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旧日本軍

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お礼率 8% (93/1056)

なぜ昔の日本軍では、補給部隊や軍艦の機関部、技術開発部門等は軽視され見下されてたのでしょうか?
戦闘部隊だけでは戦争ができないという事が理解されてなかったのでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.6
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ベストアンサー率 27% (3007/11115)

海軍も、陸軍も、士官学校を優秀な成績で卒業した人たちというのは今でいう防衛大学出身の人たちなので、本来はそんなにバカじゃないんですよ。いやむしろ非常に頭がいいといってもいい。でも、頭がいい人が必ずしも「正しいとは限らない」のです。

日露戦争以降、太平洋戦争に至るまで、日本が痛感していたことは「日本は長期戦はできない」ということでした。これは、第一次世界大戦の戦訓で決定的になりました。まずそれが根底にあるということを理解しておいてください。

<陸軍>
日本軍が使っていた機関銃に「九二式重機関銃」というのがあります。太平洋戦争で主に使われた重機関銃です。で、この機関銃は同じ時代の他国の重機関銃に比べて、重くて、デカくて、発射速度が遅い銃でした。それだけ聞くと「時代遅れのダサい機関銃」に聞こえますが、実はこれが採用された裏側には聞くも涙、語るも涙のふかーい事情があったのです。
九二式重機関銃は、重くて発射速度が遅いのでその分、遠距離の集弾性に優れていました。世界広しといえども重機関銃なのにスコープ(光学照準)が付けるのが可能なのはそうありません。いってみれば「スナイパー重機関銃」だったのです。なんでそんなに遠距離の命中精度が高くする必要があったのかというと、つまり「バリバリ弾をバラまけるほど贅沢な戦争はできないから」です。本来は機関銃というのはバリバリ撃って「面で制圧」するものです。だけど、そうなると当然それなりの弾薬を消費する。そんな贅沢な戦争はできんというわけです。だから、少ない弾でもよく当てられるように発射速度も落としたのです。
これが「日本軍」です。この事情は実は日清戦争からずっとそうで、日本軍は一度とて「いくら撃っても構わない」なんて贅沢な戦争はできなかったのです。
ゆえに、日本軍の行動というのは一度に3個師団くらいが一斉に動くのがせいぜいで、それ以上の規模の部隊が一度に運用されることはほとんどありませんでした。それはそれだけの大部隊を支える補給組織がなかったことからですが、しかし現実の日本軍は「それ以上の部隊を動かすだけのモノ」の持ち合わせがなかったのです。
それだけの能力の持ち合わせがないので、自ずと補給部隊も規模は貧弱にならざるを得ず、ゆえに軍内の立場も弱いものだったのです。言葉を悪くいえば、田舎軍隊だったのです。

<海軍>
海軍も事情は同じです。長期間の戦争というのは日本には無理でした。そうなると自ずと方向性は「いかにして一発勝負に勝つか」に集約され、ゆえに月月火水木金金の猛訓練となったのです。物が足りない分は精神でフォローというわけですが、それは「金がないんだからあとは根性でなんとかするしかない」という笑えない事情ゆえです。
それでひたすらに一発勝負の海戦に勝つことだけを追求したので、本来の海軍の仕事である「自国の商船隊の保護」という任務が忘れられてしまったのです。

あとはもう全体的な日本の国力と技術力が低かったという哀しい事情もあります。日本軍は諸外国軍隊に比べると自動車部隊をあまり持たない軍隊でしたが、元々国内でトラックがほとんど普及していなかったのでトラックというのは「珍しかった」のですね。だから日本では自動車産業は育たず、質も低かったしなにより運転手や整備士の確保ができなかった。誰でも車を運転できたアメリカと自動車運転が「特殊技能」だった日本の違いです。
そして自動車産業の技術の低さはエンジンの性能の低さに直結します。戦闘機のエンジンは、ロールスロイスやGM、メルセデスベンツと自動車メーカーが開発したものが多かったのですが、日本のエンジンは飛行機用だろうが戦車用だろうがぜーんぶ性能が低い。ドイツが大戦前に開発したDBエンジンのコピーが戦争が終わるまでとうとう作れませんでした(飛燕のエンジン)。
当時の日本の工業製品の質の悪さを物語るあるエピソードがあります。現代ではネジの穴とネジの大きさは合うのは当然です。6ミリのネジなら、ネジ穴は必ず6ミリだしホームセンターで6ミリのネジを買ってくれば必ず合います。しかしゼロ戦のエンジンである栄エンジンはそうじゃなかった。ネジ穴の大きさもバラバラだし、ネジそのものの大きさも不正確。じゃあどうしたかというと、大量のネジの山からちょうど合うやつをひとつひとつ探さないといけなかったのです。だからちょうど合うネジが戦闘などでヒビが入って交換しなきゃいけないとなると、それが後方の工場ならいいですが、補給が十分でない最前線の基地なら、「たかがネジ1本で飛行機が飛ばない」という事態も起こりえたということなのです。日本の整備士が、アメリカのエンジンを見たら設計図で同じ大きさのネジが使われているところならどのネジを入れても正確に入るのでそのクオリティの高さに驚いたそうです。
そんなもんしか作れない技術開発部門の発言力が低くなるのも致し方ないですね。

