• ベストアンサー

200年以上生きた人物が存在しない理由。

カテゴリがここでいいのか分かりませんが質問です。 寿命が極端に短い方の例外は存在するのに、長い方の例外は人間の場合存在しないようです。 人口が1兆人ぐらいまで増えたら一人ぐらい登場するんでしょうか? 人間以外の生物では存在するんでしょうか? 確率的に何分の一ぐらいで数倍の寿命の個体が生まれるのか教えてください。

noname#194073
noname#194073

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • 0fool0
  • ベストアンサー率18% (134/738)
回答No.6

通常、寿命が極端に長い個体が生まれる事は無いと思います。 哺乳類の場合は一生の間に(大体)心臓が20億回拍動し5億回呼吸をすれば寿命を迎えます。 ネズミでも象でも同じで、体重で寿命が決まります。 正直、人間は其の中で矢鱈と長い寿命を誇っていますので、これ以上と言うのは、哺乳類の限界として不可能でしょうね。 有史以前は長くても40程度が人間の寿命でしたから。 もう一つ、仮説ですが「テロメア」仮説があります。 遺伝子の端にある遺伝情報的に無意味な集まりで、末端小粒とも呼ばれます。 これが細胞分裂の度に欠損していくので、寿命があるという仮説です。 このテロメアの欠損を修復する酵素がテロメラーゼと言うモノなのですが、通常の体細胞では生成されず、人間では生殖細胞・幹細胞、そして癌細胞で見られます。 さらに面白い事に植物では調べたられた限り、殆どの体細胞でのテロメラーゼの活性が観察出来るそうで、これが栄養生殖の一因ではないかと予測されています。 しかしまた、脊椎動物でも魚類・マウス・チンパンジーでは同様の観察がされたそうですが・・・ このテロメアが無くなって来ると、分裂の限界が訪れて、それを細胞老化と呼びます。z

noname#194073
質問者

お礼

ありがとうございました

その他の回答 (6)

  • eld3399
  • ベストアンサー率4% (16/345)
回答No.7

本来、人間の寿命はもっと長いはずです。

noname#194073
質問者

お礼

どうも人間以外の哺乳類でも例外は存在してないようですね。 人類の人口60億以上いるのに寿命を制御してるテロメアの仕組みや心臓鼓動の回数制限で例外が全くいないのが不思議です。 皆さん丁寧なご回答ありがとうございました。

  • sailor
  • ベストアンサー率46% (1954/4186)
回答No.5

哺乳類などの場合は先にたくさんの方がお答えの通りで細胞分裂の際の劣化や、脳細胞自体は生まれたときにすでに数が決まっていて、その後に増えることや他の細胞のように新しい細胞と入れ替わることもないので、細胞自体の寿命が来れば壊れていき減る一方ですから、とてつもなく長く生きるというのは無理でしょう。 ただ、生物の中には死なないというやつもいますよ。 たとえばクラゲの一種ですが、クラゲは卵からポリープという状態になりそれがいくつもに分かれてクラゲになっていくのですが、現在知られている中でクラゲの状態で老化が進んで寿命に近くなると、一つ手前のポリープに戻ってしまい、その状態からまたクラゲになるということを繰り返すやつがいます。まさに若返ってしまうのです。 また、単細胞生物の場合、細胞の寿命が来る前に分裂して二つの別の個体にわかれてしまうので、これもまた死にませんね。このような生物の場合は死ぬのはすべて事故死のようなもので外的な要因によってのみであると言えるでしょう。

