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自然な日本語に添削していただけないでしょうか。(夏目漱石の「こころ」)

 日本語を勉強中の中国人です。文章力をつけたいので、作文の練習をしています。私の文章を自然な日本語に添削していただけないでしょうか。    夏目漱石の「こころ」  三年前に、夏目漱石の「こころ」をインターネットの「青空文庫」というところで少し読んだ。でも、結局長くは続けられなかった。その後、日本に行った時に、日本の本屋さんで「こころ」に出会い、思わず買った。いつかゆっくり読みたいと思った。帰国した後で、その本はずっと私の本棚で寝ている。  この二、三日、「こころ」の中国語版を読み終えた。主人公の「私」は私の年に近いので、親近感を持っていた。先生の過去がだんだんと鮮明に私の目の前にさらけ出されるにつれて、私は「先生」という人の人生から何かが学びたい。    日本で買ったその本を本棚から取り出し、机にそっと置いた。三年ぶりで懐かしくなった。一刻も早く読みたくなった。きっと中国語版を読む時と違う何かが発見できると思う。  また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

質問者が選んだベストアンサー

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  • hakobulu
  • ベストアンサー率46% (1655/3578)
回答No.4

一部重複する箇所もありますが、私なりに全体を添削してみます。    夏目漱石の「こころ」 1、 > 三年前に、夏目漱石の「こころ」をインターネットの「青空文庫」というところで少し読んだ。 → 三年【ほど】前、夏目漱石の「こころ」をインターネットの「青空文庫」というところで少し読んだ【ことがある】。 : a.「三年前に、~読んだ。」という構文では、「[読んだ]という事実」に比重が掛かりすぎてしまいます。 三年前という時期の明示を敢えて避け、また、「読んだ経験がある」ことを示す「~したことがある」という表現にすると「文の出だし」としても自然です。 b.「三年ほど前に~読んだことがある。」 でも良いですし、 「三年ほど前、~読んだことがある。」 のほうがさらに良いでしょう。 2、 >でも、結局長くは続けられなかった。 →添削無し 3、 >その後、日本に行った時に、日本の本屋さんで「こころ」に出会い、思わず買った。 →その後、日本に行った時に【】本屋さんで「こころ」に出会い、思わず【買ったものだ】。 : a.直前に「日本に行った時」とありますから、「日本の」は不要です。 b.このシチュエーションで「買った」という文末は不自然な印象を与えます。「買ったものだ」とすると、「思わず買ってしまった」時の興奮を回想的に表現できます。 この場合の「もの」は以下の通りです。 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/192614/m1u/%E3%82%82%E3%81%AE/の、 [四](形式名詞) (2)(「…ものだ」の形で)感動・詠嘆を表す。…なあ。 「あの難関をよくくぐり抜けた—だ」「故郷とはいい—だ」「あの男にも困った—だ」 4、 >いつかゆっくり読みたいと思った。帰国した後で、その本はずっと私の本棚で寝ている。 →いつかゆっくり読みたいと【思いながらも、】【帰国した後ずっとその本は】私の本棚で寝ている。 : a.他の方々もおっしゃっておられるように、ここの二文は逆接でつなぐのが自然です。 b.「帰国した後ずっと」→「その本は私の本棚で寝ている」という構文のほうがすっきりするでしょう。 5、 > この二、三日、「こころ」の中国語版を読み終えた。 → 【先日、】「こころ」の中国語版を読み終えた。 : a.「この二、三日、」は「この二、三日の状況として」というニュアンスになります。 (ex) 「この二、三日、毎日のように大雪が降る」 b.また、多少硬い表現ですが ・先日、「こころ」の中国語版を【読了】した。 と表現するのも良いでしょう。 6、 >主人公の「私」は私の年に近いので、親近感を持っていた。 →主人公の「私」は私の年に近いので、親近感を【持った】。 : 「持っていた」は継続状態を示します。 ずっと以前から(現在まで継続的に)親近感を持っていた場合に使います。 7、 >先生の過去がだんだんと鮮明に私の目の前にさらけ出されるにつれて、 →先生の過去が【】鮮明に私の目の前にさらけ出されるにつれて、 : 言いたいことがたくさんあった箇所だと思いますが、「だんだん」を外したほうがすっきりした表現になります。 「~につれて」は「それとともに」という意味がありますから、「だんだん」のニュアンスは読者にも伝わるでしょう。 8、 >私は「先生」という人の人生から何かが学びたい。 →私は「先生」という人の人生から【何かを】学びたい【、と感じるようになった】。 : a.「が」は願望などの対象を示すこともできますが、この文では使えません。「何かを(学びたい)」とする必要があります。 b.「学びたい」という願望で、「つれて」を受けることはできません。 この文の場合、「つれて」の掛かる先としては、「と感じるようになった」「と思うようになった」などとする必要があります。 9、 > 日本で買ったその本を本棚から取り出し、机にそっと置いた。 → 添削無し 10、 >三年ぶりで懐かしくなった。一刻も早く読みたくなった。 →三年ぶりで懐かしく【、】一刻も早く読みたくなった。 : 一文のほうがすっきりします。 11、 >きっと中国語版を読む時と違う何かが発見できると思う。 →添削無し。  

