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宗派変えについて

こんにちは、質問させてください。 去年の4月に父がなくなり、父の先祖の宗派が浄土真宗ということで浄土真宗のお坊さんにお葬式をあげていただきました。仏壇も買い魂入れもしていただきました。 それからも浄土真宗の形式に乗っ取って供養してきたのですが、一周忌にお墓を建てるにあたって母が「浄土真宗では先祖供養が十分にされないような気がする。宗派を変えたい」といい始めました。 母が自分なりに浄土真宗の勉強をしていたようなのですが、勉強すればするほど疑問が生じて、自分が信じるものとは合わないというのです。 父は次男で相続者ではないことと、父の姉(未婚)が創価学会を信仰しているのでそれに合わせ実家の方も宗派変えをするらしく、一周忌にお墓を建てる前にこちらも宗派を変えたいということなのですが。 そこで質問です・・・。 1.先祖供養を一番に重要視している宗派はどこなのでしょうか。(母はよく般若心経を唱えていましたが、浄土真宗では唱えられないので不満そうでした。墓地はすでに購入済みで無宗派のお寺さんが管理しています。納骨式もそこの住職にしていただくつもりです) 2.また位牌や戒名は新しく作らなくてはいけないのでしょうか。(浄土真宗では戒名を法名と言い、位牌は仏壇に飾りません) 3.縁あって属した宗派を個人の考えで変えてしまってよいものなのでしょうか。(父はあまり信仰深くない方でしたので宗派にこだわりはありませんでしたが、創価学会のお誘いは断っていました。) 私(長女)個人としても、兄(長男)の考えとしても、宗派変えはあまりよろしくないのでは・・・と思っております。ただ、確かに浄土真宗の習わしはしっくりくるものがありません。母が宗派を変えると言っているのでそのようにさせてあげるつもりではいますが、どうぞ助言していただきたく、よろしくお願いします。 一周忌が迫っているので困っています・・・。

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  • 回答No.7

この手の話は、必ず賛否両論がでてきますし、特定の宗派名をだされると、その方から絶大な異論反論がでてきます。これはその宗派の宗祖とよばれるような人が独立したときも同じだったことでしょう。それぞれ立場が異なります。 1)仏教が入ってくる前は、日本人はどういう先祖供養をやっていたのか。やっていなかったのか。 2)すでにそちらの宗派で葬儀や法事をやってもらった、つまり、亡くなっているご先祖さんはどうおもうか。 3)それでも納得出来ない生きている人間はどうなのか。 4)年回忌法要が、生きている人間の為に営まれるのなら、どう考えるか。 判断するときは、これらを考えてみてください。 ご質問を読む限りでは、先祖供養と仏教宗派の関連ということですから、宗派を変えても、自分が望むような先祖供養がやってもらえなければ、納得できないでしょう。別に変えるも変えないのどちらもお勧めはしませんが、宗派を変えずに、その専門の僧の方に先祖供養を頼むという姿勢ではなく、強烈に、かつ、誠実に、先祖に接するという姿勢でもいいのでは。もし、なにか先祖に関連して、こころ落ち着かない現象なり心象があるのでしたら、むしろ、宗派の問題よりも、その解決に意識を向けられたほうが問題を摩り替えずにすみますよ。 奉公人が雇い主に影で隠れて必死に真夜中に、鰯の頭をアミダさん代わりに拝んでいたら、そこから強烈な光が出てきたという話がありますが、この程度まで必死なら、別にどの宗派でもいいとおもいますよ。 宗派が先祖の魂を見てくれるという意識は、カルトに嵌りやすい傾向を持つともいえます。 すし職人がステーキを食べてはいけないという話を聞いたことはありません。同じように考えれば、般若心経だって、別に仏教のお経なんだから、そちらの宗派のお坊さんに気兼ねしないで、ご自宅の仏前に上げられたいいとおもいます。聖書でも心休まれば、べつに仏前で朗読しても構わないと思いますよ。他人は、だれもあなたやあなたのご家族の心の中まで土足で踏み込んでくる資格も権利もありません。これが信仰の重要な点です。 ある意味で宗派なんて、器のようなもので、それを生かすも無駄にするも、そこに関与する人間です。

