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絶対音感の弊害?

僕は少し絶対音感があります。 例えばAs durの曲を古楽器で演奏します。通常より低い調律になって、その結果AsよりもGに近くなった時、その曲をAs durとして聴くのが難しいです。 音楽として聴く分には支障はありませんが、As=ラがAs=ソになってしまうのは、気分よくありません。 こういう経験をされている方はいますか?

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  • Ta595
  • ベストアンサー率57% (525/911)
回答No.3

こんにちは。前にもお会いしているかもしれません。 私自身,大した音感は持っていないんですが・・・。 「絶対音感」とはいいながらも,実際には音名と音高の関係は「絶対でない」(周波数と音高の関係は絶対ですが),というのは管楽器を経験されていてオーケストラでも演奏されているのでしたら,すでによくご承知の事かと思います。 440Hzの音,といったら音の高さはひとつしかありませんが,Aの音,といったら,チューニングだけでも何種類もありますし,音律や調性まで考えるともっと幅広くなりますからね。 少々乱暴な言い方かもしれませんが,数Hzなら対応できるけれども半音近いと厳しい,というのは,経験量の問題または程度の問題だけと思うので,いずれは慣れると思いますよ。半音近く低くてもF durをF durとして感じられるくらいには,人間の頭は柔軟にできている,と思います。 (ここでいろいろお話しをうかがったり,自分が実際に感じている事をもとにして申し上げています) 特にオーケストラでホルンを演奏されているならば,移調譜も多いし,そういった頭の切り替えには対応しやすいと思いますよ。 *ちなみに私はトロンボーンを吹きます(アマチュアですが)

welt1579
質問者

お礼

今、ブリュッヘンのバッハの管弦楽組曲を聴いております。やはり、一番のC durドレミファソラシドがシドレミファソラシになってしまいます。 442Hzあたりでの曲を聴いた多くの経験が、邪魔をしているのかもしれません。どうしても、鍵盤でH durがイメージされてしまいますね。二番などはa mollです(泣)古楽器を多く聴いて経験を積みたいと思います! ありがとうございました。

その他の回答 (6)

回答No.7

はい、その通りです。 気持ち悪いのですが、人間ってしばらくすると環境に適応できるようになっているらしく、As-durで気持ち悪くても、「これはGだ」と思い込んで弾いたり聞いたりしていれば脳がちゃんとだまされて、Gに聞こえてきます。もともと350年前のAのピッチが現代より半音近く弾くかった、ということは、けっこう人間の耳もいいかげん、と考えられますよね。 気分悪い・・・でも、この楽器ではそういう世界、と感じて自分の拒絶感をやわらげていくしかないですよね。そういう意味では、移調楽器やっている人たちは、みんなドという音符を奏してシ♭やファがでることに慣れてきているわけですから。移調楽器奏者でも絶対音感持っているひとがたくさんいる、ということは、慣れのもんだいかと思います。 私も受動絶対音感なので、440Hz付近でA=ラの音を歌え、といわれると、たぶん4分の1音から半音はずれてしまうことはよくあると思います。自分が歌うときにはちょっと変でも歌ってしまっていたりします。絶対音感も私程度では、ファジー。でも、このファジーが大切ではないかと。必要なときに絶対音感で使って判断できればいいわけです。古楽器やギターのカポタストをつけたり移調楽器を弾く場合は、脳みそをう~んと柔らかくして適応できるようにできるのが、本物の音楽家かな、と最近では思っております。 絶対音感だけで融通がきかないのは、決して優れているといいきれないかも・・・と。

welt1579
質問者

お礼

ありがとうございます。慣れや経験の重要性、よくわかります。普段の環境の大半が442で生活してますからね。どうしてもそうなってしまいますよね。 古楽器ばかりを聴いてみて、脳みそにカツを入れてみるのもいいかもしれませんね。ありがとうございます。

  • firebee
  • ベストアンサー率49% (26/53)
回答No.6

凄く解ります。 私の場合それが極端で、少し外れていると一瞬何の音だかわからなくなってしまうこともあったりします。 余りに平均率に慣れ親しみすぎているのかも知れませんが…良いことではないですよね^^; ベートーベンは幼い頃四分の一の半音を聞き分けたといいますが、彼も気持ちの良いものではなかったのではないでしょうか。

welt1579
質問者

お礼

ありがとうございます。共感いただいてうれしいです。 平均率のもたらしたマイナスの部分もあるのでしょうね。平均率を442で固定してしまったのがいけなかったのでしょうね。 日本の音楽教育では、この442のを刷り込みすぎているようにも感じます。 もっと柔軟でなくてはなりませんね。お返事ありがとうございました。

