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「三くだり半をつきつける」
「三くだり半をつきつける」の意味を説明していただける方はいらっしいますでしょうか。和文英訳をしていますが、原文は年金分割に関するものです。どうぞご指導のほどよろしくお願いします。
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誤解があるといけませんので三行半について細くします。 男性の側から離縁状を出す事はできましたが、女性からその受取証を貰わないと正式に離婚した事にはならなかったそうです。 しかし、女性側から離婚したいときはお寺や、侍の家に逃げ込む事で自動的に離縁が成立したそうです。 ちなみに18世紀に離婚が法律で成立していた国は西洋には一つもありませんでした。 夫婦関係では日本は先進国だったと言えます。
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- monju-9132
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「三行半をつきつける」は、既に多くの回答がありますが、「離縁状をつきつける」の意です。 ただそれ以外に、比喩的な表現ですが、何かしらの関係を「一方的に絶縁する」という意味で用いられることもよくあります。 素行の悪い友人と縁を切ろうとしていることを、別の友人に話す時などに、「あんな奴、こっちから三行半をたたきつけてやる」みたいな言い方をします。 ですから、「あんな奴、こっちから願い下げだ」とか「こっちから絶縁してやる」という意味合いのこともあると思います。 ご質問は、「年金分割に関するもの」ということなので、いわゆる「離縁状」のことだとは思いますが、そこから派生した上記のような使い方もあるので、ご参考までに。
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ご回答、どうもありがとうございます。離婚のはなし以外でも使えるそうですね。そういってやりたい人もいますね。いただいた生きた例文を参考にします。
- Scull
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補足になりますが、三行半と言う「離縁状」は、あくまでも「夫某は妻某を離縁したので、妻某は今後どの男性と所帯を持っても構わない」と言う内容です。現代人が考える様な「離縁状」とは相当にイメージが違いますので補足します。 なお、離縁にあたって夫は「妻の持参金を返済する必要」があり、単に離縁したいからと言ってなかなか「男性側の自由にはならなかった」ようです。 こう言った女性上位とも言える江戸の婚姻関係は、江戸の男女比が「男性の方が圧倒的におおく、生涯を独身で過ごす男性も少なくなかったこと」が背景にあります。参勤交代や、生地での棄農、そう言う事で江戸に出てくる男性がおおかったので、婚姻関係については女性が相当主導権を握っていたようです。
お礼
ご回答、どうもありがとうございます。当時の離縁状は法律上「不動産」に関する文書だったそうですね。江戸時代の持参金であれ現代の年金であれ、離婚はどうしても男性にとって大なる経済的な問題につながるようですね。
- Lupinus2
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三行半(みくだりはん)とは離縁状のことです。 今で言うなら署名捺印した離婚届を突きつける、になるのでしょうか? 江戸時代、離縁状は三行と半分の文面だったことから、そう呼ばれるようになりました。
お礼
江戸時代の言葉だそうですね。早速のご回答、どうもありがとうございます。
- hazu01_01
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「三くだり半をつきつける」は離婚を要求することです。 昔、夫が妻に離婚を要求するときに離縁状に三列の直線と半分くらいの長さの直線を書き、妻の実家に持たせたのです。 そうすることにより、夫は妻と離婚するという意思を伝えたのです。
お礼
早速のご回答、どうもありがとうございました。
- ANASTASIAK
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「離縁状を渡す」ということ。婚姻関係を解消するという 意味です。
お礼
簡潔で早速のご回答、どうもありがとうございました。
お礼
ご回答、どうもありがとうございます。日本における離婚の歴史について詳しくご説明いただき、ありがとうございます。古代ギリシャでは、離婚したい人が司令官まで申し込んでいたそうです。また、西洋歴史上の離婚といえば、イングランド王ヘンリー8世も有名な例の一つでしょう。日本の江戸時代では侍の家に逃げ込んだら離婚と認められるという方法は、日本独特な離婚し方のようですね。ということは、「三くだり半をつきつける」と同じように、「侍の家に逃げ込む」という慣用句も当時にあったのでしょうか?