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幼少期に愛されなかった人間はなぜ一生その傷がなくならないのでしょうか?
幼少期に親に愛されない・虐待されるなどの、いわゆるアダルトチルドレンの人は、なぜその傷が一生消えないままなのでしょうか? たとえ親に愛されなかったとしても、成長して他人と接すれば愛されることを通して癒えると思ったのですが、そうではなさそうですね。何十年とトラウマのように抱えて不幸に生きてる人がたくさんいます。メンタルヘルスのカテゴリーにもよくいます。 なぜ幼少期の傷って癒えないのでしょうか? そういうのを治す研究ってされてるのでしょうか?
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- 1961aug
- ベストアンサー率55% (30/54)
他人から見て「傷」だから消えないといけない・・と言われても、本人には自分が作られていった真髄の部分でしょうから、消えると困るんじゃないでしょうか? 確かにそういった経験がある場合、自己否定が強くなったり、人間関係を作るのが苦手になったりとか苦労はあると思いますが、その深い体験をどう理解でき、どう乗り越えることができるかなんでしょう。 「消す」「治す」というものではないと思いますがどうでしょう? 世の中の“普通の人”には、「自分」をうまく自覚できずに、集団帰属だけを無意識に行なうような人=「帰属層」は結構多いようですが、何らかの傷がある人の方が、「自分」に気づいている人が多いかもしれないですね。 ちなみに私の場合は、出生状況がかなり変わっており、自分は周囲と違うということが物心がついたころからわかっていましたので、思春期の頃から「自分」を考えはじめることはできました(自分とうまく折り合いをつけるのには時間がかかりましたが)。
- nomonomo2
- ベストアンサー率29% (42/143)
脳の急激な発達段階での「心の傷」だからではないでしょうか。 脳は生まれた時から(正確には母親の胎内で胎児の「脳」が作られてからかもしれませんが)成長を続け、成人でほぼ完成するそうですが、生まれてから幼少期までの間が、発達が最も顕著ではないかと思われます。その頃の子供は、日本語やものの名前や形など意識しなくても自然と覚えていきますが、すごい記憶力ですよね。 基本的な人格もこの頃作られます。母親、又はそれに代わり自分を本当に愛してくれる人間との関わりによって主に形成されるそうです。 「三つ子の魂・・」と言いますが、脳の発達段階で形成された人格は脳の回路に深く刻み込まれ、その人の性格の基本となるのだと思います。 >たとえ親に愛されなかったとしても、成長して他人と接すれば愛されることを通して癒えると思ったのですが、そうではなさそうですね。 元の脳に、「人から愛されるに値する自分像」「人の愛を信じられる心」の回路がない為、成長して(脳が完成してしまってから)他人と接したからといって、幼少期に親に愛されなかった傷が癒えるとは考えられないのだと思います。 生まれた時からアメリカにいれば英語を話すのは簡単なのに、日本人として成長した後で英語を取得するのが難しい事と同様に・・。 人は誰でも多かれ少なかれ「幼少期の心の傷」はあるのではないでしょうか。 完全な人間がこの世にいないのと同様、完全な母親・父親もいない、完全な養育もないと思います。 それなりに折り合いをつけ、生きているのだと思います。
補足
>脳の急激な発達段階での「心の傷」だからではないでしょうか。 そこまでわかっておきながら、現代の精神医学では幼いころの心の傷を癒す研究というか、学問があまり進歩してないきがしますね。そういう研究を進めていかないと、アダルトチルドレンやうつやリストカットなどの問題って解決しない気がすました。 ありがとうございます。
- cezanne
- ベストアンサー率40% (8/20)
