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所得格差の是正から貨幣の廃止へ

所得格差の是正から貨幣の廃止へ  貨幣に関して、貴族政治の時代、すなわち農民から搾取した領主たちの時代では、農民を一とすると小領主が約千、大領主が一万、そして、その国を治める国王が十万以上という所得格差が存在した。今日この格差は著しく縮小している。フランスだけをとってみても、「フランス革命」の際には暴力的に、それ以降は漸進的に格差縮小がなされて、法定最低賃金制の導入にまで至っている。かつての国王に相当する国家の頂上にたつ人物、すなわちフランス共和国大統領も、現物給付される官舎や公用車といった特典を考慮しても、一九七七年度におけるその所得は、法定最低賃金の約三十倍以上はないのである。わずか二百年という年月を考えても、その格差はいまだに大きいが、格差は引き続き縮小していくことであろう。  また、大領主に相当するものとして代議士、将軍あるいは実業家をあげることができるが、かれらも平均して最低賃金の約十五倍以上は得ておらず、前述した、かつての一万倍に比べると比較にならない数である。 最後に、小領主に相当するものとして、市町村長あるいは小企業の経営者をあげることができるが、かれらも最低賃金の約七倍以上は得ていない。  世界中のあらゆる政府が、所得格差を減少させるための計画を立案している。フランスではその差は六倍以内に、またスウェーデンでは、既に格差を四倍以内におさえ、さらに近い将来は所得の最大格差を三倍以内に、つまり最低賃金の三倍以上の所得を得る人を無くす方向で検討している。  そして、この傾向は労働時間の短縮傾向と連動しながら、全地球上で所得格差がOになる日まで続いていくだろう。所得格差がなくなるとき貨幣はもはや何の役にも立たず、そのとき何の問題もなしに、貨幣を廃止することができるのは明らかである。おそらくその時、もしくはそれより少し以前に、次の根本原理があまねく認められることになるだろう。すなわち「すべての人間は何の代償もなしに、その出生から死亡に至るまで、快適な生活を享受する権利を有する」    配給経済 「終身強制労働」の廃止は、配給経済の確立に依存している。この経済システムが貨幣の廃止を可能にするのだ。 この経済システムは、諸生産単位が、人間がちょうど必要とするものを、多くもなく少なくもなく生産すべきであるという原則から出発している。 人間が生きていくうえで必要なものがある。衣・食・住がそれである。 社会はこれら三つの物を、すべての人間に何の代償もなしに供給すべきである。 国家は廃止されなければならない。実現される必要があるのは、生産手段の国有化ではなくして、世界共有化である。  もし、その職業、人種、宗教もしくは性別に関係なくすべての人間が、ロポットやコンピューターによる生産で衣食住に必要なすべてのものを供給されるならば、価値あるものはその本来の価値を取り戻し、それに似合うだけの金銭的価値しか持たないものは、価値がなくなるであろう。  例えば、芸術家はその作品が売れるかどうかを、気にかけることなく絵を描くことができ、そしてその作品を、通人気取りや欲がらみではなく、本当に評価してくれていると思う人たちにのみ、与えることができる。  ある一つの発明が興味深いとみなされるやいなや、たとえそれが無益なものであっても、その作品は大量に生産され、一つ持ちたいと望むすべての人びとに配給されることになる。  また、希少品についてはどうだろうか。二十一世紀の文明は、人間の天才以外の希少品を知ることはないであろう。キャビア、シャンペン、ダイアモンド、何であれ、これらすべての物は実験室で合成され、好きなだけ生産することが可能になる。ぶどう酒、ダイアモンド、キャビア、肉、香水等々、すべては化学的なものである。つまり、あらゆる化学式は、科学的に再生産され得るのだ。生命そして人間でさえも、その遺伝子コードの中にその個性のすべてを含んでいる、D・N・A の分子に他ならないのである。[ラエル著 天才政治] 今の日本、何かにつけて金権が主導をにぎり、裁判法廷に置いても金が人を裁くような日常であるが、これでは世界に明るい未来はない。 ”「すべての人間は何の代償もなしに、その出生から死亡に至るまで、快適な生活を享受する権利を有する」” 世界を金権の奴隷とし、人びとを人道から逸脱させる現行法、改正する必要はないか?

