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進化論: 何故、システムとして進化できるのでしょうか?

生物を構成する個々の小さい部品が突然変異と自然淘汰の積み重ねで進化できるのは、わかるような気がしますが、多数の部品が統合されて、全体がシステムとして働いているようなものは、進化論ではどのような説明が可能なのでしょうか? たとえば、「目でモノを見る働き」などが、進化の結果として実現されるためには、眼球のレンズ、レンズを動かす筋肉、網膜、視神経、視覚像を処理するための脳細胞、涙腺、瞼の条件反射などなど、ものすごく多くの部分が全体として調和されて進化して初めて可能だと思います。 しかし、これらのシステムを構成する個々の部品は、それぞれ、別の遺伝子が管理しているでのではないのでしょうか?もし、そうだとすると、レンズができても、レンズの筋肉ができなかったり、たまたま、両方できても、網膜ができなかったり、あるいは、視神経ができなかったりすると思います。 これらの個別部品が、「同時期に一気」に全体が調和するように進化する理由がよくわかりません。また、「同時期に一気」にではなく、「別々の時期に、少ずつ」だとすると、まだ、レンズの筋肉ができていなかったときのレンズは、どうやって体内に固定していたのかとか、そもそも、「見る」という「有益な機能」に至る前の「ただのレンズ」などは、「自然淘汰」の過程で、存続し続ける必然性がないのではないかと思うのです。 ということで、進化論では、個別部品を統合したシステムとしての進化をどのように説明可能なのかを教えてください。

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  • m41
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回答No.25

