」 成り立ちませんよね。リンゴとサクランボは別のモノです。 こういう事を踏まえて、護憲が左翼、改憲が右翼、こういう風な論を判断してみてください。 憲法を守ることが共産主義者に当たるのか、憲法を変えることが民族主義に繋がるのか。 全く別の問題を、「右翼左翼」というちまたの定義に踊らされて、「リンゴとサクランボ」が同じ果物だというような、謝った解釈をしている可能性はありませんか?

soramimiclub
質問者

お礼

確かに「リンゴ=赤・梨=白」+「サクランボ=赤・メロン=白」だから「リンゴ=サクランボ」は成り立たないのは納得です。 リンゴとサクランボは別物であり、現在使われている「左派・右派」の定義と、元々の「左派・右派」の定義は異なる事を念頭に置いて、この両者の思想信条の違いについて、より調べて行きたいと思います。 回答ありがとうございました。

  • sync-mag
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回答No.10

 No.5です。補足をいただいたのでやってまいりましたが、前回以上に長いです。  片山杜秀氏は中島岳志氏の主張を下じきにしているのですか。おそらく中島氏自身はこれまでの保守思想に関する先人の業績を踏まえて立論していると思いますが、源流はエドマンド・バークあたりですかね。  先回答にも書きましたとおり、片山氏の類型は右派、左派ともに自画像としては的外れだと思いませんが、どこまで現実の彼らを表現できているか疑問です。とくに右派(保守派)については「よき右派」とか「本来の保守派」を念頭に言語化したような印象をおぼえます。  保守派といっても内実は多様なものです。それを簡潔に言葉で要約しようとすると、どうしても無理がともないます。ことにネットを中心に活躍する自称「保守派」までを視野に入れると、かなりかけ離れたものになってしまいます。そもそも「理性を懐疑する」というワード自体が彼らのレトリックにない、いささか衒学趣味の強い言葉です。  右派(保守派)には雑多な主義、主張、思潮、思想が混在していますが、これはもともと保守派とは何か特定のイデオロギーから生まれものではないからでしょう。彼らの根底にあるのは社会とか政治に対する共有された気分であり、体系化された政治信条に結集することがあるのは目の前にある状況に反応しているにすぎません。この状況が変われば、また信奉する信条も変わります。  言いかえれば、言葉で規定された集団ではないからこそ言葉で定義することが困難なのだと思います。片山・中島氏はこの「気分」を「理性を懐疑する」という言葉で表現しようとしたのでしょうが、質問者様が提示してくださった憲法9条に反対する理由になると、後付けの感じがとても強くなります。  たとえば、右派(保守派)の中には新自由主義を信じる経済的右派もいます。彼らは実際の政治行動でも政治的保守派を支持することが多いので右派に分類されますが、本来の彼らの信条からは矛盾があります。新自由主義とは経済活動から政府の規制とか公的機関の介入を排除しようとする考えですから、国家権力の強大化を招く政治的保守派とは相いれない部分があるのです。  にもかかわらず、彼らが政治的保守派に同調するのは、彼らの中にはもともと父権主義とか権威主義に対する嗜好性があるからだと考えます。マチズモと言いかえてもいいです。彼らの多くが経済活動における自由を称揚するのも、自由競争の価値を信じるからではなく、競争がもつ優勝劣敗、弱肉強食という側面が彼らのマチズモに訴えかけるからにほかなりません。  ちなみに、自分の経済活動に邪魔になるときは熱心な自由尊重派になりますが、これはまあ人間ならあたりまえの反応ですね。  マチズモに憧れる人たちは、根本的に戦って相手をやっつける物語が好きなものです。そんな彼らの世界観にとって憲法9条の理念は好みに合いません。現実の彼らは9条に反対する理由として「国際情勢の緊迫化」「道理の通じない相手だから」「わが国は脅威にさらされている」などと挙げますが、いずれも反対の結論からさかのぼって理屈をつけているだけです。  人間だれしも、自分が好戦的な人間だとは認めたくないものです。  ついでに書いておくと、9条反対派はこれがGHQによる押しつけであることを理由にする人も多いのですが、同じように押しつけられた日米地位協定とか日米安保についてはついぞ反対の声を上げません。「押しつけ」が後付けの理由である証拠だと思います。  それともうひとつ付け加えておくと、本来雑多な集団であり、経済的右派と政治的保守派のように矛盾していても右派(保守派)としてまとまれている真の理由を、ポール・クルーグマンは差別への欲求を共有するからだと喝破しています。  ネットに飛び交う自称「保守派」の言葉づかいを見ていると、わたしも納得してしまいます。  また、経済活動に関心がなく、もっぱら政治的異論を許さないような社会を理想視する人たちも「保守派」を自認します。彼らの行きつく先はファシズムにほかなりませんが、このような指向性をもった人は珍しくありませんし、本サイトでも頻繁に目にします。  