noname#119214
noname#119214

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  • 回答No.3
  • mt0908
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現在の資本主義も完全でないように、 全ての人の平等を至上主義とする社会主義も完全ではありません。 おっしゃりたいことはよく分かります。 でも、配給社会、完全平等、格差のない社会では 競争はなく発展意欲、労働意欲も低下しがちであることも確かです。 その事実はソビエト連邦崩壊や、社会主義国家の自由主義化・資本主義化ということから 分かるところではないでしょうか。 資本主義・社会主義あるいは自由主義・平等主義の良いところを生かして 極端な思考ではなく柔軟な、社会体制を築くべきと私は思います。 質問者さんのおっしゃる社会では 私のような人間はすぐに働かなくなりますよ!

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質問者からのお礼

自分が望んでいることをしていない労働者へ  人間は強制労働をするようには創られていない。それにもかかわらず、あなた方はすべて、六十才から六十五歳の引退でようやく放免される、終身の強制労働を宣告されているようなものである。  将来はどうなるのだろうか?労働時間はますます短縮されるだろう。一日六時間、五時間、四時間、三時間......と次第に短くなっていくはずである。  逆に、年次休暇は長くなっていくだろう。また引退の年齢は、五十歳、四十五歳、四十歳......と次第に早まっていくだろう。  そのとき人間はどのように時間を費やすのだろう?あなたはどう思うだろうか?ここに一つの問題が浮かび上がってくる。あなたの受けた教育があなたをも汚染し、強制労働の終身刑に同意するようにあなたを形造ってしまっていることだ。人間には二つのタイプが出てくることになろう。一方は、一つの天職「天賦の才」を持ち、余暇もしくは引退後に、自分の好きな領域で自発的に労働することで自己開花する人びと、他方は、余暇を、自分の教養を高めたり文化活動やスポーツなど、各人に応じた娯楽のために活用する人びとである。  各人の自由時間が次第に増えるにつれ、常時あるバカンスでこれらの大衆を楽しませるために、あらゆる種類の作家、画家、詩人、エンターテイナー、芸術家がますます必要となるだろう。あるときは生産者、あるときは消費者というように、各人がその能力と嗜好に応じて自由にその立場を変えるのである。  一定期間(できる限り早急に)が経過すると、労働時間はますます短縮され、引退年齢もますます早まり、最後には義務的労働、強制的労働は完全に廃止されることになるだろう。働くことが好きな人々のみが「自発的に」労働を続けるのだ。そのとき人びとは、「人権宣言」の第一条に「すべての人間は何の代償もなしに、その出生から死亡に至るまで、快適な生活を享受する権利を有する」と記すであろう。  それではその時、必要不可欠な仕事をいったい誰がやるのかと、あなたは私に問うだろう。それは、機械がやるのだ!既にロボットは人間の負担を軽減し始めている。  しかし、明らかに資本主義社会では、このシステムは成功の見込みがない。というのは、例えば工場の所有者は、全労働者を解雇し、かれらにはもはや給料を払わず、そうすることでかつての労働力であった労働者を飢えるままにしておきながら、機械のおかげで自分たちは荒稼ぎするからである。これは不正であり容認できないことである。 百人の労働者に代わる一台の機械を製造させた経営者は、もはや働くことのなくなった百人の労働者たちに給料を支払い続けねばならない。その時機械は、労働者たちがレジャーと開花の文明に入ることを可能にするのだ。 また、人間が強制労働の機械、もしくは強制労働の場所へ行く通勤の機械と混同されている限りは、技術は社会の人間性を喪失させることになろう。機械と人間とは決して混同されてはならない。人間は開花のための場所で存在するように造られており、いっぽう機械は、ロボットやコンピューターに管理されて、労働のための場所で存在するように造られているのだ。  人間によって遂行される労働はすべて、必ず機械によって遂行されることが可能だ。人間が行うことのすべてをコンピューターは行うことができ、しかも、人間よりもはるかに上手に行うことができる。人間にはミスがあるが、コンピューターには決してない。  もし地球上の軍事予算に使い尽くしている金額を、工場、生産現場および事務所の改良に投資するなら、七年間で労働は完全に自動化され、人間はもはや労働する必要がなくなるであろう。  人間は自己開花するために造られ、機械は働くために造られている。ロボットが人間の作業を行うべきであって、人間がロボットの作業を行うべきではない。しかし現在、すべての企業で起こっていることは、残念ながら後者である。  それでは、誰が機械を監視するのかと、あなたは私に問うかもしれない。それは実に簡単なことだ。生産手段の完全な自動化に必要な最初の約十年間は、軍隊が、この監視と保持の仕事に配属されることが可能である。あるいはさらに、現に毎年何週間かスイスで行われているように、兵役にかわって、公的サービスが一、二年のうちに創設されるかもしれない。そうすると、召集兵と専門家集団のみが各生産単位で働くことになり、それ以外の人間は完全に自由となる。[ラエル著 天才政治] _Thanks.