3時間掛けて書いた 御返事が き・消えた?!(T_T) 補遺即有難う御座います。No21です。昨日一回御返事書いたのですがログインが切れ再ログイン出来ずに返事が消えてしまいました(T_T) 気を取り直してもう一度・・・・・(おかげで もう一度考えを纏る時間は出来ましたが) 現実は、あまりにもきれいに完成しているので> 無駄の無い物は美しい現在生きている生物が現状の環境に最も適していて美しいのは当たり前の事ですが 何を持って美しいと言うのでしょうか?落語の演目に一つ目国というのが有りますが1つ目の国の住人にとっては2つ目の生き物のほうが珍しく価値観は環境や見るものによって代わってきます もし人智を超越した地球外知的生物から見たらもしかしたら今地球上に存在する生物は醜く無駄だらけなのかもしれません。 また有る一定の大きさを超えた「役に立たないけど生存に有害でない」物を持つ生物はハンデ以外の何者でもなく 結局は生き残れなかったのだと思います。 http://members.at.infoseek.co.jp/kawa3104/oumugai.htmlオオム貝はえらが4対有ります http://www.geocities.co.jp/NatureLand/5218/ventasutega.html http://www.geocities.co.jp/NatureLand/5218/akantosutega.html http://www.geocities.co.jp/NatureLand/5218/ikutiosutega.html 初期の両生類は指が8本も有ります 何故5本になったのかは不明ですが退化の痕跡すら残って居無いと言う事は 現在生き残っている種はこれらの物とは別の進化をしたと思われます。 例えば眼はおそらく初期の眼は単眼で光を感じる程度のものだったでしょうそれが二つになった時点で方向や距離を感じる事が出来るようになりそれでお終い!それ以上に増えた種は生き残れなかったのではないでしょうか?例外的に現在の蜘蛛のように8個の眼が合ったり昆虫のような複眼が有るのではないでしょうか? 非常に小さい変化しかない無数の種の化石のセット> 同時期に同じニッチを持った種の競合というのは考えられない 有る新種が今日化石として私たち人間に発見されるだけの個有数になるまでには多くの時間を費やし其の間に枝分かれする前の形態とは明らかに違う個体になってしまうのではないでしょうか?例えば人間を例にとって見るならhttp://www.kataoka-el.co.jp/jinrui.html同じ原人から(それ以前?)進化した アウストラロピテクスとホモハビルスが違う進化を遂げた中で後者が前者に取って代わると其の間の化石は見つからずミッシングリングになってしまいます。 突然変異で、脳みその大きい種ができ> これも違うと思います突然変異で脳が大きくなるまで待っては居られません 毛皮をなくした多くの原人の中で 生き抜く知恵を持っていたものだけが生き残り子孫を残す権利が与えられたのだと思います 当然其の固体は脳の容量も大きかった可能性は否めません其の繰り返しによって進化が出来ていくのだと思うのですが・・・ かなり前の回答に成ってしまいますが 鯨の話も足でも鰭でもない状態が其の時代其の環境においては別段不利ではなく最も適した形であったと思います。先ず両生類が地上に上がる時 地上には敵も無く豊富な餌を独り占めすることが出来ましたどんな不恰好な足であろうと其のニッチには敵が居ないのですから最も優れた形であった事は疑う余地も有りません。 http://www.whalco.jp/kujira/kujira2.html http://www.sanspo.com/fish/labo/monogatari/sakana_kujira1.html に有る様に鯨の祖先がカバの様な偶蹄類であったなら現在のカバも4本足で殆どを水の中で過していますが足が不完全な鰭に代わって行ったとしてもなんら不自由な事は無いと思います。 ペンギンもまた然りです捕食者が居たらとてもあのような不恰好な歩き方で生き残れるとは思いませんしかし現在の北極においては最も優れた形の一つである事も疑いようの無い事実です。 ご紹介した島泰三先生の本は前半はやりすぎだろう?!と思えるくらいダーウインの進化論の不備を書いています。進化の過程が単に自然淘汰や性淘汰、突然変異と漸進論では説明できない事を 強く言っておられます。 私がどうしても不思議でならないのは他の方の質問で書かせて戴きましたが(http://okwave.jp/kotaeru.php3?q=2174355のNo18)自然淘汰による進化論の落とし穴として人間のように強い生物は自然淘汰されないと言うことです 環境に適応しない種は自然淘汰によって適応力の有る者だけが生き残る・・・何者が人間を淘汰するのでしょうか人間の天敵は?人間?戦争?病原菌? そこでダーウインは直ぐ説明がつかなくなると性淘汰を持って来ます。縄文人と比べ現代人は骨格が細い(これは紛れも無い事実だと思います)と言う事は自然淘汰説・性淘汰説に基づけば骨格が太く筋肉隆々の人間は戦争に弱く病弱で短命 女にもてず子孫を残す機会が細身の伊達男より何千年もに亘って恵まれなかったと言う事に成ってしまいます。 誰が信じます?こんな事?獲得形質の遺伝も有りうるとしか思えないと言う事です。 あっ?!今気付いた逆だ!!!古代では骨の細い優男は生き残れなかったんだ!!力の無い物も生き残れる人間社会が続いたから結果的に骨が細くなった! 有難う御座います1つ問題が解決しました\(^o^)/ 質問の答えの場で論議の場ではない!というルールに反して多くを書いてしまいましたが この質問のやり取りは楽しすぎるので 許していただければ幸いです。