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  • 回答No.6

1年やそこら勉強したぐらいで浄土真宗がわかってたまるか!というより、仏教がわかるか!です。私は縁あって浄土真宗の経営する学校に入学しました。授業で親鸞聖人の話を聞きましたが、理解どころか、罪悪深悪、煩悩熾盛と人の事を悪者みたいに!と親鸞のことが大嫌いでした。 その後、仏教に興味を持ち、浄土真宗の本などを読むようになり、1年たち、3年たち、5年、10年たってなんとなく浄土真宗の言うことがわかりかけてきたような気がします。それだけ仏教は、そして真宗は奥が深いと思います。 般若心経は浄土真宗では唱える必要がないといいますが、個人的には毎朝毎晩でも唱えればいいと思います。浄土真宗をやめてしまって、創価学会になったら今度はお題目だけになって、やっぱり不満は残るんじゃないですか。 親鸞聖人も阿弥陀様の教えを大事にされていますが、他のお経も勉強され尊重されています。浄土真宗を基調としつつも、気の住むようにいろいろと勉強し、ご回向して差し上げればよろしいのではないでしょうか。なかなかはじめから他力の信心なんて分かりっこないですから。 ご縁があったのは阿弥陀様が救いの手を差し伸べておられる証拠だと思います。私も最近そう思うようになりました。

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  • 回答No.5
noname#80187
noname#80187