質問者からの補足

統治形態の変遷小史  人類が誕生して以来、一体どのように人間は統治されてきたのであろうか。 今でははっきり言えるが、まず最初は、最も強い者たちが、自分たちの掟を他の者たちに物理的に押しつけたのである。  強者はその力によって、富や財産を蓄積していった。強者の子供たちは、その富を相続し、こうして強者の統治は有産者の統治へと移っていった。  有産者は統治し、彼らの従者の中で最も知恵のある者たちによる緒発見によって、次第に知識を獲得していった。  次に有産者たちは、専門知識人による統治を実現するため、かれらの知識を民衆のすべてには与えないように気を配った。  こうした専門知識人たちは、世襲の優越性を一般民衆に信じさせて、民衆を搾取し抑圧し虐待したのである。  やがて民衆は、こうした専門知識人たちを打倒し、自分らを統治する他の専門知識人たちを民主的に選び出すにいたった。 「権力の座についた知識人」であった。  しかし、知識は知性ではない。だから、事はうまく運ばない。なぜなら、知識というものは、どんなコンピューターでも行うことのできる記憶作用にすぎず、それによって問題の解決策を発見することはできないからである。  そこで「統治する知識人」は、その権力を保持するために、天才たちの発明を利用し、善意の発明家たちが考え出したものを殺人目的に利用した。  ついで「統治する知識人」は、管理の技術を教える高等専門学校を創設した。つまり、「高級官僚」の養成である。これらの高級官僚は、他者の発明を、自分たちの利益のために利用して統治することを学んだ。  権力を持つ天才が、権力を持つ知識人にとって代わらなければならない。 高等専門学校が提供するのは天才では全くなく、いっぱいに詰めこまれた記憶でしかない。良識と知性を獲得するのに、この学校を卒業する必要はない。  どの世代も、発明家たちを生み出すが、人類という種の生存を危険にさらすために、権力がそれを利用する。そして、こうして利用され裏切られた発明家たちは、自分の発明品が、罪もない人びとを殺りくするために用いられるのを見て、嘆く。  こうしたことは、もう続いてはならない!  人類を今も進歩させ、また常に進歩させてきた唯一の人びとに、権力を与える時である。それは、統治している時に、自分たちに何ができるかを示す機会をすべて持っていた、筋骨たくましい乱暴者や有産者、専門知識人、政治家、軍人のいずれでもない。そうではなくて、それは、自分たちに何ができるかを示す機会を全く持つことができずにきた唯一の人びと、すなわち天才たちである!

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その他の回答 (4)

  • 回答No.5

天才政治に基ずく世界政府の樹立←× 「基づく」が正解。 天才政治を求める人が馬鹿だったというオチの話ですか?

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質問者からのお礼

次はないか?

質問者からの補足

vistaなのですがうち間違えました。

  • 回答No.4
  • k_kota
  • ベストアンサー率19% (434/2186)

「すべての人間は何の代償もなしに、その出生から死亡に至るまで、快適な生活を享受する権利を有する」 それを誰が保証するのか? 全ての人が同じ所得であれば、何もしない人が多いでしょう。 そうなれば、あらゆる経済活動はストップします。 実現するための方法が無いと、ただのお題目と同じです。 そして、私はそのような社会が嫌いです。 卑怯で不公平な差別はあってはならないが、公正な競争は人類を良い方向に導く。