参考URL:
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/5218/
kobarero
質問者

補足

ご返事、書き直していただいて大変ありがとうございます。面白い情報とお考えをいただき、よろこんでおります。 >無駄の無い物は美しい現在生きている生物が現状の環境に最も適していて美しいのは当たり前の事ですが 何を持って美しいと言うのでしょうか? 私が言った「きれい」は、「美しい」という意味ではなく、「きれいさっぱり」の「きれい」で、「何もない」と言う意味です。要するに、生物の体には、無駄なものが何もなく、あまりにも、効率的、能率的に構成されているので、不思議だなぁという意味です。もし、本当にまったくデタラメな遺伝子の変異がベースにあるのなら、体のあちこちに、もう少し「何だコリャ?」と思わせるような変で無意味なものがくっついていても、別に生存には邪魔にならないのではないかと思ったのです。 ところで、「美しい」ついては、別の感想があります。人間から見ると、非常に多くの花が「美しく」見えます。これは、すごく不思議です。花が美しくなかったからと言って、人間が生存できなかったとは、とても思えないからです。人間が花粉を運んでくれるミツバチなら、花が「美しく」なろうとするのは、戦略的に理にかなっていきますが、人は花粉を運んでなんかやらないのに、花が人間に愛想を振りまく理由がわかりません。無償の愛でしょうか。 >また有る一定の大きさを超えた「役に立たないけど生存に有害でない」物を持つ生物はハンデ以外の何者でもなく 結局は生き残れなかったのだと思います。 ちょっと、論理展開がよく理解できなかったのですが、「有害でない」のに、生き残れなかった理由は何ですか? 結局、生存する上で「有害だった」から、生き残れなかったのではないでしょうか? そうだとすると、「有害でない」という前提そのものを変更してませんか?  また、URLを挙げていただいた例は、いずれも、生き残った例ですよね。生き残ったからこそ化石がある。その種が、現在まで生き残っているかどうかは別ですが、当時は、かなり長期間、当時の環境に適応できたということだと思います。図を見ても、大変整った形態をしているので、自信を持って堂々と生きていたように思えます。 >同時期に同じニッチを持った種の競合というのは考えられない  前回も書かれていたことですが、どうもこの意味がよく理解できませんでした。「同じニッチを持った種の競合」というのは、具体的にはどういうことですか? それと、私の疑問は、単純化して言うと、「進化の歴史は、地道な小さい変化の累積であって、大きな飛躍の時期はなかったと考えていいのか?」ということです。私は、飛躍的な変化が、要所要所にあったと考えた方が妥当なように思うのですが。 >先ず両生類が地上に上がる時 地上には敵も無く豊富な餌を独り占めすることが出来ましたどんな不恰好な足であろうと其のニッチには敵が居ないのですから最も優れた形であった事は疑う余地も有りません。 ここでも、論理展開がよくわからないのですが、「不恰好な足」と書いていますが、正確には、「不恰好ではあるが、生き延びるには障害にならない程度の足」という意味ですよね。言い換えると、「生き延びるのに障害になるほどの不恰好な足」の場合は、滅びますよね。となると、「良いものは良い、悪いものは悪い」という論理と同じに見えてしまうのですが。 ところで、「クレオドント」という名前がいいですね。特に「ドン」でなく、「ドント」がいいです。「クレオドント」って滅びてしまったんですか? 現代に持ってきても、全然恥ずかしくないほど、立派に完成しているように思えるのですが。何か欠陥があったのでしょうか?  >進化論の落とし穴として人間のように強い生物は自然淘汰されないと言うことです えーと、結局、「人間も自然淘汰されないのはおかしい」という疑問でしょうか? >誰が信じます?こんな事?獲得形質の遺伝も有りうるとしか思えないと言う事です。 有りうると考えておられる「獲得形質の遺伝」って、例えば、どのようなことですか?

その他の回答 (26)

回答No.6

> そこで一部の生物は『光を感じる』器官を獲得したのだと思います 光を感じる器官を必要とした、ないし欲したからといって、それを獲得することはできません。 この部分は日本人の門外漢の人に特に誤解が多いので、慎重に。

kobarero
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

noname#30580
noname#30580
回答No.5

進化論関係の本はいろいろ読みましたが、結局、だれもよくわかってないようですね。 変異と自然淘汰説もそうとう無理がありますよね。 結局だれかが、完成されたパーツの設計図を遺伝子の中に書き込んだんだと思いますけど。 (これより先は素人の相当勝手な推測です。) で、その誰かと言うのはDNAだと、私は推測しています。 DNAは体を作るための設計図だと聞いたことがありますが、 私の勝手な推測では、設計図としてのDATAはごく一部で、 大部分は、思考プログラムだと思います。 でなければ、単純な細胞分裂を繰り返したって、 巨大なアメーバーができあがるぐらいで、人や他の動物の形になるように、緻密に細胞を増やして行くには、必ず完成度のたかい命令系統が必要だと思います。  DNAの一部またはまだ発見されていない何かが、パソコンのCPUの様な働きをして、それが桁違いに計算能力がよく、また、必要に応じて自分自身を書き換えて成長していくようなのを想像しています。  それが、各細胞にあって、細胞の数だけの高性能CPUが並んだようなかんじでしょうか?  と、私の勝手な推測で恐縮です。

kobarero
質問者

補足

おもしろいお考えありがとうございます。 DNAはあくまでデータで、そのデータを使って生物を作り出すのは、別の制御プログラムの働きだということですね。 その制御プログラムはどこにあるんでしょうね。 DNAの中には、有効な部分が少なく、実際に使われていないと思われている部分の方が多いと聞きましたが、そのような部分が実は、制御プログラムかもしれないし、あるいは、現在の科学では、なだ、発見されていない、DNAに影響を及ぼす、未知の作用が潜んでいるのかも知れませんね。

