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阿夫利神社の歴史は本当に二千年?
神奈川県の大山にある阿夫利神社は二千年以上の歴史があるとのことなのですが本当なのでしょうか? 最も神格が高い伊勢神宮が4世紀に建てられたといいます。また古事記には阿夫利神社の祭神は出てきません。このような事実に反しないのでしょうか?一地方の山の神社が皇室が祀る神社より古いことというのはありえるのでしょうか?
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神社が全て皇統に結びついてるわけでなく、国家神道とか戦後の神社本庁の設立とかを経て「神道」という統一的な宗派があるかのように見えてるだけなのです。 日本の神社は自然物、山とか岩とか泉とかを拝んでるアニミズムとかシャーマニズムという原始的宗教のままというか境目が無いのが多いのです。そんなのに皇統など関係あるわけもないのです。山だの泉だのは大和朝廷よりずっと前からあります。 ですのでいつからあるのかわからないような神社はあってもおかしくないです。 神社が本殿とか拝殿とか備え付けるようになったのはそう古くなく、元は山の前で踊ったり拝んだりする場所があったのが拝殿(拝む場所)本殿(本尊とか御神体をしまっておく建屋)などの形式になったものです。 あぶり神社は「雨降り」とも書く通り海や平地から目立つ山が観天望気(山の見え方で天気を予想する)や平地や海からの重要なランドマークとなり雨乞いその他の宗教行為の場所になったのでしょうから大和朝廷など無い頃からそういうお祀りをする場所であった可能性は結構高いんじゃないでしょうか。 神格などというのは統治者が後で決めたことです。 元々は別の神様を祀ってたものが経営上の都合や政治的な都合で大和朝廷や国家神道の方にすり寄せて変更したのもありますし、外国から輸入(渡来)された神様や神社もあります。 https://kotobank.jp/word/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E4%BF%A1%E4%BB%B0-114831
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- eroero4649
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あのですね、神道って宗教ではないのですよ。 宗教というのは教祖様がいます。でも神道っていうのは教祖様はいません。あっちこっちに信仰の対象というのがあって、それが神道というフォーマットに収まっていっただけなのです。 だから全国各地の神様はそれぞれに神様をやってるので、そこの間に相互関係は必要ないのです。 古事記や日本書紀は、「政府公認の歴史書」であって聖書のような宗教経典ではありません。だから古事記や日本書紀に書いていないからといってそれが事実ではないということはないのです。 確かにかつては日本の考古学界では「古事記や日本書紀に書いてないなら違う」というのがありましたが、最近は「遺跡の事実に基づいて推測しよう」という流れになっています。 たぶん、質問者さんは天皇を中心とした神道を「正しい神道」だと思っていると思いますが、それって明治時代になって明治政府が新しく作った宗教なんですよ。 それまで、つまり江戸時代までは神道って「なんでもあり」だったのです。いや割と今でもなんでもありなんですけど。どのくらいなんでもありだったのかというと、江戸時代には伊勢神宮の周囲にはほぼ全ての宗派のお寺がありまして、江戸時代というのは「お伊勢参り」ってのが盛んでしたから、さながら伊勢神宮は「お寺と神社のテーマパーク」状態だったんですよ。それを明治政府が廃仏毀釈運動でお寺をほとんど潰して今の状態になったのです。 出雲大社や諏訪大社なんてのは非常に歴史がある、クトゥルフ神話風にいうと「外なる神」ですね。たぶん縄文時代から原型があったと思いますよ。
お礼
回答ありがとうございます。興味深く読ませていただきました。
お礼
回答ありがとうございます。山という信仰の対象として皇統とは関係なく存在していたとはもっともだと思います。