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質問者からのお礼

地域代表者から成る世界天才政治へ向けて  人類の将来を検討するにふさわしい唯一の方法は、問題を世界的スケールで考察することである。  人類はその領域を、部族、村落、地方そして国家へと、次第に拡げてきた。 地域の汚染や核兵器の増大という問題に直面して、知性的な人たちは、これらの諸問題を解決するには「世界政府」を樹立するしかない、ということをいち早く自覚したのである。  この構想は、現職の政治家たちからは非現実的だとけなされる。なぜなら、かれらはそれが実現すると、自分たちがその地位を失うことを知っているからだ。過分の報酬を受けている軍人たちにとっても、事は同じである。かれらも失業するのを恐れているからだ。かれらは、国境が無くなってしまうとき、少なくとも現在理解されているような意味での軍隊は、もはや必要ではなくなってしまうことを、百も承知しているのだ。ところが、かれらを武器を持たずに雇うには、余りにかけはなれた状態にあるので、そのことが奇襲隊の攻撃におびえている者たちを悩ませるのである。  他の者よりも先を見通す天才たちの、こうした現実的な構想を、非現実的だとみなすのはいつも凡人たちである。  非現実的な構想というものは存在しない。存在するのはただ、構想を実現する能力の無い者だけである。  したがって、この「天才政治に基づく世界政府」は、地球上のあらゆる地域を代表する、天才たちによって構成されることになるだろう。これらの地域は、民主的にその境界が定められる必要がある。現実の諸国家はおおよそ、自分の富の増大を望む有産階級によって仕向けられた、殺りく戦の結果である。これは、植民地主義時代のことだ。フランスとスペインの国境の両側に住むバスク人たちは、単一「国家」の樹立を望むかもしれない。これは、かれらの問題であり、またかれらだけの問題である。自分たちが一緒に住むか、それとも他の国に併合されるかを選択するのは、かれら自身である。バスク人は、地球上のあらゆる所にいる。独立した組織を持つことを望むある地域の住民は、人類全体の一部を成しているのだ。各々の地域の住民が、自分たちの政治組織を自分で決めることである。フランス国内の実例のみをあげるなら、コルシカ人、ブルターニュ人、オック人、そしてアルザス人たちがそうである。  したがってまず手始めに、各市町村の住民に、自分たちがどの地域に属すことを望むかを、天才政治の方法に則り投票させる必要がある。こうすれば、あらゆる国家主義的な思考を除いて、各地域の境界を定めることができるようになるだろう。そして、この投票はその後も、ある市町村の住民が投票を望むたびごとに行なうことが可能である。なぜなら、住民の移動に応じて、特定の市町村が、隣接する地域への帰属の変更を望むこともありうるからである。  いちど各地域が、そこに位置する市町村の住民の投票により地理的に決定されると、各地域は、等しい数の住民からなる十二の地区に分割される。そして各地区は、そこに属する天才たちの間から一人の代表者を選出する。こうして選出された十二人の天才たちが、一つの天才政治に基づく地域団体を構成するのである。  ついでこの地域団体は「天才政治に基づく世界政府」において、その地域を代表する一人の議長をその内部から選出する。  この天才政治に基づく地域団体は同様に、その地域に住む発明家の中から十二人を選出して構成される、一つの会議を設置する。この会議は、その地域に直接かかわる諸実施計画を、その団体の投票に付すために提出する任務を負う。  したがって「天才政治に基づく世界政府」は、民主的に決定された地球上の全地域を、それぞれ代表する天才たちによって構成されることになる。  各地域代表者には「世界政府」で行なわれる投票のさいに、代表する地域の住民数に比例した一つの係数が割り当てられる。かくして、百万の住民が住む地域を代表する一人の天才は係数一を持ち、五千万の住民が住む地域を代表する者は係数五十を持つことになるわけである。  そういうわけで「天才政治に基づく世界政府」における投票は、国連での投票とは異なり、本当の意味で民主主義的である。住民数がわずか十万のカタールのような国の代表者の投票が、住民数が二億以上のアメリカの代表者の投票と、同一の価値を有するであろうか!ところが、これが国連で生じていることなのだ。  したがって、ほとんど起こりえない最小の確率ではあるが、もし七百の地域が民主的に決められたとすると、「天才政治に基ずく世界政府」の団体は、あらゆる人種、文化、宗教に属する七百人の天才によって構成されることになるだろう。世界を支配したり、地球を破壊しようとする気のふれた天才というイメージとは、これが全く異なることは明らかである。_ラエル著天才政治 