近現代史を見てみると、過剰な国家主義を指向する体制は必ずナショナリズムを身にまとってきました。共産主義をかかげたスターリン体制もそうでしたし、現在の北朝鮮も、もちろんナチス・ドイツもそうでした。  なぜなのかと言えば、「民族」という概念は多様な背景と考えを持った国民に、君たちは同じ歴史、文化、伝統、宗教、言語を共有する「○○民族だ」とのアイデンティティを与える効果があり、これを体制を支持する機能へと転化するわけです。  前近代の社会において、人びとはさまざまな社会集団(地縁、血縁、宗教、職能団体など)に所属して暮らしていましたが、いずれの国でも近代化の進展はそのような組織の力を弱めていきます。それは、個人にとっては市民としての「解放」であると同時に、帰属する団体の喪失というアイデンティティの危機を招きます。この欠落をナショナリズムは埋め合わせました。  国家をまとめ上げる効果を持つ理念はナショナリズム以外にもありますが、歴史的に見るといずれも長続きしないことがわかります。ナショナリズムそのものは人工的な概念であっても、その基盤になっているのは人びとの生活の実感とか生活の場に根ざしたものであるため、説得力がちがいます。  しかし、いっぽうで生活に密着したナショナリズムは、本来郷土主義くらいの範囲しかカバーしません。これを国家全体を包含する規模にまで昇華させるにはそれなりの苦労があり、装置が要ります。  その重要な道具立てのひとつが敵の存在です。「われわれ」ではない「奴ら」の存在が明確でわかりやすいほど、「われわれ」というまとまりも明確でわかりやすくなります。かくしてナショナリズムはエスカレーションすればするほど、敵の脅威をあおり立てるようになります。奴らは虎視眈々とわが国をねらっているとか、内なる奴らは敵に連なる者だとか言いだすわけです。  こういう言葉づかいの人たち、ネットでは珍しくありませんよね。  このようなナショナリズムに熱烈に帰依する人にとって、9条反対派が描きだす物語はまことに都合がいいため、とてもしっくりと来ます。そもそも人間の理性を信じていないかどうかはさておき、相手の理性は信じられないほうが望ましいのです。  しかし、複雑にからみ合い相互に影響を与えあっている現代の国際環境において、彼らが思い描くほど世界は単純ではありません。現実の一側面を言い当てているのはたしかだと思いますが、しょせん一部にすぎないのです。  わたしは常々感じているのですが、9条護持派を「脳内お花畑」と揶揄する彼らは反対方向で勧善懲悪の活劇のようなファンタジーにとらわれています。ぶっちゃけた話、彼らはしきりと愛国心を口にしますが、彼らが愛しているのは日本という国ではなく自分自身にすぎない、そうわたしは感じています。  昨今のわが国では、空理空論をもてあそぶ観念的な右派(保守派)が目立つようになりました。ネットの世界はいうにおよばず、自民党の政治家でも目につきます。  しかし、本来わが国の保守派の大勢はイデオロギーに拘泥しない人たちでした。天皇を尊崇しながらも大日本帝国の過剰な国家主義を反省し、経済発展に主眼を置いた軽武装路線を追求する。人によって温度差はありながらも、全体として自民党の主流はこの人たちによって担われてきましたし、国民の多数もそれを支持してきました。  保守派とは、戦前の過剰な国家主義とも、現在の左翼イデオロギーを振りかざす人たちともちがう、というのが彼らの自己認識でした。  憲法9条が戦後七〇年、多くの攻撃にさらされながらいまだ命脈を保っているのは、確信をもった左派のみならず、この国民の大多数を占めていた保守派によっても支持されてきたからだと考えます。  国民の多くが憲法9条を支持するのは、彼らが「左翼だから」でも「共産主義を信じるから」でもありませんし、言いすぎかもしれませんが「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」するからでもありません。片山氏が整理したように「自国防衛の必要がない」などと考えている国民はひと握りでしょう。  直近の世論調査では、各報道機関とも憲法改正反対派が賛成派を上まわっています。近年は賛成のほうが多かったのですから、ここに来て逆転したわけです。憲法9条については一貫して反対派が多数を占めてきましたが、その数も目に見えて増えています。  もちろん「自国防衛の必要がなくなった」と思う人が増えたからではなく、9条改正を訴える人たちが日本に危機をもたらすと危惧する人が増えたからです。 >憲法9条護憲を主張する右派(保守派)の方を聞かないのですが、それはどうしてなのですか?  現状で9条の改訂を訴える人たちに反対すると、自動的に「左翼」あつかいされるからにすぎません。  沖縄県では従来の保守と革新の枠を超えた翁長県政が誕生しましたが、その契機のひとつになっているのが本土の自称「保守派」に対する反発なのだそうです。沖縄の発展にも歴史にも関心がなく、ひたすら自己の政治スローガンをくり返し、賛同しなければ「中国に占領されろ」と口走る。この彼らの無神経さに、まともな沖縄の保守層も腹を立てているのだとか。  憲法9条についても同じことが起こりつつあるのだと思います。