創価学会に入るなら、ある程度調べてから入った方が良いと思います。 創価学会は、勤行、唱題と言って毎日、ご本尊にお参りしなければなりません。一度入ると新聞とか、本とかも買わされます。買うわなければいけないような雰囲気になります。折伏と言って、他の人を勧誘しなければなりません。選挙の時は公明党に入れなければなりません(半ば強制的です)し、他の人にも公明党指示をお願いしなければなりません。   ある話では、一部の地域、場所では、一度入ると退会した時に、嫌がらされをされるらしいです。 あと、日蓮正宗から破門された宗派です。以上のことは、僕が知っている限りなので、ご自分で確かめて自分で判断してください。僕自身の回答が正しくないかもしれませんので。 僕自身、日蓮正宗について信仰しています。以下の内容は参考程度に受け取ってください。僕自身、勉強や修行不足なので、正確な答えではないかもしれませんし、科学的に証明されていることではないので。 日蓮宗や法華経を経典としている宗派は、正しい修行をすれば誰でも成仏できると説いています。 成仏とは、誰にでも慈悲の心を持てる。すぐに腹が立ったり、怒り狂ったりしない境涯になれる。この世の理が解るようになり、この世の理を悟った状態のことです。正確にはいろいろとありますけど、これが一般の人には解りやすいと思います。(僕自身、短気が気長になりました。そこになるまで1年かかりましたけどね。その間なんど辞めようと思ったことか) 人には、仏心(世間でいう霊体)を持っていて、仏心の経験値が功徳と呼ばれるものです。逆に仏心の汚れというか罪があり、それが罪障と呼ばれるものです。この罪障は、悪因となり、上手くいかない、失敗を呼ぶものとされています。 修行するところに、功徳が積み、罪障がなくなり、性格が穏やかになり、性格も良くなり、勉強などをしてもその成果が自分につくようになります。 人が死んだ後も、この仏心はあり続け、遺族や関係者が供養することにより、死んだ人の仏心に功徳が積むと言われています。 この仏心の功徳量、罪障量によって、生まれる姿、生まれる家庭、生まれる地域、自分自身の能力の質などが決まるとされています。ので、死んだ人を供養することは大切だと説かれています。また、自分自身も生きている間に充実した境涯になるために、来世のために功徳を積むことが大切だと説かれています。 そして、功徳がないものは、教えを理解できても実感することはできません。これが、人に伝える時の難しいところです。 ここからは、日蓮宗の独自になるのですが、お釈迦様は、誰でも成仏できる教えを説きませんでした。お釈迦様の死後2000年間しか成仏できる教えしか説きませんでした。法華経は最後に説かれた教えで、この教えが成仏できる教えである説くのと、同時に、死後2000年後に、誰でも成仏できる教えを説くものが表れると説いてあります。それが日蓮宗で日蓮さんだと言っています。 さらに、日蓮宗でも、日蓮さんからの教えを守り抜いていると言われているのが日蓮正宗です。僕自身調べていないので解りませんが。  他の創価学会、日蓮宗は、これから分派しています。 なぜ、分派するかと言えば、功徳の量によって実感できる範囲が限られているからです。ある程度、修行を積んだあと、成仏しきっていないのに、自分は成仏したと思って分派するのです。 日蓮正宗は、修行をする宗教です。他の冠婚葬祭の時だけの宗派ではありません。 日蓮正宗は、創価学会と同じで、朝と夕方の勤行をしなければなりません。朝は1時間ぐらい、夕方は40分ぐらいです。さらに、お寺への出席、折伏も修行の一環とされています。月の命日の日には供養するためにお寺へ申し込みます。1回2000円です。(払いたい人はもっと払っていますけど、それは任意です。)勤行の中にも先祖供養という項目があります。  やっていて、ご利益が解るまで辛いです。ご利益が解っても続けるのが辛いです。 最近は、入会できても、すぐに、ご本尊様をくれません。お寺へ1ヶ月ぐらいほとんど休まないで勤行などをしたら貰えますので、手っ取り早くはありません。 僕自身、ご利益を感じていますし、 先祖の供養はしっかりしている宗派だと思います。お金を払えばOKという宗派でもありません。でも、その分、しっかり修行をしなければならない宗派でもあります。入信は簡単ですが、修行をしなければご利益はありません。むしろ、ご本尊様を貰って粗末にすると罰があたり、生活、体調が悪くなるという経験者がいます。というか自分もその独りですけどね。 後、戒名は新しく作ります。だけど数十万もしないはずです。これはちょっと解りません。位牌はないので捨てることになります。 後、お釈迦様は、法華経を説く前に、華厳経、阿含経、方等経、般若経、法華経を説き、死ぬ1日で涅槃経を説きました。涅槃経は法華経を聞かなかった人、法華経で成仏できなかった人にために説かれた教えです。  浄土真宗は方等経を経典としています。  法華経以前の教えは仮の教えで、法華経を説いても解らないので、嘘の教えで仏心を整え、法華経が理解できる時に説いたと言われています。仏心を整えることができたので、般若心経とかはではご利益はあるが、法華経から比べたら低い。(法華経は~しないさいとか、~と考えるべきではなく、修行をするところにどうすれば言いか実感できるようになる)  ので、宗派を変えることはそういう点からしたら問題ありませんが、先祖の霊の状態(仏心の状態)によって、怒り出すかもしれません。私の家は変えましたけど、変えた本人は何もありませんでした。僕や周りは、この宗派を嫌って、ひどいことをしていたので、だいぶ罰らしきものがあたりましたけど 書いていて、自分自身、頭おかしいじゃないかと思うようなこと書いていますね。たぶん、入信しないだろうと思いますが、一応参考になればと思います。あと、頭の片隅に入れておいてくれたら嬉しい限りです。

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  • 回答No.4
  • amida3
  • ベストアンサー率58% (448/771)

