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進化論では人類の存在が矛盾していませんか?

  • 質問No.5649071
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 こんばんは。質問はタイトル通りです。以下、補足です。
 人間(現生人類ホモ・サピエンスのことです)の存在は進化論で考えるとおかしいと思いませんか? 以下にその理由を列挙します。
 1:人間が火を使うのはおかしい。動物は本能的に火を怖がるからである。火を怖がらない人間が突然変異などで生まれたら彼ら・彼女らは他の人間から異常扱いをされて滅びると思われる。
 2:2つの足で立つ過程において絶滅する。たとえば猿から人間に進化すると仮定した場合、猿と人間の間の存在は4つ足歩行と2つ足歩行の中間と思われる。その場合その移行期間中に絶滅すると思われる。
 3:ホモ・サピエンスの祖先はナウマン像など大型の動物を殺して生きていた。しかし大型の動物は皮膚が厚くて人間の力では倒せない。たとえ斧などを使ったとしても。
 皆様の力をお貸しください。よろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.2
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ベストアンサー率 36% (380/1038)

論理には例外がありうると言うことでしょう。

順序が乱雑になりますが、ご容赦下さい。
まず、ホモサピエンスの祖先は始めから大型動物を捕食していたわけではありません。古くは木の実であったり魚介類であったりという弱肉強食のピラミッドに組み込まれた食生活をしていました。

しかし、進化に例外が生じました。
それは、道具を使い始めたことです。この点において類人猿も同じかもしれませんが、そこは生活環境の差だと思います。
ミアキスから犬と猫が生まれました。森を捨て草原で群れを成し生きていくこと選んだ種は犬となり、森に残り群れずに生きていくことを選んだ種は猫になりました。
それと同様に、道具を使い始めたサルのうち、森で生きることを選んだ種は類人猿に留まり、森を離れたものがホモサピエンスへと進化を遂げたのではないでしょうか。森を捨てた祖先は森で生活する以上に、群れ道具を使わなければ生きていかれなかったのではないでしょうか。
その中で、手はますます歩行に向かなくなり道具を使うことに特化して行ったのではないでしょうか。また、二足歩行になるに従い頭は真下から安定的に支えられることで大きな脳みそを持つことができ、反対に首の骨は細くなり変わりに声帯が発達し複雑な声を操ることで、より複雑な”社会”を築いていけたのだと思います。
そしてその頭脳は、火の存在を知り恐れるのではなく使うという選択肢を選べるまでになったのではないでしょうか。

当方専門家ではなく、全くの推測ですが、
1で言えば、例えばコアラはユーカリを食べます。ユーカリは他の動物にとっては毒だそうなので、コアラは例外と言うことになります。例外=絶滅であれば、現在にコアラは存在しなくなります。
2で言えば、原則二足歩行は四足歩行に比べ身体能力が低く、絶滅の危険は大きいと思います。事実、絶滅したいたかもしれません。ただ、それを救ったのは知恵であり言葉であり火だったのではないでしょうか。

「出る杭は打たれる」というのは進化の過程でもありえることかもしれません。例外に流れると概ね絶滅するのでしょう。
しかし「出すぎた杭は打たれません」人間は知恵に特化し、火を使うことを覚え、打たれないまでに進化したのではないでしょうか。
お礼コメント
noname#142902
 こんばんは。
 ミアキスから犬と猫が生まれたのは初めて知りました。また、ユーカリはコアラ以外の動物にとって毒だということには驚きました。確かに「例外=絶滅」とくくってしまうと手厳しすぎますね。ホモサピエンスが採集生活に勤しんでいたのは驚きです。「昔の人間=大型の動物と戦う」という方程式が私の頭の中で組まれていたので。
 とても参考になりました。
投稿日時:2010/02/04 18:26

その他の回答 (全3件)

  • 回答No.4

ベストアンサー率 36% (380/1038)

蛇足です。

個人的には、今の人間が「進化」したのか、と言うことには疑問を感じています。
地球を壊し自らの種族を存続の危機に立たせる、それが「進化」と言えるのでしょうか。いえないのであれば、いつの間に「退化」していったのでしょう。
もちろん「人間」が「人間」に進化したとき、その「人間」の生活は地球を壊すものではありませんでした。その後の「進化」と呼ばれる破壊行為により自らの首を絞め始めるまでに随分時間はあったと思います。しかし、前者の「人間」も後者の「人間」も生物学上は変化を遂げていないはずです。
そう考えると「人間」が「人間」になった時点で既に「退化」の中にいるということかもしれません。

そうならないためにも、環境破壊を止め地球を戻す義務が人間にはあると思います。
お礼コメント
noname#142902
 こんばんは。
 私は「進化」という用語より「適応」という用語の方がしっくりと受け入れられます。例えば「進化論」は「適応論」の方が良いと思います。「進化」は「進む」のであり「良くなる」という印象が強いので。しかし地球生物が進化して「より良くなったか」と考える時には「?」と思わずにはいられません。
 あなたのおっしゃるとおり私も地球環境を守りたいという想いは強いです。人間が絶滅するのは仕方ないと思いますが地球をも巻き添えにするのは他の生物に対してある意味迷惑かとも思うので。(もちろん弱肉強食の現実に於いては仕方ない面もありますが)
 とても参考になりました。
投稿日時:2010/02/04 18:31
  • 回答No.3

ベストアンサー率 23% (3656/15482)

とりあえず指摘だけさせてもらうけど, 1~3 はいずれも論理的じゃないですね. 前と後ろの間に論理的なつながりが見えません.
お礼コメント
noname#142902
 こんばんは。
 確かにあなたのおっしゃるとおり論理的か否かと問われると厳しいものがあるかもしれません。急いでいたもので。
 とても参考になりました。
投稿日時:2010/02/04 18:22
  • 回答No.1

ベストアンサー率 25% (8/32)

私も進化論には矛盾を感じています。疑問点はおっしゃる通りです。

猿から人間に進化したというのが定説ですが、なぜ、猿は猿のままで、人間だけが進化したのでしょうか?猿のまま進化できなかった猿と、人間に進化できた猿を分けるものとは一体何でしょう?

猿から少しずつ進化したのであれば、猿と人間の間の進化の過程にいる動物がいてもおかしくないですよね。でもいません。

だからといって、神が人間を作ったなんて話はアホらしくて聞いてられません。

しかし、今の人間になる前の、猿に近い形をした人間の化石が見つかっているのは事実。

いつどの段階で猿から知的生命体になったのかがポイントですね。知的生命体なら、例え猿でも、火を使ったらメシがうまくなるんじゃないか?と考えても不思議じゃありませんね(笑)
お礼コメント
noname#142902
 こんばんは。
 <猿に近い形をした人間の化石が見つかっている>ということには驚きました。最後の段落は笑えました。確かにその通りだと思います。
 とても参考になりました。
投稿日時:2010/02/04 18:19
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