soramimiclub
質問者

お礼

確かに片山氏の言う「左派・右派」の理論は、間違ってまではなくても、どうも現実の「左派・右派」とは相容れぬ部分が多かったり、正直「?」な部分が多いとは思います。 >彼らはしきりと愛国心を口にしますが、彼らが愛しているのは日本という国ではなく自分自身にすぎない、そうわたしは感じています。 それは僕も同感です。 結局、憲法9条改正を唱える人達の意見は、本当に日本の為になるのかを考えていかねばなりませんね。 回答ありがとうございました。

  • WW-B
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回答No.9

No2への返信どうも。 どうも「う~ん」といった感じですね。 世の中は自分が立案した方程式や評価法によって成り立っているのではなく、自分が考案した概念で現実全てを型にはめれるものではありません。 本件問題で彼らが提唱するそのようなパターン化は既に狂気の始まりです。 或は幼児性の現れかもしれません。 また、あなたの色々な言葉の使いまわしを読んで感じたことは、質問内で紹介されたそのパターン化された解説は、あなたが例示した著者達がその著作内で述べているのではなく、あなたの側で理解した限りのものなんですか? 分かりやすく言えば、あなたが解説しているそれらの文言は、彼ら二人の著作物の中にそのまま文字・文章として書いてあったのですか? それともあなたの側でその文言を作成してるのですか? それによって我々の回答も変化すると思います。 追加質問については、 「右派」と言っても色々な人がいますし、右派の護憲派も数多いですよ。 昨今の安保法制の騒ぎで、いわゆる「ネトウヨ」的な右派が賛成デモをした際、頻繁にカウンターデモで撃退してきたのが、実は一部の極右派です。彼らは護憲の側に立ってます。 また在特会のヘイトデモについては多くのネトウヨの賛同を得ていましたが、しかしその在特会に対してそれを否定する立場を多くの右派がとってもいます。 実社会の右派というのはネット界の「ネトウヨ」とは多少異なっているのです。 ですのでここではネット界でよく見受けられるネトウヨさん達について語れば、 > 逆に伺いたいのですが、WW-Bさんが考える「右派」の方達が憲法9条改正を主張する理由は何だと思われますか? まず、彼らの多くが憲法について正確に理解してませんよね。(彼らの投稿を読めばそのように判断できます) 知性または教養の不足が原因でしょう。その上更に自分たち流の妄想解釈を付加している。 間違った理解からは間違った結論しか出ないのです。それが回答。 あなたの言う「左派」がネトウヨさん達を相手にしてないのは、誤った憲法解釈を振りかざして改憲を主張する人達の認識を訂正して回るのが面倒だからであり、更には狂人(若しくは痴れ者)とも見えたりもする彼らに近寄るのは危険だ(若しくは嫌だ・病気が移る)と感ずるからですよ。 左派や普通の人にとっては十分なる機能を持つ9条の、ネトウヨさん好みの内容の改憲は、「侵略戦争」を解禁する方向に進みやすい。 ネトウヨさん達は侵略戦争をしたいので改憲したいのですか?(ネトウヨがそうは思っておらずとも、実体がそうなる) 侵略戦争をしても日本人に迷惑がかからなければOKですが、迷惑がかかるでしょ。 それは過去の小日本帝国で体験済みです。 迷惑行為は誰にとっても嫌なのです。 最近はネトウヨの存在そのものが迷惑行為に成り下がってますがね。 (追伸) 「改憲!」と言う際にはどのような内容で改憲するのかをまずは言うべきでしょうが、それを言っているネトウヨさんはほぼ皆無ですよね。