回答No.4

全てのパーツが都合よく偶然に揃うという可能性が余りにも低いのは確かでしょう。 しかし、例えば目の場合で言えば(実際はどのような順序で進化したか知りませんので、適当に考えた過程ですが)、 ・明暗を認識できる神経がたまたまできる ・光を集めてくるレンズの働きをする原始的な組織がたまたま出来る(必ずしも筋肉を持っていなくても、皮下組織なら、固定はされていますね。) ・その組織の周りにたまたま筋肉ができる・またはもともと筋肉を持っている組織がレンズ様の働きを獲得する ・筋肉が、レンズの焦点を調整する機能を持つ ・随時、視神経そのもの・レンズ・筋肉の能力が高まる といった過程を経ながら徐々に高度化したシステムとして発展したというふうに考えれば、それほど不自然でもないでしょう。ポイントは、最初からフル機能で揃っていなくても構わないということです。

kobarero
質問者

補足

ご回答ありがとうございました。 「たまたま」できるというところが、あまりよく理解できませんでした。もし、時間が十分に長ければ、「たまたま」できるというのであれば、サルがでたらめにタイプを打ったら、「たまたま」、聖書全文になっちゃったというよくある話と同じ気がします。 サル問題に対する一般的説明は、サルの例では、自然淘汰のプロセスがないので、実際の進化の説明にはならないということだと思います。 しかし、たとえ、自然淘汰を考慮したとしても、わからないことがあります。それは、「現在の機能は生存に対してニュートラル(有益でも有害でもない)でも、将来、はじめて有効になるような機能が、なぜ、都合よく準備され、かつ、途中で消滅もせずに、保存され続けるのか」という疑問です。

  • mojitto
  • ベストアンサー率21% (945/4353)
回答No.3

生物の進化に関しては謎の多い分野ですので、『これが正解』と言う回答は難しいと思います。 とりあえず、私の仮説としては… 自分の周りの情報を得るということは、生存競争を生き抜く上で、大変重要なことです。触覚だけでは触れてからしか情報がわかりませんよね? そこで一部の生物は『光を感じる』器官を獲得したのだと思います。皮膚が輻射熱の『熱い』『冷たい』と感じるように、離れた位置にある光を感じて『明るい』『暗い』程度に。 しかし、他の生物が光を感じる器官を得ると、次はいかに効率的に感じるかが重要になってきます。そのために一部の生物は網膜を獲得します。 そして他の生物が網膜を得ると、さらに効率を上げるためにレンズが…レンズを動かす筋肉が… というように、一気に視覚系統を得たと考えるより、効率の上昇を目指して、徐々に新機能を得たと考える方が自然だと思います。 ただしこれはあくまで私の仮説です。 この質問に対して明確な答えを得ることは、現時点では難しいと思います。

kobarero
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

回答No.2

それから × 突然変異 ○ 変異 です。 「突然」などをつける理由が不明です。 ええ、検索すれば「突然変異」は腐るほど引っかかりますが、あれらは全部「突然」は不要ですね。「突然」が必要であるものはないと思います。

kobarero
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

回答No.1

> 「見る」という「有益な機能」に至る前の「ただのレンズ」などは、「自然淘汰」の過程で、存続し続ける必然性がないのではないか 相変わらず多岐にわたる誤解が多い分野ではありますが、進化の過程で「必要ないからなくなる」ということはありえませんし、逆に「必要であるから生まれてくる」ということもありません。レンズだけしかできなかったものは(あるとすれば)、うまく生き残り子孫を残せず、絶滅したに過ぎません。 目というサブシステムができ上がって現在に至るのは、サブシステムを構成する各パーツが(それぞれ何かから変化するなどして)「たまたまそろった」からなのです。たまたまそろわなかった個体は進化の過程で恐らくかなり生じたかもしれませんが、絶滅しただけです。

kobarero
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

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