noname#194073
質問者

お礼

ありがとうございました

  • tpg0
  • ベストアンサー率31% (3785/11964)
回答No.4

こんにちは。 >人間以外の生物では存在するのでしょうか? ↑生物とは動物・植物をまとめた呼び名ですから、植物を含めると樹齢数100年を数えるような大木の存在はあります。 なぜ、樹齢が数100年を数えるような長寿の大木があるかは、樹木は成長が止まらずに恒久的に成長を続けてるからで、人間を含む哺乳動物は「成長が止まると老化が始まる」からで人間の寿命にも限界があります。 なお、人間の悩は120年程度の寿命だそうですから、他の臓器が寿命にならなければ最長で120歳ぐらいまでは生きることが出来るそうです。 実際、120歳以上の長寿の人は過去にも現在生きてる人の中にも殆んど存在してないのは悩にも寿命があるという証明になると思います。 但し、将来的に科学が発展して老化速度を遅くすることが出来るようになったり、冬眠のように一時的に老化を遅らせることが出来るようになれば200歳以上の寿命も夢ではなくなると思います。

noname#194073
質問者

お礼

ありがとうございました

  • raiden787
  • ベストアンサー率37% (179/473)
回答No.3

今分かっている範囲ではその種の一般的な寿命ではありえないような長寿個体が産まれる可能性はゼロでしょうね。 20年くらい生きる犬や猫はたまにいますが30年以上生きた犬猫はいません。 100年以上生きた人間はいますが150年以上生きた人間はいません。 確率的に人間が何兆何京人産まれようともありえないかと思います。

noname#194073
質問者

お礼

ありがとうございました

  • Lupinus2
  • ベストアンサー率26% (1802/6710)
回答No.2

人間の細胞は分裂を繰り返し、常に生まれ変わっていますが、 その分裂する回数に限界があり、それに近づくと劣化して行きます。 そのため、遺伝子操作で無限に分裂を繰り返す細胞を作らない限り、不死、超長寿命は不可能です。 老化というのは、遺伝子がコピーされるときに劣化することなのです。

noname#194073
質問者

お礼

ありがとうございました

  • brillia
  • ベストアンサー率15% (3/20)
回答No.1

人間の動力である心臓は 簡単に考えれば 百年間の寿命の乾電池です そして 細胞一つ一つも生命体なので 疲れきって死ぬ事になります 人間の本質は物質では無く 心だと考えれば 朽ち果てる物質の体は 長期あっても必要の無い物だと考える事も出来ます

noname#194073
質問者

お礼

ありがとうございました

関連するQ&A

  • 人間の存在理由

    宇宙というシステムの中で、なぜ人間という存在があるのかがわかりません。 たまたま、生物が生きることができる条件が揃った地球という星が生成されてしまったために、結果として人間というものが生まれただけのことでしょうか。 システムとしての宇宙を考えたら、人類の他、生き物など存在しないほうが自然なことのように思います。 なぜなら、エネルギーを消費し廃棄物を生成し、地球という星の生命を短くし宇宙を汚しているだけの存在のように思えてならないのです。 それとも、偶然発生した人類が単に宇宙のシステムに反してそんな愚かなことをしているだけなのでしょうか。 もしそうなら、人間の存在などは一時的なものに過ぎないということになります。 何もない方が宇宙のためになると思うのですが、どのように考えたらよいのかご教授ください。 与えられた人生を精一杯生きるためだ、とかいう路線(笑)の意見以外で聞きたいです。 ちなみに、システム的には人類などいない方が自然と思いますが、私の感情ではいない方がいいと悲観的に思っている訳ではありません。

  • 地球外知的生命体は存在するのか

    地球外生命体について質問です。 この銀河系に地球以外に文明を持った知的生命体の居る惑星は存在すると思いますか? ちなみに自分は存在しないと思っています。 この銀河系には2000億個も星があるらしいですが、 たまたま生命が生きていくのに適した星があっても 実際に生物が誕生するためには、多くの有機分子が生命にピッタリの組み合わせができる必要があるらしいです。これだけでも実現する確率は、『10の4万乗(4万1桁の数字)分の1』らしいです。これがどのくらいすごいことかというと、「廃材置き場の上を竜巻が通過した後で、ボーイング747ジェット機が出来上がっているのと同じような確率である。」らしいです。 そしてできた単細胞生物が多細胞生物へ進化して、更に知性を持った生物に進化する。この話を聞くと自分が今この宇宙で生きているのは本当に奇跡なんだと感じます。そんな生物が地球以外でこの銀河系に存在するのでしょうか?

