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一度のDVが…
DVについて真剣に考えています。 アドバイス頂ければ幸いです。 私32歳×1は×1子1人の彼女と結婚前提の付き合いをしていましたが、先日些細な事で口論になり彼女の髪の毛を引っ張り怒鳴ってしまいました。 彼女は昔にDVを受けた事を最近になり知りました。 自分は今まで女性に手をあげたことが無かったので何故そんな行動をとったのか自分でも混乱しています。 彼女は私に恐怖心を持ってしまい、私と会うと思うだけで震えが止まらないのです。 私が傷つけたので別れる覚悟はしていますし、彼女に対して罪は償っていきます。 彼女は「好きなのに、体が拒否反応がおきる。」「幸せだったのに震えがとまらない」「大好きだったから毎日涙が止まらない」と別れを告げられました。 今でも彼女の事、愛していますし、未練も残っていますが、これ以上傷つけたくないので謝罪と感謝の気持ちを伝えてお別れしました。 私自身、一度とはいえ手をあげてしまったのは事実ですし、何故手をあげてしまったのか自分自身が怖いので精神科で見てもらい、自分と向き合おうと思います。 彼女の最後のメールが私の事を「変われると信じてるから」とか「一緒に治せてあげれなくてごめん」と何度も信じてるからとメールで何度も励ましてくれました。 当分は連絡もとらずに彼女を見守ろうと思いますが、いつかまた連絡をとりたいです。 私の考えは迷惑でしょうか? いつかまた2人仲良く一緒になれる日が来るのでしょうか?
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- Glory_777
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悩ましいですね。 しかし、諦めない人は必ず、幸せを手に入れると思います。 何をしたいのかしっかりと意識できていれば、 それについて冷静に対応して積み上げればいいのです。 まずは、諦めずに、どうしてこうなったのか考えて、頭を冷やすことですよ。 もう一度繰り返すことを不安に思い、真剣に準備を重ねることでしょう。 準備が整えば自信がつきます。 自信がつけば、必ず積極的に行動できます。 時間がかかっても、一生準備に費やしたとして為しえる事が出来なくても、 今よりも良くなっており、 「あのときは無謀であった」 と今の自分を笑い飛ばせるときが来ます。 それはとても正常な衝動であると思います。 他人である私から見ますと、 既婚歴があり、子供をお持ちの女性を愛すると言うのは、 男性として、とても大きなストレスに耐えてきたのだと思います。 私の友人が同じ様なケースで誰かを愛そうとしたら、 それを始める前に「覚悟はあるのか?」と問うでしょうし、 それでも友人はきかずに「やり遂げると」と応えるでしょう。 そして、私は上手くいかないと予想し、 友人として哀しむでしょう。 一般的な見え方で申し訳ありませんが、 当事者としてご苦労されれば、口に出して言えない部分でストレスがあったはずです。 それを思い出して、あまり自分を責めないことが大事です。 しかし、今後も考えれば、ご自身のケアもしないといけません。 精神科に通うというのも良いと思いますが、 何かしらお力になれる事を述べられるか、努力してみます。 DVと自己愛性人格障害など、調べてみました。 色々と研究がなされているようです。 自己愛性人格障害の方に多いと報告されているようですが、 関連して今で言うハラスメントに発展しているケースもありそうです。 時期を同じくして増えているように見えますから、 何かしら、共通する要因があるのでしょうね。 質問者さんのお話を聞き、自分の中に似たような経験がないか考えてみました。 自己愛性人格障害が原因であると言うのは、かなり当たっているように思えます。 ただし、これは自尊心と表裏一体の性質であるため、 病理的なレベルでなければ、正常とされているようです。 つまり、自尊心を強く持っているときほど、そうなりやすい。 慢性的にこれが強いと病理的であり、人格障害と判断されやすい。 逆に、普通の人でもそういう危うい状態がたまにあるのでしょう。 また引き起こしやすい、別の側面があると思います。 精神科に診て貰おうとしているようですが、 ひとつ気になるのは、 「自分が障害と言う犯罪を犯したという自覚がありますか?」 