現在はカメラの分野で不動の名声を獲得したニコンは戦前は軍事用カメラを作っていました。軍事用カメラってのはコスト無視で質の高いものを作っていい贅沢な分野でしたが、戦後は軍隊がなくなるということでじゃあ民間向けカメラを作ろうとなり、ドイツのライカカメラを取り寄せました。取り寄せてみると、ライカのカメラはシャッタースピードが正確で、しかも何回シャッターを切っても壊れずに正確にシャッターが切れる。それを見て「とてもこんな質の高いものは作れない」と途方にくれたそうです。日本一の技術を持っていたメーカーでもそんなものだったのですよ。

その他の回答 (全5件)

  • 回答No.5

ベストアンサー率 24% (1553/6376)

 日本が戦争に負けたのは、官僚に戦局の見通しをつける統治能力がなかったことです。軍隊には食糧は戦地で調達なとど暢気な指示だけで、武器弾薬は不十分でした。「大和魂があれば…」という精神論で戦争に突入し、継続していったのです。国民には生活の困窮を愛国心、忠誠心で乗り越えさせようとしました。

 予算の確保ができないままに、子供手当て、高速道路無料化、高校無償化を進めて人気を取ろうとした現政権によく似ています。現政権は「最低でも県外」と、国防に関しても無知蒙昧でしたが、戦争当時の政治が(今ほどではないにしても)戦争に関して無知であったことは否定できません。
  • 回答No.4

ベストアンサー率 22% (2662/11921)

基礎的な工業力がまだ不十分で国力の充実していない状況では、全てに対して充分な注力が出来ませんでした。

兎に角、攻撃力に一点集中し(不足する分は精神力で補う)、防御とか兵站とかそう言ったモノは必要最低限に限る。
そういう思考回路にしないと、戦争などに踏み切れません。


「戦闘部隊だけでは戦争ができないという事が理解されてなかったのでしょうか」
そんな風に合理的に理解されちゃうと戦争が出来ないので、戦争するために、そう言う思考回路を持たないような人間になるような仕組みを社会的に作り上げたのです
  • 回答No.3

ベストアンサー率 20% (73/356)

インパール作戦に対してだけですが
この作戦は旧日本軍のもっとも愚劣な作戦といわれています
この作戦を採用する時、補給等で無理と言う意見が多数だったのですが
ある人が、室田口中将に手柄を立てさせてやりたいと言い
むりに作戦課長に採用を迫ったと聞きました
あくまで採用を拒否すれば作戦課長は更迭、暗殺もあったかもしれません
外にもこの作戦に反対の人は大勢いたのですがすべて、更迭等でいなくなりました
ある部隊長が、こんな馬鹿な作戦が実行できるかと言って、自分の判断で途中から
部隊を率いて退却したのですが、これは敵前逃亡にもなるでしょう
部隊長は軍法会議でもやってくれといいましたが、裁判ともなれば作戦の可否が問題になるので
結局、裁判にもならず罪に問われませんでした
インパール作戦に対しては、個人の思惑で作戦が実行に移され、
始めから補給を考えずに行われたと言うしかありません
そして、補給がない事に対しては、精神論で突撃を命じたと言う事です
  • 回答No.2

ベストアンサー率 12% (39/314)

それが理解できていたらそもそも戦端を開く事はなかったでしょう。

>>50万の兵員を2500キロ進撃させ成功させた
戦略的に意義があったかどうかは別ですがwww
  • 回答No.1

ベストアンサー率 17% (344/1984)

陸軍と海軍を旧日本軍として一括りにするのはやめましょう

陸軍が補給を軽視した事はございません。戦闘機も毎年新型機が投入され、改良も行われてます。1945年、米軍が警戒対象にしていた戦闘機が一式戦闘機『隼』でした。改良された新型の隼の性能に米軍は恐れていたのです。戦車も持てる限りの技術で75mm砲戦車を作っています。そもそも世界で初めて強襲揚陸艦を作ったのは日本陸軍です。

海軍は杜撰です。海上護衛もいい加減で決戦に拘り、戦闘機も遅々と改良が進みませんでした。

暗号も陸軍のはほとんど解読されませんでしたが(哀しいかな、インパール作戦の暗号は漏れてしまって補給部隊が襲撃されました)、海軍と外務省のは開戦前に解読されていてダダ漏れしました。

50万の兵員を2500キロ進撃させ成功させたのは世界でも日本陸軍だけである事を覚えておいてください。ドイツ軍やソ連軍は長くて1200キロなんです。
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