soramimiclub
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

soramimiclub
質問者

補足

回答ありがとうございます。 >あなたが例示した著者達がその著作内で述べているのではなく、あなたの側で理解した限りのものなんですか? 以前までの中島氏の解説までは、著作内をそのまま引用してます。 ただ今回の片山氏の解説について、左派の解説の部分(非武装中立や反戦平和との関係)については、僕の側での理解であり、著作内とは異なります。 >「右派」と言っても色々な人がいますし、右派の護憲派も数多いですよ。 それは初めて知りました。 所謂「保守派」と呼ばれる方達は「憲法9条改正」を主張したり、中には「自主憲法制定」を主張する方達の事ばかりが目立ち、僕の中では「保守派(右派)=改憲派」と言うイメージが強かったので。(日本会議と言う保守系団体も盛んに改憲を唱えてましたので。) また下記のURLの高校時代の同級生も 「左翼は平和主義者で、逆に右翼は戦争を支持し、再び戦争をする為に憲法9条改正をするんだ。」 とか言って右翼団体に憧れてたので、それ以降僕も、この「左派・右派」について独学で勉強をしております。 http://okwave.jp/qa/q8875327.html

  • dragon-man
  • ベストアンサー率19% (2701/13654)
回答No.8

>なぜ右派(保守派)の方達が憲法9条改正を主張するのでしょうか? 憲法9条護憲を主張する右派(保守派)の方を聞かないのですが、それはどうしてなのですか? 右翼が憲法改正を言うのではなく、憲法改正を言うと右翼にされるだけのことです。私も右翼と言われています。本人は中庸のつもりですが。 左翼とは本来的に社会主義者(その一部の共産主義者)のことです。それ以外は中庸、もしくは右翼です。今の日本には社会主義者の左翼はいますが、右翼はいません。戦後GHQに弾圧されて絶滅しました。左翼は生き残りました。今の共産党と、民主の一部です。それなのに、右翼という言葉を盛んに使っています。自分らに反対の意見を言う人を攻撃する、便利な侮蔑用語に過ぎません。

soramimiclub
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

soramimiclub
質問者

補足

高校時代の同級生が 「左翼とは平和支持者で、右翼とは戦争支持者で、もう一度戦争をする為に憲法9条改正するんだ。そして俺は右翼だ。」 とか言って、実際に街宣車に乗った事もあると言ってましたが。(一般人が作った右翼団体だそうですが。) http://okwave.jp/qa/q8875327.html

回答No.7

補足を頂いたので答えますね。 「護憲派の右派がいないのは何故?」 居ないんじゃなく、あなた方が「護憲派は左派」と決め付けているからでは? 右寄りの人で護憲派は居ると思いますが。 憲法を守ろうとする行為は、「左派」つまり「共産主義者」とは本来定義出来ません。 憲法を守る≒共産主義 これは成立しません。 安倍麻生の政治辺りで、「反安倍、反麻生は左派」と言うレッテル張りが浸透した結果では?