1mizuumi
質問者

お礼

 ご丁寧に回答していただきありがとうございます。わかりやすく説明していただき、大変助かりました。とても参考になりました。本当にありがとうございました。

その他の回答 (3)

noname#163132
noname#163132
回答No.3

1mizuumiさんの文章力は高いと思います。 逆に、日本人の書いた文章の方が変に懲りすぎていて意味が分かり辛いこともありますが、1mizuumiさんは言葉の使い方、内容の伝え方にかなり注意していらっしゃるので、言わんとすることが、こちらにもストレートに伝わってきます。 ご質問文ですが、出だしと終わりの挨拶に関しては完璧で、本文も殆ど直すところはないと思います。 けれども、手を入れた方が更に良くなる部分が幾つかございましたので、添削して、次のように手直しさせて頂きました。 *  *  *  *  *  * 【第一段落】 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―  三年前に、夏目漱石の『こころ』をインターネットの「青空文庫」を利用して読むことにした。でも、少し読みかじった程度で、そのまま読み進めることは出来なかった。その後、日本に行った時に、本屋で『こころ』に出会い迷わず買った。いつか、時間を掛けてゆっくり読みたいと思ったからだ。しかし、帰国後その本は、長い間私の本棚で寝むることになってしまった。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― 原文のままでも問題ないのですが、堅い口調で書かれているので、表現がやや幼く感じられる部分を手直ししました。 また、不必要と思った箇所は削ったり、逆に言葉を加えた方が良いと感じたところはその様にしました。 なお、書籍のタイトルは『』を使用して書くのが通例ですので、その様に直しました。 原文では『こころ』に対する思い入れと、相反して読まずにいた事実が書かれてあったので、最後の一文を書くとき、〈今まで述べてきた事柄を受け、それと相反することを述べるときに用いる接続詞〉=「しかし」を文頭に持ってくることにしました。 なお、「帰国した後で、その本はずっと私の本棚で寝ている」を「帰国後その本は、長い間私の本棚で寝むることになってしまった」としたのは、「帰国後」と一語に直した方が大人な表現であり、「寝むることになってしまった」とした方が、初志に反した事実を語るのに適した表現だと考えたからです。 【第二段落】 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―  ここ二、三日で、『こころ』の中国語版を読み終えた。主人公の「私」については、年齢が近いので親近感を持った。また、先生に関しては、過去が段々とさらけ出されるにつれ、それらが鮮明に焼き付いて、私自身が、「先生」の人生から何かを学びたいと望むようになった。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― 最後の方以外は問題なく読めました。 冒頭に、「この二、三日」とありますが、「この二、三日で」 「ここ二、三日で」 「ここ二、三日の間で」などとするのが良いでしょう。 他にも気になった箇所ですが、原文では、初めに作中に登場する「私」について触れ、その後、「先生」の話題が続いていたので、添削する際に〈事柄を並列・列挙するときに用いる接続詞〉=「また」を加えました。 なお、〈私は「先生」という人の人生から何かが学びたい〉と原文にはありますが、「何か“が”」ではなく、「何か“を”」です。 この「を」は格助詞で、名詞、名詞に準じる語の後にくっついて、「動作・作用の目標・対象を表します」。 http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%82%92&dtype=0&stype=0&dname=0na&pagenum=1&index=23244919897900 (「水“を”飲みたい、水“が”飲みたい」のように、どちらも使われることがあるので、「を」と「が」の使い分けは難しいのですが、[格助]の1の解説と補足を併せてご覧下さい。 使い分けは、実際に例文に多く触れて慣れるよりないと思います。) あと、〈私は「先生」という人の人生から何かが学びたい〉を〈私自身が、「先生」の人生から何かを学びたいと望むようになった〉と直しましたのは、作中の登場人物「私」と読者である「1mizuumiさん」を区別するのが目的です。 「1mizuumiさん」ご自身のことを「私自身」と表現することによって、読み手側が作中の「私」と「1mizuumiさん」を混同するのを避けるためです。 また、単に「私」とするよりも、「私自身」とした方が、意志の強さが協調できます。 作中の登場人物の「私」が「先生」からいろんなことを学んだように、「この私も」という気持ちを込めるには、「私自身」という言葉を使った方が、より1mizuumiさんの熱い心情を読み手側に伝えることが出来ます。 【第三段落】 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―  日本で買ったその本を本棚から取り出し、机にそっと置いた。手に取るのは三年ぶりで、一気に懐かしさが込み上げて来た。一刻も早く読み終えたい。きっと中国語版を読む時とは違う何かが発見できるだろう。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― せっかくなので、少しアレンジしました。 原文のままで何も問題はありません。 そのままで充分、1mizuumiさんの興奮が伝わってきます。