  • 地球の人口

    生物IIの授業で 個体群や密度効果、環境収容力などをやりました。そこでふと疑問におもったことがあります。 メダカなどの生物について考えた場合、個体数が増え続けると、 ・エサがたりない ・天敵と遭遇する機会が多くなり食べられる ・数が多いためにそれぞれの個体が十分成長できずに、産卵のための機能が発達しない→次世代が減少 (プールのような閉鎖された空間で、それなりに捕食者が存在する設定。) などの理由から、個体数の増加はいずれ頭うちになる時が くるとしりました。 でも、人間の場合はどうだと思いますか? 世界人口が70億人を突破しましたが、このままどんどん増え続けると思いますか? 私が自分なりに考えたのは、 ・石油とかの資源が足りなくなって国同士の競争が戦争に発展する ↓ 多くの人間が死ぬ ↓ 多少は人口増加に歯止めがかかる ……あまりに現実離れな考えでした(笑) いろんな視点から考えたいと思うので、みなさんの意見を聞かせてください。 どんなものでもいいです^^ よろしくお願いします

  • 人間以外の生物は即自存在?対自存在?

    サルトルは、石が石であるような在り方をすることを即自存在と言い、それに対して、人間のように自分を決定的に根拠づけることができないような不安な在り方をすることを対自存在と言ったそうです。 そこで質問なのですが、人間以外の生物(動物や植物など)の場合は、即自存在と対自存在のどちらになるのでしょうか?

  • 人間の”個性”なんてものは存在するのでしょうか?

    人間の”個性”なんてものは存在するのでしょうか?人間は生まれたときから今まで親や兄弟、友人、先生、親戚などから影響を受けてきてそれを模写して今の人格が存在すると思うんですよ。 ”個性”というとその個体特有なものだと思われガチですが他者からの人格コピーのミックスに過ぎないものが”個性”なら一番最初のオリジナル以外は”個性”と呼べないと思うんです。 人類の一人ひとりの人格は”個性”ではなく”派生”なだけで個体識別のために個性という言葉を使っているだけで実際はただの枝分かれかもしれません。 個性はその個体特有の何かとありますが、それもどこかのコピーの応用ではないでしょうか。 もしそうなら人類には必ず限界点が存在してそれ以上は進化することはないということになります。 新しい何かを生み出していると思われるのも全ては元から存在するものの応用、人類レベルでは個性なんてものは存在しないと思うと怖くなります。 今の考え方も誰かの影響かもしれませんし、人間は影響を受けて応用するだけで新しいものに見えても新しいものは生まれていないと思われます。 進化も遺伝子のデータベースとなるオリジナルが存在するわけで自分達はそのクローン的な応用の結果に過ぎないのではないでしょうか?

  • 人間の寿命を100年とすると10年に一人の偉人は何

    人間の寿命を100年とすると10年に一人の偉人は何人存在しますか?

  • 性悪美人が性悪ブスよりも、さらに性格が悪い理由は?

