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想像句について

「をりとりてはらりとおもきすすきかな」は有名な俳句ですが、”すすき”を”をりとる”ことは無理です。特殊な機械を使えば可能でしょうが・・。つまり、この句は全くの想像句です。一方で、想像句は良くないというのが、俳句の心得として教えられていますが、この句の場合は例外なのでしょうか。例外だとすれば、どのような理由によるのでしょうか?

みんなの回答

  • Nakay702
  • ベストアンサー率79% (10023/12547)
回答No.5

質問者からの補足をありがとうございました。 (私の個人的な解釈では)すすきの穂先だけを手折ったのでしょうね。手折って、しげしげと見入っていると、穂先の綿毛のような部分が「はらり」と散ったのでしょうか。そのはらりの中に「子孫を残そうとする匠」か何かが見事に仕組まれていることに感じ入ったのかも知れません。そして、そこにすすきの「量感」のあることに感銘を受け、詠嘆したのかなあ…。などと、勝手に解釈を広げています。 まあ、たった17音に多彩な感性が織り込まれる最短の定型詩のこととて、解釈はいろいろに膨らみますね。おかげで、あれこれ想像をめぐらせながら、この飯田蛇笏の名句を心行くまで楽しませていただきました。途中で、ふと、加藤しゅうとん〈健雄〉の「たんぽぽのぽぽと綿毛のたちにけり」を思い出しました。「特異な質感の中に確かな量感を感じ取る」ところに、詩人としての共感覚があったのかな…などと想像しました。

hurukame99
質問者

補足

再度の回答ありがとうございます。 小林某(漫画家)の真似をしてゴーマンかまします。 私の解釈では、作者はすすきがポキリと折れるものではないことは知っているのですが、ポキリと折れるほど頼りなく、一束抱えたところで軽かろう。そう見える、という実感(実感も想像のひとつの表れなのですが詳細は略)に基づき、フィクションを構築し、「はらり」という姿形に命の儚さを「重き」に時の移ろいを表現しているのだと思います。暗喩の技法です。俳句では「直喩」は多くありますが、名句といわれるものは現代詩よりも「隠喩」「フィクション」を巧みに使用しています。西脇順三郎の芭蕉論の我流解釈の受け売りですが。 たんぽぽの句なら 「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」 のほうが、好きかな・・・。

  • D-Gabacho
  • ベストアンサー率64% (1068/1663)
回答No.4

https://fielder.jp/archives/14157 「ススキでほうきを作る」と題したこちらのページに 裏技として素手でも節のすぐ下を折ると簡単に採ることができる。 とあるように、穂のついたススキの茎は素手でも折り取ることができます。

hurukame99
質問者

補足

つまり、あの俳句は穂先だけを採取した句ということですね 想像した句ではないのはわかりましたが、それなら、なんとこの句はつまらない句でしょう。これが秀句なら、私に俳句は無縁のものです。

  • gunsin
  • ベストアンサー率32% (422/1312)
回答No.3

「静かさや岩に染み入る蝉の声」 時空をこえた想像の一句。 「無残やな兜の下のきりぎりす」 平家物語の一場面を想像した一句。 和歌や俳句などの書き物は読んだ人が、それぞれに想像を 膨らます物ではないですか、自由な表現で有るべき物を、 「~~は良くない」などと枠にはめるのは如何なものでしょう。 的外れの回答でしたら、無視されたし。

hurukame99
質問者

補足

「客観写生」という言葉を俳句の入門書で読んだのですが、 それの簡単な解釈として、想像で俳句を詠むな、とありました。凡そ、芸術と称するものに、作者と作品を享受する者の双方に想像という人間の営為(オーバーないいかたですが)が必須であると思っているのですが、多分、「想像」の意味を私が取り違えているか、俳句界の専門用語なのでしょうね。

  • FattyBear
  • ベストアンサー率33% (1553/4701)
回答No.2

""想像句は良くないというのが、俳句の心得として教えられています"" そうなんですか?私は知りませんでした。 でも下記のような解説もあります。 https://www.sakigake.jp/special/2020/haiku/article_64.jsp でも、あなたのご意見と同様に下記の意見もあります。 https://blog.goo.ne.jp/take10nbo/e/e14c0a31d9379554d38fedec3be7a276 ------------------------------------------------------------------------------- 俳句って、けっこう、想像して作っている作品が多くあるような気が します。絵画なども実在し得ない描写も多いです。俳句も同じではありませんか?と私は思います。

hurukame99
質問者

補足

>俳句って、けっこう、・・・・ 私も、そうおもっていたのですが、「客観写生」という、作句の教えというか、心得があるらしいです。ご教授いただいた秋田魁新報社のサイトは、読者に想像させるテクニックについての解説のようです。竹とんぼ氏のサイトで紹介されていた清水哲男氏の解釈は、ほんとに納得できました。ググってみると、清水哲男氏は現代詩の詩人であると紹介されていました。意外な気もするし、当然の気もするし・・・・・

  • Nakay702
  • ベストアンサー率79% (10023/12547)
回答No.1

以下のとおりお答えします。 >「をりとりてはらりとおもきすすきかな」は有名な俳句ですが、”すすき”を”をりとる”ことは無理です。特殊な機械を使えば可能でしょうが・・。つまり、この句は全くの想像句です。一方で、想像句は良くないというのが、俳句の心得として教えられていますが、この句の場合は例外なのでしょうか。例外だとすれば、どのような理由によるのでしょうか? ⇒すすきを「をりとる」(折り取る)ことは無理ではありません。ただ筋張っているので、何度も折り曲げ折り曲げを繰り返さないといけませんが。おそらく作者(飯田蛇笏)は、「山廬」(と呼ぶ自宅)近くか、周囲の里山ですすきを手折ったときの感慨をこう詠んだのでしょう。 https://haiku-textbook.com/oritoriteによると、この句の意味は、 「すすきを折り取って手にすると、はらりと軽やかに穂がなびいて見えたのに、意外にも持ち重りするものだなあ。」とのことです。この解釈を含め、その他の詳細は上記サイトをご参照ください。作者や句について細かい説明が記されています。

hurukame99
質問者

補足

>何度も折り曲げ折り曲げを繰り返さないといけません >手折った なんだかちぐはぐに感じます。俳句用語なのでしょうね。 力を込めてすすきを何度も折り曲げ、ときには、すすきで指先に切り傷を負いながら一抱えのすすきを得た、ということでしょうか。一本のすすきで、はらり、とはいかないでしょうから。私の経験では、そんなことをすれば、汗がでます。もし、この句が想像ではないとしたら、汗かいて、すすきを一束つくり、汗を拭いて、咳払いの一つもしてから、優雅にすすきを愛でるポーズを決める、という滑稽しか感じません。 ただし、想像句はダメ という上での感想であって、想像でもなんでもかまわない、と言うのであれば、好きな句です。

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