心理学をほんの少しだけかじっている者です。 エリクソンは人間のライフサイクルを8つの発達段階に分けました。 そしてそれぞれの段階の発達課題を達成することで次の段階に進んでいくことができると考えました。 詳しくは、下記URLで分かりやすく説明されていますので、そちらを参考になさってください。 http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nobu-nisi/soudan/kyouasu_hattatu.HTM http://www.mainavi.net/aaa2.html >なぜ幼少期の傷って癒えないのでしょうか? 虐待などによって、幼少期に達成すべき課題が達成できなかったことが原因ではないかと思います。 エリクソンの発達段階によれば、乳児期の発達課題は基本的信頼対基本的不信となっています。生まれたての赤ちゃんはまだ母親と一体になっている状態です。このときに母親や母親的役割の人との間に安心感や信頼感を抱けなければ、自分や他人を信頼することができなくなってしまいます。 次の段階である幼児期の発達課題は自律性対恥、疑惑です。この時期には自立心が芽生え、なんでも一人でやろうとします。このとき、幼児期の課題が達成されておらず、自分や他人への信頼感を得られていなかったり、自立を妨げられてしまうと、自分や周囲に対して無力感に陥ってしまうそうです。 また、自立には母子の分離が不可欠ですが、虐待や無関心はむしろ分離を妨げる行為だと考えられます。適切なときに適切に分離が行われないと、いつまでも母子はくっついたまま、ずっと引きずっていってしまうのではないでしょうか。 >そういうのを治す研究ってされてるのでしょうか? 詳しくは分かりませんが、ないはずはないと思います。曖昧ですみません。
- famiko
- ベストアンサー率6% (7/103)
私の考えですが・・・ 大人になってから、様々な事で苦しむと思うのですが、 本人が「何故、自分はそういう思考になってしまうのか?」とか「何に対して不安や恐怖やこだわりがあるのか?」等、まず苦しむ内容や理由と、どうなりたいのかについて、気付く・・・というか、取り組む事で、癒しが始まるのではないか?と思います。自分を探ると言うか。 ただ、長年慣れ親しんだ感情なので(例え苦しくても)、それが当たり前になっているので、自分の抱えている感情の問題点に気が付かない事も多いと思いますが。 他者や環境が変われば、自分も楽になると思っているかも知れませんが、 自分の感情を解放してあげなければ、同じ事を繰り返すのでは?と感じます。上手く話せずにすみません。 私はアダルトチルドレンではないと思いますが、多少、趣旨とずれる内容かも知れないのですが、大好きなセラピストさんのHPがあるので、もしお時間があったら、読んでみてください。
- akiko0828
- ベストアンサー率18% (341/1862)
心理学を学んだわけでもないのでまったく個人的な考えですが。 赤ちゃんやひよこ、子猫など可愛いですよね?これは愛されるために可愛く出来ているんだと聞いたことがあります。 この絶対的に愛されるべき幼少期に愛されなかったというのはやはり人格形成に多大な影響があるのではないでしょうか? 成長してから修復は難しいということではないでしょうか。
- hotsquer
- ベストアンサー率11% (17/142)
同じ経験を繰り返す事と、逆らいがたい目に見えない支配関係があるからです。 幼少期は、特に絶対的な力の差と経済的優位が親にあるので、意外に 深く記憶している部分があり、反応的にそうなります。 人により何で充足、心の安定が得られるか?二違いがあるのでそうなります。 人により希望の形の差があるので、それを理解すると変容があると思います。人によって、根本的には、希望を<何で心の充足が得られるか?>形が違うだけで、そういった支配関係にも根本的には、心の充足を得る形があるだけだとうまく内面で切り返せれば、変容するのではないか? というのが、一応自分の模索の中では最良なんですが。 これは、特に信仰にもいえます。一つの神を信仰する人にとっては、 他宗教で、特に原理主義であると、絶対的な正義が必要で、それ以外 のグループを、何かあると苦しみと失望から悪としてモチベーションするしかない場合があると思いますが、しかし、信仰には、根本には 今の自分を変えようとか、心の安定を求める為にしている目的が最初にあり、その希望の形に違いがあるだけなのだということを感覚的に理解すると 別の共有があるのではないか?という発想です。
お礼
>消えると困るんじゃないでしょうか? 自分の一部分になって消えたら困るというのは驚きの回答でした。 でも、自分の一部ならなおさら変える必要があるんじゃないでしょうか。 すごく偏見的で残酷な言い方をすると、そういう人って社会性が無くなったりして、世の中の迷惑になるのではないでしょうか?だから消す・無くす必要がある気がします。 それを自分だからそのままで良いっていうのは、自分のことしか考えてないというか、周囲の人に迷惑をかけても関係ないというように感じました。 誰しもそういう傷はあると思うのです。でも、みんなそういう傷を一つ一つ努力して消そうとしてるのではないでしょうか。