坊さん@浄土真宗です。 1.在来の仏教で先祖供養を強く説く宗派はありません。それでは仏教ではなくと先祖供養教となります。一部の新興宗教さんにはございますが・・・そもそも「供養」という言葉の意味が皆さんが用いている意味と私どもが用いている意味とでギャップがあります。 浄土真宗で般若心経を唱えないのは道が異なり必要がないからです。頭痛の方にここに良い下痢止めの薬がありますよと出しても、どんなに良い下痢止めの薬でも頭痛で困っている私には必要がないのたとえのようなものです。 そもそも、その無宗派のお寺さん?(何宗でもないということは・・・服装はともかく僧侶なのか?)にすでに改宗したのと同様になっていませんか? 2。そもそもお話では、お母様の頭の中で自分で考えている自分宗自分派的な勝手な仏教概念があり、自分の思いと同じことが良いと考えているように思います。つまり、私どもから見ると仏教徒ではないのです。自分宗自分派なのです。 そのお考えに近い既存仏教教団を見つけて改宗したとすれば、当然にすべて一からですので、法名・戒名も付けなおし、仏壇・位牌等も変更です。極端に言えばお葬式からやり直しと同様になります。 3.先祖の思いを考えれば、変えないほうが良いと思います。祖父母さんから見れば息子が当然に同じ教えの中で同じ浄土に生まれ、また一緒と思っているのに。それを裏切って別のところにと言うことになりますので、祖父母や先祖代々の供養と言う意味からも親元と一緒にと考えるのが一番であると思います。お父様は、お母様のものではありませんのでお母様のわがままだけが通れば丸く納まるというものではありません。ある意味、先祖の思いをないがしろにする事につながるのではないでしょうか? もちろん、法律上は変更は自由であります。ぜひお母様の声を聞く前に、お父様の声を聞いて見てください。 浄土真宗の仏事を再度学んで見てください。

参考URL:
http://kyoto.cool.ne.jp/monto/

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  • 回答No.3
  • sgm
  • ベストアンサー率60% (375/618)

ANo.2の者です。 すこし気になったので、蛇足ながら追記します。 >(母はよく般若心経を唱えていましたが、浄土真宗では唱えられないので >不満そうでした。 とかかれていますが、お家の宗旨とは別に個人の信仰として「般若心経」をお唱えすることには、まったく問題がありません。 浄土真宗のお寺さんが法要をされている席で、ひとりだけ念仏ではなく般若心経をお唱えするのは、いくらなんでも変ですが、毎日、ご自分でご先祖さまを礼拝する時に般若心経をお唱えしても、さしつかえないと思います。 浄土信仰と般若心経は対立するものではありませんので、ご先祖さまが大切にされた念仏と、お母さまが大切にされている般若心経を一緒にお唱えしても良いのではないでしょうか。 蛇足の蛇足ながら、私個人の意見としては最近の「般若心経ブーム」には少し違和感を感じます。般若心経は確かに仏さまの教えのひとつを簡潔に教えてくれるものですが、一部の本やテレビ・ラジオの番組で取り上げられているように、「般若心経にこそ全てが説かれている」とか「唱えるだけで最大の幸福をもたらす最高の呪文である」という扱いは、はっきりと間違いですし、半オカルト系の人の金儲けに利用されているようにも感じます。

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  • 回答No.2
  • sgm
  • ベストアンサー率60% (375/618)

曹洞宗の僧侶です。 1.いわゆる伝統仏教の諸派にかぎってみれば、特に先祖供養に突出した宗派は見当たらないといって良いのではないでしょうか。また本来、仏教と先祖供養は直接的には関係がないものですので、先祖供養のためだけに宗派を変えるということには疑問を感じます。  浄土真宗では、門徒さんは亡くなると同時に阿弥陀如来のお力によって直ちに浄土にお迎え頂ける「即得往生」を教えているので、遺族の追善によって故人を成仏させる「追善」という考え方は否定しています。  しかし、逆に考えれば、阿弥陀如来を恃んで一向に行う日常の念仏が故人を阿弥陀如来の救済に結びつけたのだとすれば、遺族もまた一向に念仏を行い、故人の命日など折々に故人を浄土に迎えて下さった阿弥陀如来に報恩感謝の気持ちを奉げるのは、故人の念仏信仰を遺族が継承し実践しているという意味で、まさしくご先祖さまのための法要であるということもできるでしょう。教義上はそれを”供養”といわなくても、施主がそのような気持ちを持って法要を行うことは否定されないと思います。 2.他宗のことはよくわかりませんが、曹洞宗では他宗から改宗された方に改めて戒名を付け直すことは少ないです。これは曹洞宗の教えが、釈迦如来直伝の”正伝の仏法”で個々の宗派を超越しているため、どのような宗派で付けられた法号であれ仏弟子の名前であることには変わらない、という考え方によるものです。  他宗ではあらためて法号を付け直す場合が多いようですし、個別のお寺さんの考え方にもよるので、具体的に改宗する先のお寺さんが見つかったときに、ご相談されることをお勧めします。 3.どうしても浄土真宗を信仰する気にならない、ということであれば止むを得ないと思いますが、基本的には改宗(宗派変え)はお勧めしません。宗派の教義に疑問があれば、まずそれを当のお寺さんに質問し、より深い理解をめざしてつとめられるのはいかがでしょうか。

