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奥の細道 旅立ち 品詞分解
どなたか 奥の細道の旅立ちの以下の部分を 品詞分解していただけませんか(´・ω・`)?? 弥生も末の七日、あけぼのの空 瓏々(ろうろう)として、月は有り明けにて光をさまれるものから、不二の峰かすかに見えて、上野・谷中の花の梢またいつかはと心細し。むつまじきかぎりは宵(よひ)よりつどひて舟に乗りて送る。千住といふ所にて舟を上がれば、前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の涙をそそぐ。 行く春や 鳥啼き魚の 目は涙 これを矢立の初めとして行く道なほ進まず。人々は途中に立ち並びて、後ろ影の見ゆる間ではと見送るなるべし。 長くてごめんなさい! ぜひお願いします!!!!!!!
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どなたか奥の細道の旅立ちの本文の 以下の部分を品詞分解していただけませんか(´・ω・`)?? 弥生も末の七日、あけぼのの空 瓏々(ろうろう)として、月は有り明けにて光をさまれるものから、不二の峰かすかに見えて、上野・谷中の花の梢またいつかはと心細し。むつまじきかぎりは宵(よひ)よりつどひて舟に乗りて送る。千住といふ所にて舟を上がれば、前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の涙をそそぐ。 行く春や 鳥啼き魚の 目は涙 これを矢立の初めとして行く道なほ進まず。人々は途中に立ち並びて、後ろ影の見ゆる間ではと見送るなるべし。 長くてごめんなさい!! ぜひお願いします!!!!!
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