soramimiclub
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

soramimiclub
質問者

補足

右寄りでも護憲派の方は居られるのですか? 所謂「保守派」とされる方達は「憲法9条改正」を主張したり、中には「自主憲法制定」を主張する方達の事ばかりが目立ち、個人的に「保守派(右派)=改憲派」と言うイメージが強かったので。(日本会議と言う保守系団体も盛んに改憲を唱えてました。) 仰る様に「憲法を守る≒共産主義」ではないとは思いますが、やはり政治思想で「保守派」を「右派」「共産主義者」を左派と分ける場合が多いと思います。 その場合、共産主義者でも憲法9条改正を唱える者も居ると考えるべきですかね? 下記のURLの高校時代の同級生も 「左翼は平和主義者で、逆に右翼は戦争を支持し、再び戦争をする為に憲法9条改正をするんだ。」 とか言って右翼団体に憧れてたので、これ以降僕も、この「左派・右派」について独学で勉強をしており、まだまだ政治素人なのですが、どうしてもこの左右の「憲法観の差」について知りたく、質問させて頂きました。 http://okwave.jp/qa/q8875327.html

  • sync-mag
  • ベストアンサー率57% (98/171)
回答No.6

 No.2さんの回答に強く同意します。憲法9条について実によく整理されていて、まことに感服しました。  ところで、わたしも片山杜秀という方を知らなかったのでWikipediaで確認してみましたが、本式の政治学者というより本業は音楽評論、政治については近代思想史を中心とした政治評論家かなと受けとりました。著書も読んだことがないのに決めつけるのはいけませんが、あまり「学者」という感じがしません。  だからなのか、右派と左派についての理念型の説明はそれほどおかしいとは思いませんが、現実への適用とか、これが現実にもっている意味合いといったところになるとはげしくおかしいですね。なんと言いますか、非常に頭でっかちな印象をおぼえます。  この辺が「ネトウヨ」的と感じる所以なのではないでしょうか。  本来、理念型とか類型といったものは現実に対する観察・調査から浮かび上がる共通の要素を抽象化して集団の理解、把握を容易にするものですが、けっして現実そのものではありません。過信してはならないものです。  個人にはかならず個々に違いがありますし、この抽象化が必ずしも適切だという保証もないからです。  片山氏が左派(リベラル)の特徴として上げているものに共感したり、惹かれたりする人は多いでしょうが、これがそのまま現実だと思いこむ夢想家はそう多くありません。  多くの左派は人間の理性を信じさえすれば、あるいは憲法9条をかかげさえすればそれで物事が解決すると信じているわけではなく、この方向での努力が望ましいと考える傾向が強いのです。国家観の紛争や緊張は短絡的に武力で解決を図るより、時間はかかっても交渉によって妥協点を探ったり、相互理解を深める努力を進めることで、結果的にはよりよい解決にいたると考えます。  いついかなる時でもそうだというほど確信をもった人は少ないでしょうが、左派(リベラル)はその傾向をもった人たちだと思います。  いっぽうで右派はどうでしょう。たしかに片山氏があげているような自画像を思い描く右派(保守派)は多そうですが、同じようにあくまでもこれは理念型であって、現実の彼らの姿そのものではありません。  ことに顕著なのはネットに目立つ自称「保守派」の皆さんです。彼らはよく自分が「現実的」であることを誇りますが、その割りに彼らの言い分は客観性を欠いた評価に頼っていたり、単純な事実の誤認に基づいていたり、非合理な推論をもてあそんだりと、あまりにも強い思いこみをその特徴としています。言いかえれば、彼らは彼らが「現実的」と名づけた空想が好きな人たちなのです。  安全保障政策をめぐっては、古くから平和的に解決することを良しとする人と、武力が解決する(抑止力をふくめて)という人の二類型があります。しかし、現実の世間ではどちらかだけを純粋に追求する人はまれで、多くの人は同じ人間の中でこの二つが混じり合い、時に応じてその割合が変化したりします。  しかしながら、昨今ではどうも右派の純粋家、空想家がとても目立ちます。  おそらくそのせいだと思うのですが、最近の世論調査では憲法改正、9条改正ともに反対派が増えています。右派の空想家の台頭に危機感を憶える人が増えたからだと考えます。

soramimiclub
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

soramimiclub
質問者

補足

元々は、片山杜秀氏ではなく中島岳志氏の本が先に主張されてたんですけどね。 http://okwave.jp/qa/q8866058.html 上記のOKwaveの質問にも載せていますが、保守派が憲法9条改正を主張するのは、不完全な人間の理性では、他国の領土や資源への欲望や、それに伴う他国への侵略の可能性を否定出来ないからだとする「人間の理性への懐疑」が根底にあるものだと思ったのですが、もしこれが間違いであるならば、なぜ右派(保守派)の方達が憲法9条改正を主張するのでしょうか? 憲法9条護憲を主張する右派(保守派)の方を聞かないのですが、それはどうしてなのですか?

