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”犠牲者”ということば
”犠牲”という言葉があります。これは日本語でいうと”いけにえ”というちょっと陰惨な意味があります。大昔の慣習で、社会のために身を以って死んで行った(あるいは強制的に殺された)ひとのことでしょうか。しかし今もよく使う言葉です。英語では"sacrifice" がこれにあたるのでしょう。 台風の”犠牲者”、とか地震の”犠牲者”などもこの派生だと思います。大災害が原因で死亡されたひとのことです。 ネットでこれをひくと、痛ましさに焦点をあてた使いかただとあります。確かにいけにえは痛ましい風習です。 英語では”Victim ”被災者 で、特に犠牲者にあたる言葉はないようです。"sacrifice" はこの場合使わないように思います。 ”被災者”は犠牲者の部類に入ることもあると思いますが、死ななかったひとも含めて言う言葉でしょう。平凡な、妥当な言葉です。 日本で”犠牲者”という、特にこういう刺激的な言葉を使うのは、大災害で死んだ人を深く悼み、生き残ったひとの身代わりになった(貴重な死だった)という思いをこめ”特に値打ちを付け加えて”慰霊し、顕彰するような意味があるのか、とか思ったりします。 1)こういう解釈は正しいのでしょうか。また、 2)日本でこういった考えが発生したことの意味として、死、特にいけにえという慣習は、あったかもしれないが、他の国よりもそれを嫌う気分が強かったのではないだろうか。それではにわなどが発明された? 3)自然災害は日本では昔はあまりなかったし、それで死ぬことは特別悲しみの反応をもたらしたということだろうか。 4)人命尊重の思想が昔からあった? よくわかりませんが、5)宗教的な背景はあるのでしょうか?
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- tanuki4u
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http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/shipscontroller 生贄 は謡曲の一種にしかないようですね。 贄で検索すると300くらいあるが、天皇への献上食品としての認識しかないみたいです。 少なくとも、東京大学史料編纂所がデータ化している中ではそうなっている。 ※ ちなみに上記の資料は、水戸黄門が始めた大日本史作成のための資料集めで集まった資料が基になっているので、たぶん日本で一番量的には資料があるはず。 去勢の文化がない数少ない国が日本らしいです。 なにも人間のと言うことではなく、牛馬の去勢です。 それくらい、牛馬等のイケニエ文化が根付いていないと思われます。日本は。
- tanuki4u
- ベストアンサー率33% (2764/8360)
1)同意 2)死を隠す心情が作用した 3)自然災害は、いつでもどこでもだれにでもです 4)人命尊重の内容が不明だが、堕胎児の代わりにこけしを飾るとか、死んだのではなく、他のものになった、たのものにするという行為は世界共通でしょう。 女性で殺された人は、たいがい美人女子大生とか美人OLになったりします、表記上。最近は減ったかな?これなども被害者を慰霊する行為と思われます。 犠牲という言葉は、たぶん明治になってから中国の古典から当て込められた翻訳語と思われます。 http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/shipscontroller ここで「犠牲」を検索すると、現代人の説明文しか引っかかりません。つまり、江戸時代までの日記や書籍には「犠牲」という言葉が出てこないと思われます。 ここから、犠牲は明治以降の日本語と思います。
補足
早々とご回答いただきありがとうございます。 >2)死を隠す心情が作用した あっ、そういう面は確かにあったかもですね。傷ましい死を意識から外して直視しないということでしょうか。 4)死んだのではなく、他のものになった、たのものにするという行為は世界共通でしょう。 これも2)と似た傾向があるのは否めませんが、ただ、いけにえを供するという行為自体は隠すことは(美化はしても)出来ないのではないかとも思えます。 >女性で殺された人は、たいがい美人女子大生とか美人OLになったりします、表記上。最近は減ったかな?これなども被害者を慰霊する行為と思われます。 はっは、そういう解釈も確かにありえます。お優しいご心情ですね。昔は「首なし全裸美人殺人事件」などと堂々と書かれたものですが、これは少なくとも慰霊ではありませんね。 ”犠牲”でなく、いけにえ なら昔からあったと思います。中国に日本と同様の意味で「犠牲者」が使われてきたかが分からないでしょうか。
- trytobe
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1)生贄という神への供物と同義にするのは乱暴な議論です。 つまり、人為的に他人を命の危険にさらして自分たちが生き残ろうとするか、天変地異により人の力では抗しきれないがために命を落としたのか、という故意性が全く異なります。 2)~5)他人の命と引き換えに自分の集落の存続を祈る、という原始的な風習は、律令制度の確立とともに早々に消え去っています。 犠牲という単語には生贄(sacrifice)という意味があると同時に、それから派生した被害(harmed,suffered,injured,damaged)という意味が存在します。 そして、そういう被害を受けた方を表す言葉が「犠牲者」(victim)なのです。つまり、「犠牲者」を字面から「生贄になった者」(sacrifice)と直訳・変換しては日本語の共通認識から外れてしまい、コミュニケーションが成立しません。 信念に基づき故意に違法行為をする「確信犯」という語を、「確信をもって犯罪を犯すもの」=「故意犯」と混同するのと同じで、字面から自分で用語の意味を再構築してしまって、自らの中で誤解・誤用を招いているだけなのです。
補足
早々とご回答いただきありがとうございます。 >犠牲という単語には生贄(sacrifice)という意味があると同時に、それから派生した被害(harmed,suffered,injured,damaged)という意味が存在します。 確かに、ここらあたりが一番のポイントなのだろうと思います。 私の持っている漢和辞典には”犠牲”には一般の「被害」という意味は入っていないようです。災害の犠牲者=一般の被害者 というにはちょっと単純に割り切れない材料があり、気分があります。 >”そういう被害を受けた方”を表す言葉が「犠牲者」なのです。 私は特に恣意的に混用している積りはなく、まさにこのことを論題にしているわけですが、よろしかったらもう少し回答者様の仰る問題点をご説明いただけないでしょうか。
補足
ご回答ありがとうございます。 生贄:いけにえ という言葉は中国から来た言葉なのでしょうか? 日本の神話にはやまたのおろちに美女をささげたとか、いくつか思い当たるのですが。 熊楠の本に「いけにえのはなし」とかいうのがあったと思いますが、多くは大英博物館でみつけたものでしょうが、日本ものもあったような記憶があります。 いずれにしても裏面史ですからあまり表立った記録はないはずです。 全く皆無なら私の話は成り立ちませんが、ちょっとはあったんじゃないか?と思うのです。そしてすぐやめたか、少なかったのではということです。 それでも印象が強烈ならずっと人民に記憶は残るのではないでしょうか?