質問者からの補足

結集され組織化された十分多数の知性に抗うことのできるものは、世界には何も存在しない" 天才政治と合議制  天才の話をするといつも、世界の支配者になろうとしたり、あるいは危険な病癖のために知性を用いて地球を破裂させようとしたりする、気のふれた、おぞましい天才のことが話題となる。  しかし、世界が単一の人間によってではなく、数百人の天才から成る団体によって統治されることを予定する体制、すなわち天才政治体制のもとでは、そのようなことは不可能である。  合議制は、各種の決定がたった一人の人間によって下されることを妨げる。不幸にもこういう独善は、恩赦を与える権限や核戦争を開始する権限などに見られるように、現在の大統領制のもとで起こっていることだ!  天才的なところが全くない、たった一人の人間の頭脳が、いわゆる民主主義的体制下にある諸国において現在、一人の人間の生命、あるいはもっと重要なことだが、何百万という無辜の民の命を決定したり、人類全体の破滅を招くことができるのだ。これもまた、原始的な民主主義の愚かさを示す一つの証拠である!  原始的な民主主義の帰結である大統領制は、奇妙なことに、それがとって代わったとされる共和制以前の王制に次第に近づいている。共和国大統領が「我が意はかくのごとし」と言って、囚人を処刑させたり、核戦争を勃発させたりすることの正当化はできないことを、今や私たちは口にすべきではないだろうか。 「天才政治」のもとでは、合議制のおかげでそのようなことはまったく起こらない。確かに、「世界政府」という天才の団体の長はいるかもしれないが、しかしその長は、単独ではいかなる決定も下すことはできないのだ。かれのできることはせいぜい、団体の会合を主催し、採決の結果を告げることぐらいである。この地位は特に名誉職的なもので、公式行事(開会式等)においては政府を代表することが許されるであろう。  また「世界政府」の天才たちの団体における投票は、異なった政治的意見や色彩をもった構成員が、口頭によらないで、その意見を発表した後に行われるのが望ましい。それは、哲学的または根源的価値のまったくない「連鎖反応」によって、選挙人が影響されることを防ぎ、書くことによって、個々の天才が、あることを述べたいと思う人々の意見を、形式ではなく、内容によって判断しながら読むことができるようにするためである。  検討されている諸問題の様々な側面を浮き彫りにする、多様な意見を完全に匿名にすることも、左派や右派の代表者の指令に基づいて態度決定がなされることを防ぐうえで、同様に望ましいことであろう。このことは、個々の天才が自分の投票の持つ意味や下すべき決定を、本当に「良心的に」判断できるようにすることを目的としている。  投票それ自体も、エレクトロニクスのおかげで、完全な秘密を守り、挙手による投票の際に生じる「伝染」現象を避けられる、エレクトロニクス的キーボードによって行われることが可能となろう。おそらく天才たちの団体のメンバー自体も、自分の決定が隣人の反応によって影響されるのを防ぐために、投票ボックスの中に座ることができるだろう。  これらの手段すべてが、当時者、すなわち天才たち自身によって研究されるものであることは明らかである。かれら自身が、このシステムの改善のために、その他の手段を必ずや見つけ出すにちがいない。    ところで、天才は科学者の中にだけ存在するわけではない、ということを特に強調しておきたい。「天才」という言葉を聞くと、多くの者は、哲学者、画家、詩人、音楽家、あるいは農民の中にも、天才たちがいることを忘れ、「すべてを破壊し尽くすことを望む狂気の天才」のことを思い浮かべてしまう。「天才政治に基づく世界政府」の団体の中には、科学者だけでなく、哲学者、画家、詩人、音楽家、そして農民も同様にいるのである。  科学者と文学者、自然科学と人文科学、科学と良心を結合すること、これこそが「天才政治」の目的なのだ。  私たちの時代の諸問題は、全く良心が停滞しているのに対して、科学が急速に発達していることに起因している。科学が比較的大衆に普及しているのに対し、良心の方は、大衆にゆきわたらず、特定の思想家や哲学者の所有物にとどまっている。これでは、大衆が一昨日の良心で以って明日の科学を用いているのと同じである。天才政治は、その科学レベルと少なくとも同じ良心のレベルにまで、人々を導こうと努めるものである。  そして、ゴードン・ラトレイ・タイラーが、科学が今日実現し、また将来実現するであろう驚異的な事柄のすべてを検討した後、その素晴らしい著書である『生物学革命』の中で到達した結論こそ、最も優れた結論である。すなわち、「賢人の記した書をよく読む必要がある」のだ。_ラエル著 天才政治