    以下は、私の独り言です。 私のこの疑問に学問的な答えを示せる方、 回答をお願いします。 ・・・ 生まれつき性格の悪い人間がいると思う。 犯罪者などの“社会的悪人”のことではない。 貧しさから泥棒をしてしまう人もいる。 それに、犯罪者が心底から性悪とは限らない。 こういう悪人のことを、私は言うのではない。 私が言っているのは、 潜在的悪意が強い“倫理的悪人”のこと。 ところが、そもそも善悪の基準自体、 人間が決めたもので、絶対的真理ではない。 そして、善人や聖賢者などの人間的エリートが、 子孫を多く残す生物的エリートとは限らない。 むしろ、人間的エリートは子孫が残りにくい。 人間的エリートが残した知的財産のおかげて、 人類の生活は便利になりつつある。 なのに、その恩恵を受けるのは、 彼らの子孫ではなく、生物的エリートの子孫。 だとすれば、 人間的エリートは“食われる側”で、 生物的エリートは“食う側”。 動物の世界では、食われる個体がいないと、 食う個体も生き残れない。 生物的エリートが人間的エリートに対し、 内心でこっそり優越感を持っている。 でもその逆は、極端に少ない気がする。 それは、これが理由なのだろうか? 生まれつき性格の悪い美人は、 生まれつき性格の悪いブス女よりも、 さらに性悪で手に負えない。 それはきっと、これが理由なのだろうか? ・・・

  • いつかは死ぬのに生きている理由は何ですか?

    私は人間が寿命まで生きようとするのは動物的な本能で死ぬことを恐がるためだと思います。 幸せになるために生きていると考えた場合、人間だけにそのような理由が与えられることは不自然だと思います。 なぜならこのように考えると他の生物が生きている理由が分からなくなってしまいます。 いつかは死ぬのに生きている理由は全ての生物が共通である方が自然であると思います。 幸せになるために生きているなどの理由は全て生まれてから付け加えられた理由だと思います。 まとめると人間が生きる意味は本能で死ぬことを恐がるからという理由だけであり、他の理由は本当の生きる理由ではないと私は思います。 この意見についてみなさんはどう思いますか?

  • 「生まれ変わり」の存在

    宗教やオカルトなどでは生まれ変わりのような教えがありますが、現実的に生まれ変わりというのは存在するのでしょうか? 自分の勝手な考え方では、なぜ自分が人間だったのだろう?なぜ今の時代に生きているのだろう?と思うことがあります。 地球上にこれだけ様々な生物がいてなぜだろうとか、と思います。もしかしたら他の哺乳類として生まれていたかもしれません。もっと言えば、昆虫や微生物、植物だったかもしれません。逆に、人間として生まれる確率の方が圧倒的に低いと思います。 また、今の時代に生きていることも不思議です。自分がもっとはるか昔に生きていた可能性の方が高いように思えるのです。地球が生まれて約46億年、生命が誕生して約40億年と言われているそうですが、それを考えると自分がもっと昔に生まれていてもおかしくないのではないか、と思うのです。 自分が人間として生まれて、この時代に生きていることは単なる偶然でしょうか? 肉体と魂の関係の考え方で、肉体は「器」「入れ物」であるという考え方があるそうです。肉体は「器」で、その「器」に魂が入って命が誕生し、その「器」、肉体が滅ぶ=死亡すると、魂が別の「器」に入って新しい命が誕生する。つまり、生まれ変わるということです。 これらのようなことを考えると、生まれ変わりは存在すると考えた方が自然で、存在しないという考え方の方が不自然のような気がします。 このような考え方は、非現実的でバカげていると思っている人もいると思います。また、このようなことを質問したところで現代の科学では証明できないし、最終的には信じるか信じないかになってしまいますが、回答よろしくお願いします。

  • 人間は存在しようとしてるのではないでしょうか?

    人間は存在しても次の瞬間を実現しないと消えて無くなります。存続しないといけないのです。 存在を求めて働き言動している。それによって何日も何年も何十年も存続出来るのではないでしょうか? 人間以外の物や生物も存在存続しようとするものが多いですが、人間はそれにも増して 存在を意志して存在する者ではないでしょうか? 存在しない事には話にもなりません。自分が死んだら残った人が憶えてるでしょうけど 自分にとってはそこで終わり 無になります。 影響は残ります。良い行いは良い影響として永遠の未来まで、悪い行いも未来永劫に影響します。 ただ 人間は存在する為に努力しますが 皆が存在するために行動するのが正義ではないでしょうか? どう思います? みなさん?