  • Ta595
  • ベストアンサー率57% (525/911)
回答No.5

#3です。お礼ありがとうございました。 よくこういった質問を拝見します。羨ましいような,お気の毒なような・・・(笑) 人それぞれなのかもしれませんが,例えばD durが明るく響くのは, 「周波数○○Hzが主音だから」 よりも, 「弦楽器が明るく響く音が構成音の中に多いから」 「ニ長調は明るい響きがするという共通認識のもとで曲が作られ,演奏家が演奏しているから」 が支配的であって,音高そのものと調性感とは別物である,と捉えている方もいらっしゃるようです(私もそのタイプと思います)。 ただ,一定の調律での(絶対)音感が身に付いた人には,調性感も音高(周波数)との関係として認識されるようになるのかもしれませんね。 私の場合,たまに頭の中の階名がB durになるという妙な音感が身に付いてしまいましたが(幸いにして?質問者さんほど鋭くはないと思います),調性感・音色の違い・演奏家の音楽表現を感じ取る事ができれば,たとえ階名としては違って聴こえても構わないのではないかな,と,ここ数日のQAの中で思うようになりました。 固定ドの人が,D durの主和音を,階名として「レ/ファ#/ラ」と認識しつつ,機能としては「(移動ドで)ド/ミ/ソ」と感じられる(はず,ですよね^^?)のと同じような話で,頭の中の回路のちょっとした切り替えの問題のような気もします。 --- 少々脱線気味の話ですが,古楽器オーケストラの奏者の中に絶対音感の強い人がいたとしても,A durの曲をAs durの雰囲気で演奏している,という事はなく,現代ピッチに置き換えればほぼAs durでも,きちんと(?)A durの雰囲気で演奏しているのではないかな,と思います(聴いた感覚からの想像ですが) 今なおA=415Hzでチューニングするのは,学術的にそうすべきだから,という訳ではなくて,そのチューニングでの演奏が楽器の特性から考えると自然であるから(音色・表現として自然であるから),であるように思っています。 --- 以上,長文回答失礼いたしました。

welt1579
質問者

お礼

更なる補足ありがとうございます。 やはり、慣れや経験はあるでしょうね。こんなところで絶対音感が邪魔に感じることは、何とも切ない思いがしてます。 何とかなれて克服していきたいです。ありがとうございました。

  • scho
  • ベストアンサー率42% (9/21)
回答No.4

どれほどの絶対音感を持っているかによると思います。 僕ももともと440Hzから5Hzほどずれるときになってうまく弾けないという経験がありました。伴奏するピアノが半音もずれていたらもう音も出せなくなってしまうほどでした。(ちなみに僕はバイオリンです) でもなれるよう訓練したら3年ほどでなれましたから、絶対音感が少しある程度なら慣れやすいと思います。(あくまでも予想ですが) 非常に苦労した人の中には五嶋みどりさんがいます。(バイオリン)442Hzで練習していたものがアメリカに来て440Hzになってしまい音程が狂ってくるって非常に大変だったらしいです。(狂ってといっても非常に経験がなければ気がつかないような差だったんでしょうけど・・・)これは完全な絶対音感ですね(笑

welt1579
質問者

お礼

コメントありがとうございます。 絶対音感が邪魔になることはありますよね。やはり経験、時間、慣れが解決してくれることもありそうですね。 僕の場合は、不完全でしょうね。歌などを歌っていて、伴奏がない場合に、ぶら下がってきてしまうのに気づかないこともありますし。高め、低めのAがありますし。 参考になりました。ありがとうございます。

  • Czerny
  • ベストアンサー率34% (93/271)
回答No.2

こんにちは。 仰っていること、非常によくわかります。 もう何年も前のことですが、電子ピアノを持つ友人の家にお邪魔した時に、何か設定を変えていたのか、全ての鍵盤がヘ長調の音階になっていました。(ド=ファです) そこで、一曲何か弾いてほしいと言われたのですが、音と鍵盤との関係性が大幅に崩れてしまい、大変弾きにくかった覚えがあります。目を瞑ってなるべく鍵盤を見ないように弾きましたが、とても違和感があったことを覚えています。あと、自分がよく知っている曲ですと、原曲と調が変わって聴こえるだけでもその曲のイメージが変わってしまい違和感があります。

welt1579
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます! >全ての鍵盤がヘ長調の音階になっていました どういった理由でヘ長調の音階にしていたのか、個人的に気になります(苦笑) さておき、Czernyさんはすごいですね。僕が同じ状況に立たされたら、多分弾けないと思いますね。大パニックです。 >自分がよく知っている曲ですと、原曲と調が変わって聴こえるだけでもその曲のイメージが変わってしまい違和感があります。 他の質問でもありましたが、諸説ですよね。某友人は「暖色、寒色に分かれる」表現していました。 僕は調性の感じについては、 Cdur 堂々とした中心的な存在。 Gdur 軽い喜び Ddur 喜び Adur Ddurと似ていて喜び、若干重厚 Fdur 素朴、牧歌的 Bdur 気楽、楽しげ Esdur Bdurよりも落ち着いて、広いイメージで気楽で楽しげ なんてイメージを持っています。全体として♭系の曲に牧歌的な印象を持つのは、ホルンを演奏した経験が影響しているのかもしれません。

  • googuy
  • ベストアンサー率17% (107/597)
回答No.1

 絶対音階を持つ人には、そういう悩みが有ると聞いた事が有ります。  確か中学校の時の音楽の先生が話していました。  例えば無伴奏でコーラスをやると、全員の流れから音階が少しづつズレる場合が有る。  そんな時、絶対音階の無い子は、全体の流れに乗って気持ち良くコーラスができるのですが、絶対音階が有る子は気持ちが悪くなって、もう歌えなくなってしまうそうです。  あなたの場合も、現状を受け入れるしか無いのでは無いでしょうか?

welt1579
質問者

お礼

コメントありがとうございます。 合唱でのお話参考になりました。確か小学校の頃、合唱をしてて高い音の時に、みんながぶら下がる中で、僕は必死に正しい音を出していました。 大人になって学生オケの中で弾く時には、現状を受け入れた弾き方をしています。ちゃんとチューニングしても、ずれますからね。状況にあわせてます。 ちなみに移動ドはいまだに苦手です。音の機能はわかっているつもりですが、どうしても固定ドですね。悩み多き絶対音感ですね。

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