自尊心が高い状態は誰でも経験しますし、なければ前に進めません。 ここで一線を越えてしまう個人差が生まれるのは何故かと考えますと、 普段の生活から、自分が小さな犯罪を犯している、と言う自覚がないからだと思うのです。 企業内でも社員が不正行為にまで発展するケースがあります。 ここで指摘されていたのは、 「少しズルをしたとき、 本当は悪いことをしているんだけどなあ」 と言うように、心の中で戒める習慣が無くなっているからだそうです。 立小便も犯罪だそうですが、 質問者さんが行った行為は、立派な犯罪行為じゃないでしょうか? そこについて悩んでいないのが大変気になります。 さらに加えて、被害者の女性の方も、そう思っていない。 DVと言う概念以前に、何かしらお二人の認識がズレていませんでしょうか。 ここを指摘したのは、 DVを働いた自分にショックを受けていると、 本質的な自分の在り方をチェックできないと思ったからです。 事件を起こしたとき、 本当に怖いのは、自分の心の定規がいつの間にか曲がっていることです。 「そんなこと(自分がいつの間にか感覚的にズレている)もある」 として、そこから再点検するのが大事だと思います。 人と人との揉め事には切っ掛けがありますが、 個人に中に僅かな歪みが残っていますと、 これは別の人や別のシーンと対峙したときにも、影響を与えるはずです。 自分の経験から、今になって分かったズレ(そのときの自分の)と言うのがあります。 これは、 「良いことで悪い事を相殺する」 と言う感覚です。 論理的に考えれば、「良いこと」と「悪いこと」の二つをしているだけであり、 良い行いで悪い行いを相殺できないのです。 ところが自分のメンタルが歪んできますと、 これら二つを別にして認識できず、自分の中で相殺をかけているんです。 つまり、加害者になっているときにも罪の意識があるという事です。 問題なのは、悪い行いを、良い行いで相殺できると思い込んでいる状態のこと。 こうなっている自分と言うのは、意外と分かり辛く、 度合いが進行しやすいのではないかと、(思い出して)考えております。 他人から見ると、相殺できていませんよね? 当人は差し引きで自分はイーブン=普通=正常であると思っています。 これでは罪の意識が起きませんから、 事件に対しての解釈が間違ってしまいます。 障害事件を起こしたのであって、DVをうっかりやってしまったのではありません。 これが他人が聞いたときの正常な見え方ですよね? まずはここに気がついて、ズレを治さないといけませんよ。 私の経験からですが、気をつけないといけないのは、 「今までよりも高まる自尊心」です。 誰かを助けようとか、愛そうとか、義憤に燃えるときは、 これまでの自分を改めて、上を目指すための覚悟が必要に成ります。 気分が高揚し確かに能力が高くなり、魅力も増します。 そして自尊心も高く保てます。 ここがポイントです。 ちょうど、自己愛性人格障害が引き起こすケースと似ていますよね? 高い自尊心を持つことは尊いことであり、生きていくうえで必須の話です。 同時にこれは良いことばかりではなく、弊害もあるとして、防御が必要です。 自分の中に歪みが出来ます。 その多くは、 「良い事をしているのだから、悪い事を相殺しているはず」 と言う大雑把さです。 いつの間にか細やかに、丁寧に接する気持ちが消えているんですよ。 親しい仲ほどそうなりやすいですね。 親しい仲でおきるいさかい。 このときに、 もし相手がその辺を歩いている普通の人であったら、 「そこまでしただろうか?」 と自分に問うてみると良いのです。 そうしますと、そこまでした理由が理由になりません。 相手が何らかの理由で自分に近しいから、それに甘えていたと言うのがわかります。 これに漬かってしまうと、いつの間にか、 自分が大きく見えてしまい、 それを確認したくて、 親しい対象に無理を強要したくなります。 これに抵抗されたとき、 幻想として作った自分が消えてしまうように怖くなり、 拘ってしまうんですよね。 根本的には、 細かいミスや限界、理想とのギャップが生じたこと。 これを自分の持ちえる力で対応できず、 見たくないミスに悩んだことです。 こうしたときは、別の良い行いで相殺するのではなく、 別の良い行いをして気分を持ち直し、再度、その問題個別に対応することです。 