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仮言三段論法なのか定言三段論法なのか教えて
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%91%BD%E9%A1%8C%E8%AB%96%E7%90%86%E5%AD%A6/に、 AならB A ゆえにB という、伝統的論理学の時代に「仮言三段論法」とよばれた推論とありますが、これは定言三段論法ではないのでしょうか? 下記のものが 仮言三段論法ではないのでしょうか? AならBであれば 且つ Aであれば そのときはB
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仮言三段論法は A ⇒ B B ⇒ C -------- A ⇒ C 最近の方だと古典的仮言三段論法は、認めないという人が多いです。 定言三段論法: A ⇒ B A -------- B ここでも、部分的問題としてA ⇒ Bの真偽が問題であるので、 この論法を認めない人もいます。 (政治的アーギュメントということもできます・其の逆がイデオロギー) 現代的定言三段論法: A ⇒ B aがAの具体的要素である ------------------ aはBの要素である 個々の前提を抑えていきますと… 記号論理学第一の前提 全ての人的「言及」を記号で言い表すことが出来る。(言い換え可能の考え方・起源です。) 大事なことは古典論理学的前提と現代名辞論理学において、前提の果たす規定目的が違うというところでしょう。 文章の構造解析・言い換えの学問として対置されます。(アリストテレスのカテゴリーは、ある意味、「なぜ言い換えが認められるのか」という事を掘り下げた文章です。) 名辞論理学=syllogism アリストテレスの古典論理学(仮言3段論法を含む)。 アリストテレスの命題論理学(Syllogism)の前提 之は古典(先人の残した遺産)注釈・学習の為の「構造化」です。彼自身教師でした。 現代的な… 第二の前提=「関係性」の短絡化(現代論理学)=之はデジタル化のための理論です。 全ての文章構造は集合的範疇で置き換えることが出来る (第二の前提A) 全ての言語コードは、デジタルで表現することが出来る (第二の前提B=データと命令/もしくはデータとオペランドの同時・同示性/von Neumann 型コンピュータの欠点でもあります。) その特化形としてコッズと其の仲間たち(2つの分類範疇があります)の ベータベース理論があります。 本題に戻ります。 定言法は、コンスタントの言語利用です。 例1 A or B non B ------------ A 例2 A B ----------- A or B 一方現代的論理学では、 A ⇒ B を真偽対照表に置き換え 定言「的」に読み替えることが出来るとしています。 「雨が降るAと交通事故が増えるB」という命題を考えます。 A ⇒ B まず、ふつうに、雨が降ったという現象が生起し、そして事故が増えると A かつ B 即ち 「正」 実際、雨が降っても事故が減った場合が起こってしまえば、 A ⇒ Bの命題は、偽となります。 A かつ non B 即ち 「偽」 雨が降らなければ真偽関連の判定はありませんから non A かつ B 即ち 「正」 nen A かつ non B 即ち 「正」として正当です。 かくして A ⇒ B は、 non [( A ) かつ (non B)}と言い換えられそうだというのが、命題「的」考え方です。 「即ち」の解釈 「言い換えの前提」が、論理学の焦点です。
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ありがとうございます。ベスト評価をつけておきます。 やっぱり、定言三段論法の間違いだったんですね。で、 仮言三段論法は A ⇒ B B ⇒ C -------- A ⇒ C ということですが、これは下記のような展開を例とすればわかります。 人間なら死ぬ 死ぬなら不滅でない 人間なら不滅でない この場合しかし、まだ定言的に感じるのですが、記号論理学的にはここに仮言性を見るということなのでしょうね。下記のような1,2項における仮言性あるいは仮定性までは、求められないのですね? 人間なら死ぬと仮定すれば 死ぬなら不滅でないと仮定すれば 人間なら不滅でないと結論できる。