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  • 回答No.1
  • les-min
  • ベストアンサー率41% (269/644)

こんにちは。。  あくまで、個人的見解ですが・・・(仏事関連の業者で働いている者です。)  1は、後回しにさせてください。  2について。通常は宗旨替えした宗派の仕様に則ったものに替えることになると思います。お戒名も、新しくお世話になるお寺さんに付け直していただくことになるでしょうし、浄土真宗から他宗への宗旨替えとなると、お仏壇も買い替えた方がよいかな、と思います。浄土真宗のお仏壇は基本的に各派の本山のミニチュア版という造型になっており、本尊様もそうです。宗派によってはお仏壇の流用ができる(というよりも気にせずに使う)場合がありますが、浄土真宗のお仏壇を宗旨替えした後も使うというのは、可能な限り避けた方がよいかな、と思います。)  3について。引越しなどいろいろな事情から宗旨替えする方もありますし、個人的な思想・信条が理由でも、ホイホイと宗旨替えを繰り返すなどということでなく、熟慮の結果であれば、それ自体は悪いことではないと思います。新たにお世話になる宗旨のお寺さんに指導いただきながら話を進めればよいとは思いますが、受け入れてくれるお寺があるかどうかという点が最大の問題となります。  古い慣習や風土が残る地方では、宗旨替えは難しい場合が多いように思います。地方では、引越しなどを除く、個人的理由の宗旨替えを快く受け入れてくれるお寺は「ない」と言ってよいですね。お寺の檀家として受け入れるか否かを判断するのは、お寺の住職さんですから、住職さんに断わられた場合、それ以上どうすることもできなくなります。  これが都市部になると話がまるで異なり、簡単に受け入れてくれるお寺もあります。    檀家として受け入れていただくお寺が見つかった場合ですが、「入檀料」というような名目で、費用が必要な場合があります。お寺は檀家さんや信者さんが共有する財産のようなものなので、その末席に加わるための入会金のようなものですね。お寺によっては、とくに規定がない場合もありますし、ある場合も額はまちまちです。  最後に1ですが・・・ものの見方にもよるのでしょうけど、あくまで個人的な見解として、日本の仏教宗派が説く「先祖供養」には、教義上の「説き方」の違い以上の大きな差や軽重はないと思いますけど・・・  ものすごく端折った話ですが・・・仏教が日本に伝来し、その後、一般にも浸透していく中で、各宗派の教義が日本人が持つ祖先崇拝の様式に沿う形ですり合わされてきたものが、現在の先祖供養のあり様だと言えるのではないかと思っています。その過程で仏教側も得るものがあったと思いますし、土着信仰みたいな祖先崇拝に、仏教によってある種の「意味づけ」がなされていった側面もあると思います。  仏教はもともとは先祖供養を説く宗教ではありません。ただし、伝来した地域の信仰や思想を柔軟に受け入れて変容していく傾向は日本に限らず伝わった各地で見られます。  ですから、とりあえずお母様の思想・信条にもっともしっくりとなじむ宗派を探すことが一番良いかと思いますし、それでいいと思いますが・・・文面からして、お母様もお考えあってのことのようですし・・・  自分の思ったところはこういうところです。では。

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