• ベストアンサー

受動態の文

いつもお世話になっています。 受動態の文についてご質問したことがあります。 ある参考書に以下のような記述がありました。 「受動態が使われるためには、(受動態の)主語が動作主(by~)の行為によって何らかの影響を受けなければならない」 この具体例として、 a. This university was visited by Mr. Sakakibara five years ago. b. This university has been visited by Einstein. という2つの文が挙げられ、「aはダメだが、bはよい。なぜなら榊原氏という個人が大学を訪問しても大学は何の影響も受けないが、偉大な物理学者であるアインシュタインの訪問を受ければ、その大学の地位と名声は影響を受けるから」という説明がありました。 ここで、お聞きしたいことが3つあります。 1.「受動態が使われるためには、(受動態の)主語が動作主(by~)の行為によって何らかの影響を受けなければならない」というルール(傾向)はそもそも存在するのか。 2.あるとしたら、なぜそのようなルール(傾向)があるのか。 3.このルール(傾向)は全ての受動態の文に通用することなのか。 どなたかご存知のかた、ご教示ください。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.3

Gです。 やっと時間が出来ましたので、向うにも今追加回答をしておきました。 >「受動態が使われるためには、(受動態の)主語が動作主(by~)の行為によって何らかの影響を受けなければならない」 はある程度正しい解釈だと思います。 しかし、これも、学校文法の典型的な「表現方法」なのです。 何らかの影響を受けなければならない、では無いのです。 英語のネイティブは、何らかの影響を受けたと言う事を表現したいと言うフィーリングがある!!!からこの表現方法をする、と言う事なのです。 そして、結果として、あるいは「分析」すると、この「影響度」の高さを感じる、と言う事になり、結論して「影響を受けなければならない」と言うちょっとおかしな解釈論が出てくるわけです。 1.「受動態が使われるためには、(受動態の)主語が動作主(by~)の行為によって何らかの影響を受けなければならない」というルール(傾向)はそもそも存在するのか。 そんなルールなんてありません。 影響が無ければ使わないと自己法が導いているだけの事です。 影響があるのかな(と分析をして)、あると判断したから受動態を使う、というのではなく、影響があるときに、その影響を表現したいと言うフィーリングがあれば受動態を使うわけです。 2.あるとしたら、なぜそのようなルール(傾向)があるのか。 その影響を相手に感じ取ってもらいたいのです。  3.このルール(傾向)は全ての受動態の文に通用することなのか。 まさか、ですよ。  勿論危害とか利益など無かったものが作り上げられたと言う受身のフィーリングでは「主語に影響が与えられた」と言う解釈はできるでしょう。 しかし、これは、今までどおり言われてきた、受身のフィーリングがあるから受動態と言う形をとることでその受身のフィーリングが相手に伝わる、と言う事なのです。 アインシュタインが訪問したからってどうって言う事はない、と言う事であれば、受身ではないわけです。 「受けて何か起こった」わけではないのです。  He is loved by manyと言う表現は普通ですけど、だからといって、Heが影響を受けたわけではないですね。 単に、彼は多くの人に愛されている、と言う受身のフィ-リングを表現する事で、彼は、彼には何か愛されるものがある、と言う事を示したいフィーリングがあるわけです。 He is loved by Janeじゃ、ジェインに愛されていると表現をして何か作者が伝えようとする事があるとは感じないわけです。 しかし、He is loved by 有名女性,であれば、その有名女性に愛されている、と言う事に何か価値や意味をもっていることを作者は示したいんだな、と感じ、「へぇ、すごい!」となるか「それがどうした?」というような反応も起こってくるわけです。 言葉とは学校文法ではないのです。 言葉とはその人が伝えたい事柄(フィーリング)を直接的に表したものなのです。 だからこそ、子供が学校から帰ってきてお母さんに「おなかが減った」と言うフィーリングを伝える為に「何か食べるものある?」と聞くわけです。 そしてお母さんは「ちゃんと」そのフィーリングを感じ取り、「冷蔵庫におにぎり作っておいたよ」というわけですね。 基の文章は質問、だからその質問に対して主語はどれで動詞はどれで目的があるのか補語があるのか、文型は?なんて考えるから、「あります」「ありません」と答えるのが正しい、なんていう解答が出てきてしまうわけです。 時間を誰かに聞きたい(と言うフィーリングがある)時にも同じことが起こっていますね。 なんていいますか? 勿論直接的にWhat time is it?と聞く事もできますね。 しかし、Do you have the time? と半分直接的な質問もしますね。 時間のことを言っているんだな、とtimeと感じるかもしれません。 しかしDo you have a watch?ではどうでしょう? 時計を持っていますか?と聞いていますね。 グッチのを持っているよ!なんて英語ネイティブは答えませんね。 ちゃんと時刻を教えますね。 「何か食べるのある?」と同じなのです。 I'm interested in xxxx I'm surprised at xxxx He is known to xxxx などを「文章を形から見る」学校文法のおかげで、「これは受動態、だけどbyを使ってはいけない」というな説明をするから、学生はかわいそうにも頭がこんがらかってしまうわけです。  受身のフィーリングを出したいときにはbyを使う、という事を教えておけばいいわけです。 だからこそsurprised byと言う「受身のフィーリング」をたっぷり出した表現はsurpised atよりよく見るわけです。 しかし、学校文法に洗脳させている人たちにとっては「アメリカ人は文法に疎い!!」と言う評価をし、アメリカの英語は「間違っている」とまで平気でいうことになってしまうわけです。 同じ受動態でmade of, made fromと言う表現の理解も同じ事を学校文法ではしているわけです。 材質なのか材料なのか、と物質的に物を見てしまっているからこそ「オリーブの葉で出来た冠」と言う質問でmade from になっているけど間違っているのではないか!!と言う事になってしまうわけです。 (このカテで検索すれば出てきますので参照してください) ofとfromの持つフィーリングからその使い分けをする、と言う「根本的なこと」が学校で教えられる(これは、はっきり可能を示して表現です<g>)教師があまりにも少ない、と言う事なのです。 これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

