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【日本史】恒武天皇が平安京に遷都した際に四方に4つ

【日本史】恒武天皇が平安京に遷都した際に四方に4つの神社を建立したそうです。 そのうちの1つが東天王岡崎神社だそうです。残りの3つの神社はどこですか? あと、この4つの神社の役割は平安京の警護のための武士が集まる集結地点だったのでしょうか?

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  • oska2
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回答No.1

>恒武天皇が平安京に遷都した際に四方に4つの神社を建立したそうです。 当時は、立地条件を各種占い(風水・陰陽道)で決めていましたからね。 >そのうちの1つが東天王岡崎神社だそうです。 私が聞いた話では、この神社は平安京の四方を守る神様では無かったような・・・。 私が聞いたのは。 東・八坂神社。西・松尾大社。南・城南宮。北・上賀茂神社。 >この4つの神社の役割は平安京の警護のための武士が集まる集結地点だったのでしょうか? 集結地と言えば集結地ですね。 ただ、朝廷からの命令がないと集まる事は出来ません。 当時は、未だ武士の力は非常に弱いものです。 穢れた存在が武士階級ですから、神聖な場所に立ち入る事は出来ません。

redminote10pro
質問者

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回答No.2

こうむ天皇とはおられない天皇です、文字をちゃんと表記して下さい、これが誰からも指摘されないことが、この国が抱える気持ち悪さであり、気持ち悪い限りです。勝手に人物名を発明されては困ります、ゆっくり確認して質問して下さい。 かんむ天皇です、長岡京と平安京へ遷都したのは。桓武天皇と言います。

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