あまりにも問題が多発すると、 気持ちが負けてしまい、 何か一つの大きな良いこと(御旗)を掲げて、 「俺はxxしているんだから、細かいことは許されるはず」 (女性もそういう傾向がありますが) としてしまいがちです。 普段から、こうした部分に抵抗できていますでしょうか? 例えば、 「愛しているから」 「思いやっているから」 「自分は模範的だから」 「悪いと思って謝っているから」 こういう理由により、個別におきる不具合を放置しますと、 当事者の関係は悪化しますが、 さらに加えて、そういう癖が自分の中に出来てしまい、心の定規が歪みます。 お二人の関係を再構築するためには、 互いが互いを好きあっている、と言う事実に甘える部分を捨てることです。 再婚を果たすのは、ご先祖様の時代でも難しかったはず。 それに対して、 準備ができていないくらい、互いに未熟であったということでしょう。 経済的には、他の成婚をするケースよりも豊かでないと、対応できないはず。 こうした実質的な面で充足していないのを、 精神面で信じ込もうとしていませんでしたか? ストレスを受けた人をケアするための技法を学んで取り組みましたか? 普通に考えれば、教育者やカウンセラーくらいの専門的な力が必要でしょう。 これを愛でリカバリーしようとしていたら、 大分無謀です。 本当に愛しているのならば、 精神科にかかるのではなく、精神科の医師と同じくらいの力を身につけ、 彼女を癒す覚悟が必要です。 これを面倒と感じて、「愛」に逃げてはいけません。 医師やカウンセラーの方が彼女を愛したら、 もっと幸せにしたかもしれません。 愛は、 (ご当人の実力や資格を無視して) 互いを唯一無二に仕上げる道具ではありません。 病気の妻のために必死に病気を調べる旦那さんがいます。 これが正常だとしたら、遠かったのかもしれませんよ? 冷静になって、覚悟を行動で示しましょう。 見守ると言うのは、何もしないという宣言です。 だとしたら、 諦めて一切の関係を絶つのが礼儀ですよ。 以上、ご参考になれば。
- pg8mw
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DVにあう人は、繰り返しDVにあう傾向があります。その原因は、その人が暴力的な人に引き寄せられ易いと部分もありますが、その人自身が相手の暴力衝動を引き出すという部分も、過分にあります。 暴力衝動は、人の人格の一部として、誰であれ当たり前に備わっています。その発現は、関係性の中で常に起こるのです。どんなに理性的な人でも、前提として被害者意識を持った人と接近し対峙すれば、その相手の被害者意識がある故に、常に加害者の役に回らなくてはいけなくなるのです。 あなたが、潜在的に暴力衝動が強い人だったのか、或いは、彼女が潜在的に相手の暴力衝動を引き出す人だったのか、分かりませんが、これが関係性の中で起こった事は事実です。関係性の誘引は、強烈です。理性で乗り越えれるようなものでは、ありません。 ですので、あなたばかりを治療しても無駄です。その関係性から逃げる事が、一番良い結論です。DVとは常に、その関係性から逃げられない事が、問題なのです。 あなたは、自分の暴力衝動を引き出した関係性に近寄っては、いけません。それこそ、加害者としてあなた自身の人生を破滅させますよ。
- ginga3104
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うーん。また、よりを戻せるかもしれないけれど、やめた方が良いような。 男女に限らず、人付き合いには相性って有ると思う。 それは、好きとか嫌いとかじゃ無くて、なんか、もっと根幹の部分で。 ただ、それも関係性によってもまた違ってくるから、ややこしい。 知り合い程度なら良好な関係であっても、より親密になるとうまくいかないとか。 また、誤解を恐れずに言えば、DVを誘発する人も居ると思う。例えば、親密な関係になっているにもかかわらず、カッとなった時に相手の言ってはいけないキーワードを投げつけたり。幼い頃に厳しい躾を受けていたりして、高圧的な態度には無条件で従順になる人とか。 そして、お付き合いしてから、少しでも聞いていれば、貴方もそんな事はしなかった筈。それをあなたに言わなかった彼女、それを聞き出せなかった貴方。これひとつとっても、相性が良いとは言えない気がする。 ただ、人はそんなに変わらないけれど、経験によって学ぶ生き物。時間を置いて、もう一度はじめからやり直す事も出来るから、今は静かに時が過ぎるのを待つしか無いかな?