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戦争はなぜ長く続くのか

こんばんは。  いま小学校の国語でいろいろ戦争について作文をまとめることになりました。  そこで学校の書物を見てもどうにも分からないことがあり、質問させていただきました。それは戦争(アメリカ等各国とのやつです。(第二次世界大戦というのでしょうか))をなぜあそこまで長く続かせるのでしょうか。早く降伏したりすれば平和が早く戻ると思います。 やっぱり「日本政府が意地を張っただけ」と言うのに尽きてしまうんでしょうか。 なぜ戦争を長引かせるのか、教えてください。

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回答No.8

昭和天皇が決断をしなかったからです。 当時の日本は立憲君主制なので降伏の決断は最終的に天皇が行なわなければなりません。 しかし、昭和天皇は、戦局が悪化し特攻などの自暴自棄的攻撃しか出来なくなっても決断することはありませんでした。 日本が焦土と化し、ポツダム宣言の密約で国体護持(天皇制の維持)が約束されてはじめて決断したのでした。 戦況的にはサイパンが陥落した時点で、日本の敗北は決定的だったのでこの時に決断するのがBESTだったのでしょうが、仮に決断したとしても、これに反発した軍部がクーデターを起こし秩父宮(昭和天皇の弟)が新たな天皇として戦争を続行した可能性もあります。 しかし、クーデターの危険はありましたが、昭和天皇が決断をしなかったというのは事実です。そういう意味で昭和天皇の戦争責任は重いと言えます。

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  • tnu
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回答No.15

 日本政府が意地を張ったというよりも、何のために戦争をするのかが不明確なまま戦争を始めたので、どこでやめたら良いのか分からなくなったということがひとつ。  もう一つは、アメリカのルーズベルト大統領がドイツと日本に対しては無条件降伏以外認めないと言い続け、和平の試みを一切しなかったということ。ルーズベルト大統領は、小さい頃ドイツに住んでいたことがあって、その頃の思い出からドイツ人を心底嫌っていたらしく、そこで今まで例のなかった無条件降伏を言い出したんだよ(ほかにも理由があるけど)。日本に対してはドイツと一緒に戦ったことと、真珠湾攻撃の恨みがあって日本とだけ適当なところで和平にすることができなくなっちゃったんだよね。日本だって「アメリカの言いなりになれ」って言われて、簡単に「分かりました」って応えられないでしょ。  でも、歴史って単純じゃないからね。たとえば君が友達とけんかしたときのことを考えてみよう。相手の子と先生と友達と君と、みんな考えていることが違うことがあるでしょ。戦争もそれと似たとこがあるよ。いろんな人がいろんな見方をして、みんなが「私が正しい」って言っているんだ。よーく考えてみることが大事だよ。

回答No.14

>#12氏 やれやれ。 10日の御前会議では国体護持の条件付で受諾を決定し、バーンズの回答はこの条件を拒否しなかった。つまり、日本国民の判断に委ねる、という回答だったわけで、この回答があって初めて14日の御前会議で終戦が決定したんだよ。 一般的には無条件降伏と言われているが、実際は条件が付いていたということ。 想像で物を言う前に、 「修羅の翼―零戦特攻隊員の真情」角田和男 (著)光人社 を読め。 人の回答にチャチャ入れる前にもっと勉強してほしいものです。 ***質問者さんへ*** 今までは、天皇の戦争責任についてはいわばターブー(言ってはいけない)とされてきました。わかるでしょ。ちょっと書くとこんな感じで攻撃を受けるのを見れば。 しかし、最近では保守系(強い日本を目指す人たち)の党首でさえ、昭和天皇の戦争責任について言及するようになってきてます。つまり歴史観が変わりつつあるということです。あなたが大人になる頃にはおそらく、昭和天皇に戦争責任があった、という考えが一般的になっているのではないかと思います。

FUKUMAX
質問者

お礼

おそくなってすみません。 皆さんたくさんの回答ありがとうございます。 とても参考になりました。おかげでたんげんもおわりました。 こころより回答してくださった方にお礼、申し上げます。今回はありがとうございました。

