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江戸時代に「羊」の絵はありましたか。

江戸時代の人びとは、「羊」を見たことがないと思いますが、明和年間に出た『民用晴雨便覧』には、雲の形を牛・馬・羊などの形で表しているそうです。 ということは、「羊」の姿かたちを想像できたのだ、と思います。 「ヒツジ」は、エトの中にありますから、例えば、絵馬に描かれているような気がします。 江戸時代に描かれた「羊」の絵を探しています。 よろしくお願いします。

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連続投稿は自粛のつもりでしたが、 興味深い御質問についつい手が出てしまいました^^ 以下◎印のURLに画像が有ります、一応年代順に並べてみました。 ◇東京学芸大学リポジトリ>附属図書館所蔵資料>貴重書> https://ir.u-gakugei.ac.jp/handle/2309/8638 『頭書増補訓蒙図彙/京都:菊屋七郎兵衛/元禄8(1695)』 Fulltext_06 (1)◎「頭書増補訓蒙図彙 巻之十二 畜獣」<5/25>5コマ目・右頁下段 http://ir.u-gakugei.ac.jp/images/EP20001320_06/kmview.html ◇九州大学総合研究博物館>ギャラリー>江戸の百科事典>訓蒙図彙 http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/gallery.html 『唐土訓蒙圖彙/平住専庵著・橘守国画/大坂安堂寺町:大野木市兵衛・ 江戸日本橋:須原茂兵衛/享保4(1719)年』 巻十三 禽獣 http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/karakinmou/contents13.html (2)◎表紙から数えて17コマ目 http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/karakinmou/image13/018.jpg 『訓蒙圖彙/中村惕斎編/京都:九皐堂/寛政元(1789)年3月』に近い形態 <※初版『訓蒙圖彙』は寛文6年(1666)刊行> http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/kinmou/top.html (3)◎巻六 http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/kinmou/nk160.html ◇山口県立萩美術館・浦上記念館作品検索システム 絵本の世界 目次 http://www.hum.pref.yamaguchi.jp/ehon/ 葛飾北斎(※宝暦10<1760>~嘉永2<1849>年) 『北斎漫画 十四編(刊年不詳)』 http://www.hum.pref.yamaguchi.jp/ehon/manga14.htm (4)◎ U159-18 http://www.hum.pref.yamaguchi.jp/ehon/E04/U0015918.jpg ◇近代デジタルライブラリー http://kindai.ndl.go.jp/index.html <※初版『古今要覧稿』は、幕命により屋代弘賢が中心となって1821~1842年に編纂。 初版が見つかりませんでしたので、図柄が初版のままか否かは定かではありません。> 『古今要覧稿[6冊]第6巻/屋代弘賢/国書刊行会校/国書刊行会/明38-40』 (5)◎(653頁)<338/503>むくひつじ やぎ 夏羊 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/897551/338 (6)◎(655頁)<339/503>さいのこま 綿羊 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/897551/339 ◇東京都立図書館>貴重資料画像データベース>フリーワード検索「羊」 http://metro.tokyo.opac.jp/tml/tpic/freefind.cgi (7)(8)◎「正写異国人物-魯西亜人飼羅紗羊之図/五雲亭貞秀/万延01(1860)・11」 http://metro2.tokyo.opac.jp/tml/tpic/imagedata/toritsu/ukiyoe/6C/696-C001.jpg http://metro2.tokyo.opac.jp/tml/tpic/imagedata/toritsu/ukiyoe/6C/696-C001a.jpg 以上 あと、今回参考にした中で興味深かったのは↓ですが… ◆現場主義のジンパ学 北大文学部名誉教授 尽波満洲男 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/2248/jinpa12.html 講義録目次(これは主題で、各ページの題名は副題であり、異なっています) ◇古文書の羊は髭のあるヤギだった http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/2248/jinpaga164.html ただし、 ◆『慶應義塾大学日吉紀要. 自然科学.No.41(2007.3)』 (p.35-66)「明治前動物渡来年表/磯野直秀」 http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN10079809-20070331-0035 から江戸期の「羊」を拾い読みすると気候・風土の問題はあったと思いますが、 少なくとも1770年代には長崎では綿羊がいたようで、 遅くとも1800年代には江戸を経由するなどして綿羊が拡散し始めた気配もうかがえ、 ネット検索では綿羊のキーパーソンとしては田沼意次、田村藍水、平賀源内、渋江長伯等が浮かび、 加賀藩史料・日本財政経済史料などから文政・天保期に至っては 彼方此方での綿羊飼育が試みられた様子も伺えますから、 1800年代以降に実際に綿羊を見た絵師による図絵が 他に見つかってもおかしくないように思います。

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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。 丁寧にURLを示してくださったので、すぐ目的のページを開くことができ、大いに助かりました。 素通りできない内容の資料ばかりなので、読むのに丸一日かかりました。 「現場主義のジンパ学」と「明治前動物渡来年表/磯野直秀」は、精読しました。 「羊」が来たのは、鎖国以降は、明治に入ってからだと思っていたのですが、中国やオランダからいろんな種類の動物とともに、羊も来ていたのですね。 毛を剪定して、織物にする技術が当時の日本にはないので、江戸時代には羊はいないと思っていたのですが、なんと!1817年には、これをやり遂げているのですから、ビックリしました。 平賀源内は羊を飼育して、安永元年(1772)に「ラシャ」を織っているのですか! 羊の「絵」に興味があって質問しましたが、「絵」以上に羊の「語源」についての北大文学部名誉教授 尽波満洲男氏の「古文書の羊は髭のあるヤギだった」の解説文が大変面白かったです。 いつも親切なご教示に感謝しております。 今後ともよろしくお願いします。

その他の回答 (2)

  • 回答No.2

18世紀初めに出版された、『江戸時代の挿絵付き百科事典』とも言うべき「和漢三才図会」の巻第三十七の「羊」の項に「羊の絵」があります。(「やぎ」のように見えます) http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/wakan/wakan-jin/page.html?style=b&part=17&no=9 http://kindai.da.ndl.go.jp/JPEG/1AF5YE.jpg

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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。 『和漢三才図会』をWebで見ることができるのですね。 驚きです。 「ヤギ」も当時の日本にはいなかったと思いますので、中国の文献を参考にして書いたのかも知れません。 江戸時代の人は、今の「ヤギ」を「ヒツジ」と思っていた、と考えれば納得できます。

  • 回答No.1

 十二支の浮世絵をまとめたページがありました。どうも山羊と混同されていた模様です。 http://hamusoku.com/archives/3048298.html

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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。 迫力ある絵がいっぱい出てくる面白いサイトですね。 「ヤギ」と「ヒツジ」の区別は、江戸時代では出来なかったのかも知れませんね。 とても参考になりました。

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