yyk2005
質問者

お礼

懇切なご回答ありがとうございました。

その他の回答 (3)

noname#114795
noname#114795
回答No.4

これは、その参考書の説明がよくないのでしょう。 「受動態が使われるためには~~~~何らかの影響を受けなければならない」という記述が、わかりにくいのです。 まず。通常は(一般的には)、能動態の方が自然なのだということから出発します。理解する時の思考の流れが自然だという意味です。 Einstein has visited this university. でよいのです。しかし、あえてそれを強調したい(意義深いとして)場合には、もってまわった言い方で、あるいは大仰な言い方で、「この大学」をとくに強めて、こういう事象があったと受け身で表現するわけです。「この大学にはこんな意義深いことがあったのだ」と。 つまり、受動態はより不自然なために、強調するには逆に効果的なのです。 一方で、一般人が訪問したことを、わざわざ強調することはない、ということが違いです。 学校では、能動態と受動態の互換性を説明しますが、他の書き換えと同じように、意味が違ってくることが多いのです。学校の先生は、とかく機械的に書き換えるように教えるので、こんな疑問も出てくるのです。 その参考書で「影響を受ける、受けない」とする説明自体はよくないと思われますが、まったくの間違いではありません。

yyk2005
質問者

お礼

とても分かりやすいご説明、ありがとうございました。

  • sillywalk
  • ベストアンサー率46% (145/314)
回答No.2

言語学ではこれはaffectednessという概念で知られています。例えば a. John slept on this bed. b. Napoleon slept on this bed. の二つから受動態を作ってみます。通常、自動詞のあとの副詞的な場所の句から名詞を取り出して受け身にするというのは無理であって、実際 This bed was slept on by John. というのは許されませんが、b.から作った受け身の文 This bed was slept on by Napoleon. だと、ずっとよくなります。「このベッド」がどんなベッドかを説明するのに、「ナポレオンが寝たベッド」だと立派にベッドの属性と捉えられるからです。他にも、 The bridge has been walked under by generations of lovers. というのもよく出てくる有名な例です。川沿いを散歩する何世代もの恋人たちが橋の下をくぐると、それは橋の属性だと解釈することが容易になります。 このように、本来受動態を許さない自動詞が、ある場合に後ろの前置詞とくっついて他動詞のようにみなされ、受け身が可能になる、というのを説明するのに、affectednessの概念は有効で自然なものだと思います。 全ての受動文にこれが成立するかどうかは、「影響を受ける」という概念の定義次第だと思います。

yyk2005
質問者

お礼

親切なご回答ありがとうございました。

回答No.1

私の知ってる範囲でお答えすると、 Somebody cleaned this room yesterday. を受動態にすると This room was cleaned yesterday. として by somebody はつけない。重要でないし、誰か知らないから。 This university was visited by Mr. Sakakibara five years ago. の文でサカキバラ氏が著名人でなければ、受動態の文を持ってくるのはフィーリング的に変と感じます。 Mr. sakakibara visited this University five years ago. で十分です。お持ちの参考書で、「影響」を何を持って定義しているのかわかりませんが、1の答えとしては「そこまで難しく考える必要はない」と思います。ちなみに b の文も能動態のほうがはるかにナチュラルと思います。 This University was established five years ago. のような文は受動態が自然です。つまり2の答えとしては「不自然になるから」。3の答えは、「そこまで厳しく考える必要はない」というところでしょうか。

yyk2005
質問者

お礼

丁寧なご回答ありがとうございました。

関連するQ&A