• ベストアンサー
  • 暇なときにでも

「自分の能力を実際よりも高く思う」 「相手の能力を自分よりも低く思う」

  • 質問No.1118790
  • 閲覧数64
  • ありがとう数6
  • 回答数2

お礼率 100% (35/35)

 こんばんは。お世話になります。

 「自分の能力を実際よりも高く思うこと」や、「相手の能力を自分よりも低く思うこと」等は、(私のような)愚かな人間には、「よくあること」のようですが、いったいその原因は何なのでしょうか?
 適応規制なのでしょうか?
 事実を認識する能力が劣るのでしょうか?

 根拠の有る回答を、宜しくお願いします。
 乱筆をお許し下さい。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.2
  • ベストアンサー

ベストアンサー率 48% (730/1515)

囲碁や将棋の世界では、
「自分より下手な人の能力を判定することはできるが、
自分より上手な人はみんないっしょに見える」
という現象があります。
これは囲碁将棋だけではなく、多くの能力に当てはまるでしょう。

人間の能力には数多くの面があります。
たとえば、AさんとBさんの能力が次のようだったとします。
Aさん:
能力1:5
能力2:5
能力3:5
能力4:5
能力5:5

Bさん:
能力1:1
能力2:1
能力3:5
能力4:9
能力5:9

どっちも合計点は25で、かわりありません。

ここでAさんからBさんを見ます。Aさんは、
自分が優れている能力1と能力2は正確に判断できますが、
能力4と能力5を判断することはできません。
そういう場合、たいていは「俺よりは上だけど、2つ上くらいかな」と考えます。

そうするとAさんから見たBさんは
能力1:1
能力2:1
能力3:5
能力4:7
能力5:7
となって、総合点で21。Aさんより劣っているように見えます。

BさんからAさんを見たときも同じ事が言えます。
補足コメント
poti_poti

お礼率 100% (35/35)

>そういう場合、たいていは「俺よりは上だけど、2つ上くらいかな」と考えます。

 「俺よりも上だけど・・・」と言う事にすら気が付かない者や、相手の事を全く(または殆ど)知らないにも拘らず、「自分の方が上」等と考える者(つまり子供の頃の私のような者・・・ 汗)も居りますが、これらの原因は何なのでしょうか? 教えて下さい。宜しくお願い致します。 
投稿日時:2004/12/09 23:55
お礼コメント
poti_poti

お礼率 100% (35/35)

 liar_adanさん、こんばんは。

 ご回答ありがとうございます。



 囲碁、将棋のお話、大変勉強になりました。
 あっ! 今、目から鱗が落ちました!



>そういう場合、たいていは「俺よりは上だけど、2つ上くらいかな」と考えます。

 参考になります。その程度であれば正常なのですね。
 しかし中には(子供の頃の私ように・・・汗)「俺よりも上だけど・・・」と言う事にすら気が付かない者も居ります。
 また、相手の事を全く(または殆ど)知らないにも拘らず、「自分の方が上」等と考える者(これもまた子供の頃の私です 涙)も居ります。この原因は何なのでしょうか? 教えて下さい。
投稿日時:2004/12/09 21:42

その他の回答 (全1件)

  • 回答No.1

ベストアンサー率 12% (84/657)

競技スポーツの世界にはよくある自己暗示法ですね。
愚かな行為ではないと思います。良くいえばブラスの思考、メンタルトレーニング。

もっともらしい理由をつけて自分を正当化する。というように捉えるなら、
ご指摘の適応機制は「合理化」「理論化」にあてはまると思います。
補足コメント
poti_poti

お礼率 100% (35/35)

 補足1 スポーツ選手のような、能力を高める為の適切な努力等が伴う「根拠のある現実的な自信」に関してでは無く、「根拠の無い非現実的な自信」、例えば「格闘技の試合や仁侠映画等を見ただけにも拘らず、自分が強くなった気持ちになる」こと等に関する回答を希望致します。宜しくお願い致します。(例え話は一例にすぎません。因みにこれは私が子供の頃の経験談です 笑)

 補足2 「適応機制による理論化」とは何でしょうか?
投稿日時:2004/12/09 23:48
お礼コメント
poti_poti

お礼率 100% (35/35)

 junsatoさん、こんばんは。
 アドバイスありがとうございました。


>競技スポーツの世界にはよくある自己暗示法ですね。愚かな行為ではないと思います。良くいえばブラスの思考、メンタルトレーニング。

 スポーツ選手等の場合は、能力を高める為の適切な努力が伴います。それは「根拠のある現実的な自信」だと言えます。私もそのようなケースであれば何ら疑問は抱きませんが、「根拠の無い非現実的な自信」、例えば「格闘技の試合や仁侠映画等を見ただけにも拘らず、自分が強くなった気持ちになる」こと等に対して疑問を抱いた為、今回質問をさせて頂きました。(例え話は一例にすぎません。因みにこれは私が子供の頃の経験談です 笑)



>もっともらしい理由をつけて自分を正当化する。というように捉えるなら、ご指摘の適応機制は「合理化」「理論化」にあてはまると思います。

 「適応機制による理論化」が、どのようなものなのか、私は存じませんが、やはり適応機制が関係している場合も多いのでしょうかね。
投稿日時:2004/12/09 21:10
関連するQ&A

その他の関連するQ&Aをキーワードで探す

ピックアップ

ページ先頭へ