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乾屎けつ(橛 木偏 旁は蕨の草冠のないもの)
このことばは漱石の草枕に出てまいります。 このことで、http://okwave.jp/qa4756520.html においてお教えを頂きました。 ありがとう御座いました。 禅宗の中で使われることばだそうですが、実際の使用例をご存じでしたらどうかご紹介ください。 よろしくお願い申しあげます。
- 莽翁寒岩 一笠一蓑一杖(@krya1998)
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以下のところに使用例があるかもしれません。 http://soudairyu.cocolog-nifty.com/daityan/2006/10/post_d885.html http://zenken.aichi-gakuin.ac.jp/word/familiarity/08.html http://www.h2.dion.ne.jp/~teshu/kikou/tei051217.html http://pesyanko.itigo.jp/wiki/wiki.cgi?%B1%C0%CC%E7%D5%FD%A2%A3 なお、草枕では 了念「捏ね直すくらいなら、ますこし上手な床屋へ行きます」 床屋「はははは頭は凹凸(ぼこでこ)だが、口だけは達者なもんだ」 了念「腕は鈍いが、酒だけ強いのは御前(おまえ)だろ」 床屋「箆棒(べらぼう)め、腕が鈍いって……」 了念「わしが云うたのじゃない。老師が云われたのじゃ。そう怒るまい。年甲斐(としがい)もない」 : : 床屋「「勝手にしろ、口の減(へ)らねえ餓鬼(がき)だ」 了念「咄(とつ)この乾屎●(かんしけつ)」 床屋「何だと?」 とありますから、了念の「かんしけつ」は床屋の「箆棒(べらぼう)め」に相当します。
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真にありがとう御座いました。 ご案内のURLの教えを、自分の(判らないで)解釈した考えを白紙に、無いものとして、勉強して見まし ありがとう御座いました。 Webで自分も探したのですが、ご紹介のものは出会うことが出来ませんでした。 ありがとう御座いました。