回答No.5

どうですかね。 確かに共産主義の理想は、究極の理性社会ですよね。 賄賂や独裁が生じない真の共産主義を実現できるとしたら、人間の理性が完全無欠でなければならないという、とても達成できない要件が必要になります。 これは絶対条件で、欠けると、中国やソ連のような国家に成り下がります。 確かに「極左派」の条件はそれで説明できなくもないかと思いますが・・・ その反対が「右派」、つまり資本主義、或いは民主主義、アメリカ西ヨーロッパ主義、つまりほとんどすべての日本人であるというなら、単純に「左派」の反対ではあり得ないような。 本来の日本の右派も、民族主義者とか、天皇崇拝者でしょう。 彼ら極右も、民主主義の一般日本国民同様そんな極左の反対のことなんか考えてないと思いますけど。 安倍氏も右派と言われますが、彼が右派だとすれば、その安倍右派も、別段民主主義とか資本主義にあまり興味はなさそうですよ? その・・片山さんという人、言っちゃ悪いけどあまり良い作家さんではないような・・・ いわゆる「ステレオタイプ」とか簡単に信じちゃう系の作家さん?

soramimiclub
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

soramimiclub
質問者

補足

極右思想の場合は、国家社会主義と言った人間の理性を信頼した思想を主張すると思いますけども、少なくとも一般国民同様の考えではない事は確かです。 本題ですが、この主張は本来、片山杜秀氏ではなく中島岳志氏が先に主張されてました。 http://okwave.jp/qa/q8866058.html 上記のOKwaveの質問にも載せていますが、保守派が憲法9条改正を主張するのは、不完全な人間の理性では、他国の領土や資源への欲望や、それに伴う他国への侵略の可能性を否定出来ないからだとする「人間の理性への懐疑」が根底にあるものだと思ったのですが、もしこれが間違いであるならば、なぜ右派(保守派)の方達が憲法9条改正を主張するのでしょうか? 憲法9条護憲を主張する右派(保守派)の方を聞かないのですが、それはどうしてなのですか?

  • dragon-man
  • ベストアンサー率19% (2701/13654)
回答No.4

日本の政治学者や憲法学者のほとんどは、国家安全保障について現実的、かつ客観冷静に考えません。常に発想が情緒的です。この政治学者の論調はまさにその典型です。憲法や国家安全保障について、人間の理性などと言う、よく言えば哲学的、悪く言えば単なる情緒でとらえてます。このことが国民の憲法観、国家安全保障観に多大な悪影響を与えます。国家運営は理念だけでは済まされません。現実への対応能力が必要です。そうでないと国を失いますから。憲法9条がいくら美しく、理想的であっても、日本以外の国がそれを単純にリスペクトしないのは現実を重んじているからです。そうでないと国が立ちゆかないからです。憲法学者はともかく、政治学者はもっと現実に立脚したものの考え方をしなければ政治学者とは言えません。教会の牧師さんか説教師と同じです。この考え方にはとても与する気にはなれません。

soramimiclub
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

soramimiclub
質問者

補足

元々は、片山杜秀氏ではなく中島岳志氏の本が先に主張されてたんですけどね。 http://okwave.jp/qa/q8866058.html 上記のOKwaveの質問にも載せていますが、保守派が憲法9条改正を主張するのは、不完全な人間の理性では、他国の領土や資源への欲望や、それに伴う他国への侵略の可能性を否定出来ないからだとする「人間の理性への懐疑」が根底にあるものだと思ったのですが、もしこれが間違いであるならば、なぜ右派(保守派)の方達が憲法9条改正を主張するのでしょうか? 憲法9条護憲を主張する右派(保守派)の方を聞かないのですが、それはどうしてなのですか?