1mizuumi
質問者

お礼

 ご親切に回答していただきありがとうございます。詳しく説明していただき、大変助かりました。非常に参考になりました。本当にありがとうございました。

回答No.2

回答No1さんと同じく、私もとてもよく出来た文章だと思います。 文意は十分に伝わりますし、多少の不自然な部分も、日本人でさえ「うっかり」書いてしまう事がある程度の間違いですから、大きな違和感はありません。 自信を持たれて良いかと思います。 その上で、No1さんの指摘されていない部分に、何点か気になる部分がありましたので私なりに直してみます(No1さんの文も参考にさせて頂きました)。 >いつかゆっくり読みたいと思った。帰国した後で、その本はずっと私の本棚で寝ている。 この部分、前半の文から「当然読んだのだろう」と読み手は想像しますので、後半の文へは逆接でつなぐ方が自然な気がします。 また、文章の最後で本は机の上にある訳ですから「寝ている」と現在進行形で締めると矛盾してしまいます。 ですから例えば ----------------------- いつかゆっくり読みたいと思った。しかし帰国した後、(結局)その本は私の本棚でずっと眠ったままになっていた。 ----------------------- とするのも一案です。(「結局」は何となく入れたくなりましたが、無くても全く構いません) また文章全体の調子が堅いので「だんだん」が少々くだけた調子で浮いて感じます。ですから >先生の過去がだんだんと鮮明に私の目の前にさらけ出されるにつれて、私は「先生」という人の人生から何かが学びたい。 の部分を ----------------------- 「先生」の過去が次第と鮮明に明らかにされるにつれて、私は「先生」の人生から何かを学びたいと思うようになった。 ----------------------- あるいは ----------------------- 「先生」の過去が鮮明に明らかにされるとともに、私は次第と「先生」の人生から何かを学びたいと思うようになった。 ----------------------- としても良いかも知れません。 文章表現に「正解」はありませんので、多くの回答の中から、ご自身の感性に合うものを参考とされればよいと思います。 なお、質問文に不自然な点はまったくありません。 正しい敬語をお使いになっていらっしゃいますので、満点です。

1mizuumi
質問者

お礼

 ご親切に回答していただきありがとうございます。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

  • Haignere
  • ベストアンサー率56% (61/108)
回答No.1

ほとんど直すところのない文章だと思います。後は、より自然な日本語になるように、言葉の調子を整えるくらいです。 たとえば、「でも」とか「本屋さん」は話し言葉ですので、全体を通して堅い調子の時には、「しかし」とか「書店」にした方が、より自然だと思います。 「この二、三日、~読み終えた」という一文のみ、意味がよく通りません。日本語で「この二、三日、」というフレーズは、(現在・過去)進行形で使用します。たとえば、「この二、三日、ずっと忙しい(忙しかった)」のように使用します。単純過去や完了用法では使用しません。 繰り返しますが、ほとんど直す必要がないと思います。投稿している文で十分意味が通じますし、違和感もほとんどありません。しかし、せっかくなので、私なりに全体の調子を整えてみました。参考にしてください。(ただし、これが本当に良い文章とは言えません・・・)  三年前に、夏目漱石の「こころ」を、インターネットの「青空文庫」で読んだことがある。しかし、結局長くは続けられなかった。(最後まで読むことができなかった。)その後、日本に行った時に、書店で「こころ」に出会い、思わず購入した。いつかゆっくり読みたいと思った。帰国後、その本はずっと私の本棚に眠ったままになっている。  つい先日、「こころ」の中国語版を読み終えた。主人公の「私」は私の年齢に近いので、親近感を持った。「先生」の過去がだんだんと明らかになるにつれて、私は「先生」の人生から、何かを学びたいと思うようになった。    日本で買った「こころ」を本棚から取り出し、机にそっと置いた。三年ぶりで懐かしくなった。一刻も早く読みたくなった。きっと中国語版を読む時と違う何かが発見できると思う。

1mizuumi
質問者

お礼

 早速のご回答ありがとうございます。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

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