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『音曲道智論』という安政4年(1857)刊の著者名を探しています。

『音曲道智論』という安政4年(1857)刊の著者名を探しています。 海外の文献に「コニシトモナオとキンコウの父子」と紹介されていますが、 漢字がわかりません。 藤田徳太郎著『声曲類纂』(岩波文庫)中に言及がありますが、 こちらは編者不明となっています。

質問者が選んだベストアンサー

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  • saesayaka
  • ベストアンサー率39% (41/104)
回答No.2

『音曲道智論』という安政4年(1857)刊 ということですが、 『音曲道智論』を最初に書かれて著者を探されているのか、1857年に発行された『音曲道智論』の著者を探されているのか判断つきませんでしたので以下で調べてみました。 すでに、ご存知の内容でしたら、スミマセン。 『邦楽百科事典』 音楽之友社 昭和59年発行 178頁より おんぎょくのみちしるべ 音曲道智編・音曲道智論・音曲道しるべ (一)音曲道智編・音曲道智論義太夫節の文献。著者不明。成立は明和二(1765)年以降とされるが不明。『音曲叢書』第二冊に翻刻。浄瑠璃の成立と発展の歴史、芸論、操り人形の故事、太夫評などが書かれ、大部分が『竹豊故事』や『増補浄瑠璃秘曲抄』からの抜き書である。 (二)音曲道しるべ 正式名称は『音曲道しるべ都のにしき』。一般には『都の錦』。常磐津節の文献。宮古路豊後掾の秘伝を、弟子の常磐津文字太夫が書きとめ写本として伝わったものに、常磐津節三味線の大家三蔵改め柳絲亭三楽が付録を加えて慶応元(1865)年刊行。豊後掾による元文二(1737)年の序あり。浄瑠璃の起源・語り方・発声法などが記されている。異常が「乾の巻」で、続編「乾の巻」に、『老の戯言』がある。いずれも『音曲叢書』第三冊に翻刻。 以上のことから、私的に推測するに、最初の著者は不明。そもそも成立が不明ですからね…。 で、その後何度か発行・編纂されているので、その際の編者が海外に伝わっているのではなかろうか…と。 安政4年(1857)に発行された『音曲道智論』の編者を探される場合、実際の書を所蔵している図書館や資料館に当たってみるのが良いと思われます。 ちなみに『邦楽百科事典』とかそれに類する事典は図書館に所蔵があると思います。 答えになってなかったらゴメンナサイm(_ _)m

kahe
質問者

お礼

丁寧にご教示いただき、ありがとうございました。 異なるタイトル名が判明したことから、 更に詳しく調べることができそうです。 もうしばし、自力で頑張ってみます。

その他の回答 (1)

  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.1

 私はフォントの関係で読めないのですが、下記をご覧になりましたか。  http://www.oneg.zakkaz.ne.jp/~gara/ongyoku/j57t00.htm

kahe
質問者

お礼

ご回答をありがとうございました。 文章中にタイトルは挙げられていますが、残念ながら著者の表記は ありませんでした。

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