  • cse_ri2
  • ベストアンサー率25% (830/3286)
回答No.13

日本の左翼は、天皇が絶対君主であったかのように考えている人が多いのですが、 実際の昭和天皇はあくまで立憲君主としての立場を維持されました。 政府の閣議で決めたことを了承するのが、原則だったのです。 (誤解する人が多いけど、明治憲法で定められた日本は立憲君主主義です。  絶対君主主義ではありません) ですが、私の知る範囲では二度だけ、昭和天皇は自ら政治決断を下しています。 一つ目は二・二六事件。この時は首相が襲われ、事件発生直後は生死不明 (実際には家の中に隠れて生きてました)であったため、昭和天皇が自ら 反乱鎮圧の意思を表明します。 二つ目は終戦の決断。鈴木貫太郎内閣が開いた御前会議でポツダム宣言受諾 の可否を議論しますが、賛否がちょうど半々に分かれて決着がつきませんでした。 そこで首相が『恐れながら…』と昭和天皇に裁断を仰ぎ、終戦の決断が下された わけです。 この二つの特殊な事情だけを取り上げて、昭和天皇が絶対君主であったと 断言するのは無理があると思います。 ただ当時の日本政府が、国体護持(天皇制の維持)をポツダム宣言受諾の条件 としたのは事実です。 しかし、その政治的責任は日本政府にあるのであり、それを昭和天皇のせい にするのは、いささか暴論かと思います。 戦争終結の動きについては、サイパン陥落後から徐々に具体化します。 サイパンが占領されるまでは日本国内を大規模に攻撃することができなかった ので、勝ち目がないながらも戦争を継続したのですが、サイパンが陥落して ここから爆撃機が日本を爆撃するようになると、もはや形成挽回は軍事的にも 不可能だったからです。 (具体的にはサイパン陥落後、戦争を始めた東条英機内閣が、閣僚だった  岸信介(後に総理大臣)の造反により内閣が倒され、戦争継続から終結を  模索する動きへと、流れが変わることとなります)

  • Silicagel
  • ベストアンサー率20% (15/73)
回答No.12

えーっと,私の質問者さんへの話は#9で終わったのですが,なにやら書かれているので少しだけ. >>#10氏 密約ってなんのことかと思えば,バーンズ回答ですか. 仰るとおり,バーンズ回答はポツダム宣言受諾に当たっての日本側の問い掛けに対して,8/12日にアメリカから寄せられた回答です. 従って秘密でも約束でもありません. さらに,日本側の問い掛けとは,8/10の御前会議において昭和天皇がポツダム宣言の受諾を決断し,その結果の問い合わせです. なので,#8の批判は的外れです. それと,その角田和男氏の証言は私は初めて聞きましたが, 大西瀧治郎は第一艦隊の提督で中将ですよ? ベテランパイロットとはいえ,士官でもないパイロットが,提督と話ができるとは思えません. その証言とは噂話を聞いたといった類ではないでしょうか. それにそれが事実だったとしても,そういう明確な目的があったわけでしょう. 目的がある自暴自棄ってなんですか.それが非道であれ,考えを持っての行動は自暴自棄とはいいません. #8を読んだときは末端の兵が自暴自棄になったと読み取ったのですが, 実際に突っ込んだ方々にしても,ヤケになっていたとは思いません. あなたがどんな憶測を持とうとも勝手ですが, それを根拠も述べずに小学生相手に吹き込まんでください. >>質問者さんへ 作文を書くのに,わざわざここまで調べようとは見上げたものです. その姿勢はこれからも大切にしてください. あと,明らかに間違っているのに意地を張るのは考え物ですが, 意地を張ること自体は決して悪いことではありませんよ.

  • aozola
  • ベストアンサー率12% (72/563)
回答No.11

戦争というものは、国家のありとあらゆるものがぶつかり合うもので、どれが原因とは簡単にはいえないのですが、二次大戦でなんで日本とアメリカが長く争ったかというと、日本側から見れば、多分恐怖心ではないかと思います、例えば当時は世界のほとんどは植民地でしたから、日本もそうなるのではないかという恐怖心もあったように思います アメリカの側の誤算は、日本が案外強かった事、例えば戦争の初期の頃は、日本のゼロ戦にアメリカの戦闘機は歯が立たず、逃げてたようですね、まあ、アメリカも不備があって、一気に勝てなかったので長期化したとか、 結局は相互不理解という感じで、お互いが理解できなかったので(戦争が終わるまで)、落とし所が上手く見つからなかった、例えるなら、知り合いがけんかしても、お互いを知っている分収まりやすいですが、例えば見知らぬ人同士であらそうと、怖いし、疑心暗鬼ですよね、理解できないわけだから、激しい争いになると思います、 日本とアメリカの場合は、それと同じで、相互不理解というのが大きかったように思います、上の例えで言えば、見知らぬ人にいきなり襲われて、とんでもない真剣勝負になってしまったような、そんな感じがしますね、二次大戦のアメリカと日本の関係については。

回答No.10

>#9氏 密約とは8月12日のバーンズ回答のこと。まぁ検索してみてくれ。 特攻は自暴自棄。 元零戦搭乗員角田和男氏の証言によれば、「海軍上層部は、天皇に終戦の決断をさせる為に敢えて悲惨な特攻作戦を開始した。」と大西瀧治郎が語っていたとしている。要するに戦況の悲惨さが伝われば天皇も決断するだろうという目的で特攻作戦が開始されたのだ。 しかし軍令部総長嶋田繁太郎が敷島隊の特攻を上奏したときに、天皇は「よくやった」と答えただけ。天皇には前線の悲惨な状況が理解できなかった。。。 その後、終戦まで特攻作戦は繰り返されるが、天皇は心を動かすことは無かった。 特攻の真の目的がこうなのだから、特攻は自暴自棄以外の何物でもない。 自暴自棄ではないなら何だというの?