  • 回答No.2

無い。 正確に言うと、出来ない。 人間には欲望があるから。 そんなこと書いてるあなたですらパソコンや携帯という贅沢品を使ってるわけで、 >人間がちょうど必要とするものを、多くもなく少なくもなく生産すべきであるという原則 この原則に反してます。 贅沢したいという欲求がある限り、全体を平均化する社会は作れません。

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質問者からのお礼

” ある一つの発明が興味深いとみなされるやいなや、たとえそれが無益なものであっても、その作品は大量に生産され、一つ持ちたいと望むすべての人びとに配給されることになる。 ” _Thanks.

質問者からの補足

天才政治に基ずく世界政府の樹立  統治とは、先を見通すことである。したがって将来の見通しを全く持たない統治者は、統治する資格がない。  そういうわけで、先を見通すことのできる人びと、つまり天才たちによって構成される単一の世界政府を、早急に樹立する必要がある。  天才たちが人類全体の境遇を改善するために働くのに対し、政治家たちは自分自身が利権を得るために公約をする。どちらが統治に値するだろうか。  世界が平均より知性の高い人びとによって統治されることを望むのは、愚かなことなのだろうか?  私は、自分が平均より知性が高いかどうかは知らないが、自分より知性の確かに高い人々によって統治されることを望んでいることは知っている。  今日、私たちを統治している者たちが、私たちより恵まれた環境に育ち、高等教育を受け、莫大な金と縁故を持っているということは皆知っている。 しかしそんなことは、かれらを私たちの指導者として承認するための、適切な基準とはいえないのだ!  なぜなら、マイクロ・コンピューターと情報科学の時代にあっては、博学や知識の蓄積といったことは、もはや何の役にも立たないからだ。新時代の人間は多くを知る必要はないが、コンピューターによって随意に提供される、理解するために必要な情報を感じとり、分析し、総合し、そして即座に選択することができなければならない。コンピューターが人間の記憶を限界から解放してくれるのだから。  また、新時代の人間は、科学とりわけ情報科学の発達によって、純粋さを、ほぼ本来の裸の姿を、いわば再発見するであろう。必要なときは、いたるところに設置した機械に貯えられた知識が、かれに役立つように提供されるので、自分の進路を選択するためには大きな原則を知るだけでよい。  知性を純粋な状態に置こう!  各政府が天才たちにしかるべき場所を与えていないのだから、天才たちはその場所を自分自身の手で、しかも世界的規模で手にいれるべきだ!  でも、どのようにして?中立国に、仮の「天才政治に基ずく世界政府」を樹立するのだ。それは自分たちの研究成果が、軍人や政治家の手に握られるのを拒否する科学者たちによって構成される政府である。これらの科学者たちは、最終的には、「天才政治」の確立を願い、そして後に全会一致で承認されるならば、そこで働く科学者たちが発明した作品や、安全な機械の商品化により、利益をあげることを願っている人たちで出資される研究センターの創設を計画している。  この「天才政治に基ずく世界政府」は、さらに審議の結果を最初の五年間は公表しないことを決定し、それを合法的に管理人の監視のもとに置くことができる。それは、もし実際に統治が行われていたとしたら、避けることができたであろうあらゆる問題を浮かび上がらせ、またその研究成果が、なんら功績のなかった「平均政治的」政治家たちによって利用されるのを防ぐためである。逆に、これらの「平均政治的」政治家たちの国の世論に、かれらが別の行動をとることが可能であったことを示せば、必ずやかれらの名声は汚れ、それらの諸国に、次回の選挙からは「天才政治」主義者を選出したいという願望を起こさせるであろう。  というのは、この事実上の「天才政治に基づく世界政府」による諸活動の一つが、世界中のあらゆる国々で、世界的な「天才政治」実現のための国民的運動の創設を促進するだろうからだ。  大事なことは、「天才政治」を強制することではない。「天才政治」というこの選択的民主主義を実現するために、原始的な民主主義を廃止にする必要性を、民主的に認めさせることこそが大事なのである。  世界的「天才政治」実現のための国民的運動が、一国の全国民によって民主的に選ばれるとき、その国は「天才政治に基づく世界政府」によって、自ずから統治されることになるのは明白である。そして、各国が「天才政治」への道を選択するにつれて、「天才政治に基づく世界政府」の構成員の集団は数を増していくだろう。それは地球の住民の少なくとも半分が、世界的「天才政治」への道を選択するまでである。その時には、他の人びともそれに従うことを余儀なくされ、地球の人類は最後には統一されるだろう。[ラエル著 天才政治]