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7194/21844)
回答No.3

"両者の考え方の違いには、こうした「理性」に対する価値観の差が、 根底にあるからなのでしょうか?"     ↑ ハイ、ワタシもそう理解しています。 左派の視点は、全人類です。 だから、極論すれば日本などどうなってもよいのです。 朝生にも出てきますが、世界が良くなれば、日本など 滅んでも構わないと公言するひとさえおります。 だから護憲になります。 右派は人間の理性など信じません。 試行錯誤の結果である伝統、習慣、常識を信用します。 だから、伝統などの源である国家を大切に思うようになります。 だから、改正派になります。 理性の代表である社会主義の無残な失敗を想うにつけ 左派の愚かさを考えます。

soramimiclub
質問者

お礼

よかった、この質問をhekiyuさんに読んでもらいたくて、しかも同意してもらいたかったので、とても良かったです。 回答ありがとうございました。

  • WW-B
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回答No.2

【憲法9条の根底にあるのは、日本人の中にいる悪人に対する警戒心】 -- 片山杜秀という人については詳細に知りませんが、憲法9条を彼が本当にそのように考えているとしたら、彼は法理論には疎い右系の単なる批評家のような人ではないのですか? 今風に言えばまるで「ネトウヨ」的な理解です。 憲法9条の意義は、日本の政治権力者や官民の軍国主義者達に対し、侵略戦争させる権限や意欲を持たせない点にあります。 言葉を換えれば、憲法9条で述べられているのは日本の権力者や日本の軍国主義者への(侵略)戦争禁止義務です。それら彼らから侵略戦争を取り上げたのが9条です。 憲法9条があるからといって、それが超自然な倫理的パワーを発っして敵国の侵略意図を消滅させたり国外の悪人を改心させたりするわけは有りません。 「世界平和が人間の理性に頼りさえすれば可能であり、自国防衛など必要無い」という理屈は妄想ですし、憲法9条が憲法前文も含めてそのような理屈によって作成されたわけでは全くありません。 また、憲法9条には『反戦平和』や『非武装中立』などについては書かれていません。 ■ 憲法9条が禁じているのは、 1、国際紛争を解決するための国権の発動たる戦争 2、国際紛争を解決するための武力威嚇・武力行使 3、上記の禁止事項を行使したり、国の交戦権を行使したりする機能や目的を持つ「戦力」の保持 但し、自衛隊等の防衛出動は「国際紛争」には含まれず、防衛出動は「国権の発動たる戦争」でもなく、「国の交戦権の行使」にも相当しないというのが現代的な解釈です。 ■ 憲法9条に禁じられていないのは、(条文内に記述が見当たらないのは) 1、個別的自衛権の行使に相当する防衛出動 2、上記の為の「武力」の保持 質問文で記載された片山杜秀とかの人の理屈はまさに、まるで「ネトウヨ」が左派を訳も分からず攻撃する際の妄想にそっくりです。 ネトウヨさん達は「左派?」の人達が本気でそう考えていると妄想して、彼らを攻撃してます。 確かに「左派」の一部の人達の中にはそういうおとぎ話の信奉者も存在しているでしょう。 だが大部分の左派の人達は、過去の戦争の経験を踏まえ、「2度と戦争を起こさせない」ために憲法9条を尊重してるのです。 彼らは日本国内にいる敵から日本を守ろうとしている… というのが憲法9条を尊重する動機なのです。

soramimiclub
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

soramimiclub
質問者

補足

なるほど、日本国内にいる敵から日本を守るために憲法9条護憲を主張するのは、僕も一理あると思います。 ただこれは政治素人の僕の疑問なんですが、左派と呼ばれる方達が憲法9条護憲と主張すると「反日」や「売国奴」的な意見を目にしたり、少なくとも右派と呼ばれる方達が憲法9条改正を唱えると愛国者的な扱いを受けている気がします。 ただのマスコミの報道のせいなのかわかりませんが、とにかく左派の方達の憲法9条護憲に対する執念は凄まじく、下のhekiyuさんの仰る様に「世界が良くなれば日本がどうなっても構わない。」何て考え方の方も居られます。 本当に日本国内の敵から日本を守る為に憲法9条護憲を主張されているのか、ハッキリ言って怪しいと言う思いもあります。 逆に伺いたいのですが、WW-Bさんが考える「右派」の方達が憲法9条改正を主張する理由は何だと思われますか?

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