  • Silicagel
  • ベストアンサー率20% (15/73)
回答No.9

そう,まさに意地を張ったのです. たとえ勝てなくとも,最後まであきらめずに戦うことは とても大切なことです. 両者最後まで全力で戦い,そうすることでお互い尊敬し合えるのです. スポーツの世界でも同じでしょう? さっさと負けをみとめ,参ったとしてしまうのでは, 軽蔑され,誰にも相手されなくなってしまいます. 国と国との存亡を賭けた戦いではなおさらです. あっさり負けを認めたりすれば軽蔑どころか国がなくなります. 一つ大きな勘違いをしていますが,早く降伏すればその後にあるのは,平和ではありません.占領です. 当時,戦争に負けることは植民地となることを意味しました. そうなれば,戦争で死ぬことはないかもしれませんが, とても平和で文化的な生活など送れません. 主旨は違いますが, http://nandakorea.sakura.ne.jp/media/sinjituwadokoni.swf に最後まで戦ったことの意味がでてきます. ぜひ一度見てみてください. ところで,#8氏のポツダム宣言の密約ってなんですか. すくなくともマッカーサーは昭和天皇と会見するまで, 天皇制を破壊する気満々でしたし, 特攻は自暴自棄ではありません.

  • jk7
  • ベストアンサー率18% (46/247)
回答No.7

戦争指導者は、自分の命をかけて戦争を遂行するのです。だってそうでしょう? 戦争に負けたら誰が責任をとるのですか? ここでいう責任は、自分が命を落とすことです(軍事裁判などを通じて)。 そうしたら、自国民がどんなに苦労しようと、最後の最後まで戦争を続けようとするのが当たり前です。 平和だろうが、戦時であろうが、政治家なんてものは、国民のためとは名ばかりで、自分の利益のためにのみ政治活動をしているのです。

  • ipa222
  • ベストアンサー率20% (903/4455)
回答No.6

太平洋戦争は1941年12月から1945年8月までですから、3年9ヶ月です。 日本政府は早期講和勢力(外務省や海軍)と、本土決戦勢力(陸軍)がいて、本土決戦勢力(つまり対米戦争推進勢力)が優勢でした。 日本政府はアメリカと戦争し、アメリカ本土に上陸し、ワシントンを占領しようなどというつもりはまるでありませんでした。 ヨーロッパで優勢だったドイツが英仏に勝つと予想し、ソ連はドイツと同盟を守り静観すると思っていました。 アメリカと戦争しても、日露戦争で日露の仲介に立ったアメリカのように、ソ連に仲介を頼むつもりでいました。 しかし、その当てが外れて、ドイツは敗戦。ソ連は日本側と思っていたのに、逆に日本に攻めることになりました。 勝てるかどうかわからないが、そのときの勢いでとりあえず戦争をやってみるというのが当時の陸軍の発想でした。 国民を煽ったのは朝日新聞など当時のマスコミです。 それでも、あの時期に無条件降伏で戦争が終わったのは、ギリギリのタイミングだったと思います。 かなり無理矢理戦争を集結させましたから。 本土決戦がなかったのは、沖縄と広島と長崎で流れた大量の血のおかげです。 特に沖縄があれだけの長期間、守り切ったおかげで、千葉への米軍の上陸が食い止められたと思います。 米軍が本土に上陸していたらと思うと、ぞっとします。

  • 301007
  • ベストアンサー率22% (27/121)
回答No.5

私が中高時代のころ、社会の先生は人間の歴史で、戦争が無かった世紀は○時代以降、ないのです。。って命題みたいにされたことがあります。。 何で?  って不思議で仕方ありませんでした。。 でも、、ここ最近、イラク派兵でチョコチョコ読んだり、調べたりしてると、 ●軍事産業ほどよく儲かり、固い商売はない。。 ってとこに、行き着いてしまって、自分でも気分が悪いお正月です! 昨日BSで日本の敗戦のドキュメンタリー番組を何時間か組まれてましたが、、私のブンヤリとした頭では、当時の陸軍は本当に稚拙でナショナリズムに翻弄されていた、、彼ら勢力を抑えるだけの熱い、強い、歴史的なリーダーと言えるだけの人物が当時の上部にいなかった、、のを思います。(山本五十六、東郷さんにしろ、今の森さんみたいに良い人物でも、やや凡庸で我武者羅にまい進する勢力には手を拱いてしまっていた、、運を天に任した状態だったのかな。。って感じがします。。 江藤淳さんや司馬遼太郎さんなんかを読まれると、私なんかよりもっと!戦争の実態など理解されるように思います。。

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