  • 回答No.1

改正する必要はない。 書かれてる内容では「君主国家」そのもの。 貴殿は絶対権力を持ち、全世界を自分の物にしたいのか?

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

_Thanks.

質問者からの補足

1939年から1945年にかけての世界大戦が、本当に最後のものであり、「広島」の原爆が、同様に無辜の民を殺りくした最後のものになることを望んでいる、すべての人びとに向けて書かれたものである。また本書は、自分たちの発見が、政治的および軍事的に権力者によって、殺人目的に悪用されるのを見てうんざりしている科学者、天才、そして発明家たちにも向けられている。さらに本書は、人類が現在直面している全面的破壊の絶えざる脅威や不安から脱出するために、世界の運命を引き受けるのに最も適した人びと―――それは最も想像力に富み、私たちの文明にふさわしい新しい世界機構を創出することのできる人びと―――、つまり科学者、天才、そして発明家であると考えている、自分自身は科学者でも天才でも発明家でもない人びとに向けて書かれたものである。  統治するとは、先を見通すことである。したがって、何も見通せない為政者は統治者として失格である。  それでは、なぜ為政者は無能なのか。それは、かれらが民主主義という方法で選出されて、その地位についたからである。全面的民主主義は、選挙民の知能の程度というものを全く考慮にいれていない。そこでは、一人のアインシュタインの声は、愚昧な連中の声に消されてしまう。なぜなら、アインシュタインよりは、愚昧な連中の方が人数が多いからである。 つまり私たちは、愚昧の独裁の下に置かれているのだ。このような独裁がもたらしうる結果を知るには、私たちのまわりを見渡すだけで十分である。  この粗雑な民主主義は「平均政治」でしかありえない。というのも、平均的知性を持った人びとが、必然的に最多数派となってしまうからである。「天才政治」とは、選択的民主主義により、現在行われているような超エリート校でより勉学に励んだ人びとにではなく、平均を越える知性を有する人びとに権力を与えるものである。だから、技術者の中だけではなく、労働者や農民の中にも天才は存在する。手遅れにならないうちに人類の運命を引き受けねばならないのは、まさにこうした人たちなのである。  平均を越える知性をもつ人びとによって世界が統治されるのを望むことは、果たして拙劣な考えであろうか。  世界の終末を告げるための至福千年説の預言者たちは、いつの世にも存在してきたが、かれらは、大衆を魅了する科学的な論拠は何一つ携えていなかった。しかし今や、こうした「至福千年説の預言者たち」は卓越した科学者であり、完全な無神論の哲学者であり、さらには国家元首ですらある。なぜなら、人類の歴史が始まって以来始めて、人間は、自分の惑星の全生命を絶滅させ、またおそるべき原爆の大爆発により、自己破壊しかねない力を手中にしたからである。  人類がこの地球上に誕生して以来、このようなことはかつて一度も生じなかった。だから、私たちは幸運なのだ。この時代に生きることの幸運という意味である。私たち人類という種が、生き残るための責任を担えるという幸運。また、愛と友愛と開花を志向する、新文明である「黄金時代」への入り口に、人間が到達するための責任を負えるという幸運でもある。 http://www.rael.org/

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