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旧日本軍はアサルトライフルを装備していた?

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同盟国のナチスドイツの軍事援助を受け、アサルトライフルの日本軍版は存在したのでしょうか?

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歴史 カテゴリマスター
第二次大戦時にアサルトライフルと呼ばれそうな銃を装備していたのはドイツ軍だけです。MP44てやつね。こいつをMP44と呼ぶとマニアからディスられるのですが、名前がコロコロ変わってややこしいので便宜上MP44と呼びます。
このMP44にインスパイアを受けてカラシニコフおじさんが作ったAK47がアサルトライフルの始まりとされています(これもマニアからはああだこうだのツッコミがありますが話が長くなるので割愛)。ですから第二次大戦のときはアサルトライフルという概念そのものが存在しなかったというのが正解です。

んで日本軍の主力小銃といえば三八式歩兵銃が有名ですが、これはなんと明治38年採用だから三八式という年代物の銃です。こいつは6.5ミリという弾丸を使っていたので反動がマイルドで体が小さかった当時の日本兵には評判が良かったのですが、威力不足が問題となり、後継の銃として九九式(短)小銃が開発されました。弾丸が7.7ミリになって威力が上がったのですが、「反動がキツくて当たらない」と兵士には不評でおまけに生産が昭和16年になってからだったもので生産量も不十分で結局三八式から更新することができませんでした。

アサルトライフルの原型になったのが、短機関銃です。ドイツのMP40やイギリスのステン短機関銃、ソ連のPPSh41などが有名です。これらの銃は拳銃弾やそれに準じる弾丸を使っていたので威力がとても弱く現実的な有効射程はライフルの半分以下で、命中率も悪いものでした。つまり使い方としては敵になるべく近づいて連射でバラバラーッと撃って相手を制圧するものだったのです。
でも貧乏日本軍では、そんな「弾をバラ撒く」なんていう贅沢な戦争はできなかったのです。もし仮にアサルトライフルそのものが完成したとしても、「弾丸が少ないから連射禁止」ということになったのではないかなと思います。

日本軍が使っていた九二式重機関銃は、他国に比べても重く、発射速度が遅く(だからアメリカ軍からウッドペッカーと呼ばれていました)、弾帯も30発ワンセットにしかなっておらず、その代り長距離での命中率が高いのが特徴でした。
この九二式重機関銃が、当時の日本軍の置かれた立場を象徴する銃です。日本軍はアメリカ軍のように「面積にバラ撒いて火力で圧倒する」という贅沢な戦争はできなかったのです。弾丸は貴重品で、無駄を出す余裕はありません。だから弾帯は30発がワンセットで、発射速度を遅く、銃本体を重くすることで安定させて命中率を高めたのです。機関銃も「きちんと当てるもの」だったのです。

日本軍の装備で最もアサルトライフルに近い立場にいたのは、九九式軽機関銃でしょうね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E4%B9%9D%E5%BC%8F%E8%BB%BD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E9%8A%83

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 「装備」という事は、実戦部隊に供給して使用している事を意味し、アサルトライフルは各歩兵が集団で携帯して使用する火器なのですから、アサルトライフルを装備させて実用に供するためには量産されている事が前提となります。
 そして、アサルトライフルとはライフル弾の様な比較的高威力の弾薬を使用し、セミオート射撃とフルオート射撃のどちらの射撃方法も切り替えて行う事が出来る歩兵用の携行火器の事です。
 英語圏ではアサルトライフルと呼ばれているシュトゥルムゲヴェーア(マシーネンカラビナー)が世界で初めて実用化されたのは、ナチスドイツが1942年11月に量産先行品としてMKb42(H)を試験的に投入した時の事です。
 それに対し、第二次世界大戦当時の日本の技術力は低く、主力であった三八式歩兵銃はセミオートですらないボルトアクション方式ですし、ライフル弾を使用する小銃としてはアメリカ製のM1ガーランドを半ばコピーしたセミオートのみの小銃であった四式自動小銃を開発するのがやっとで、それとて量産化するには至らなかったという状態だったのですから、セミオートライフルよりも更に高度なアサルトライフルを実用化するなど到底無理だったと思われます。(アサルトライフルではなく、拳銃弾を使用するサブマシンガンの類であれば、一〇〇式機関短銃やドイツ製のMP18を実用していた例がありますが)
 シュトゥルムゲヴェーアをドイツから輸入しようにも、MKb42はあくまで試験的に投入されたものに過ぎず、その量産は総統アドルフ・ヒトラーの命令によって禁止されてしまっていましたから、日本に輸出される筈もありせんでしたし、その後継となるStG44(MP43)も現場の部隊からの要望が高かったため量産は許可されたものの、その終戦までの総生産数は約425,000丁と同時期に主力小火器として扱われていたKar98k(およそ10,000,000丁)やMP38/MP40(およそ1,000,000丁)に比べれば非常に少なく、ドイツ国内の部隊に十分に行き亘る程ではありませんでしたから、日本などの他国に輸出する分があったとは考え難いと思います。
 また、StG44の量産が本格的に始まったのは1944年頃からであり、ドイツ国内での需要をある程度満たすのにはそれなりに月日がかかる事を考えれば、戦争末期には連合国による海上封鎖で物資すら不足していた日本が、実戦部隊に必要な数を輸入出来たとも思えません。


【参考URL】
 自動小銃 - Wikipedia
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%8B%95%E5%B0%8F%E9%8A%83

 三八式歩兵銃 - Wikipedia
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%85%AB%E5%BC%8F%E6%AD%A9%E5%85%B5%E9%8A%83

 四式自動小銃 - Wikipedia
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%BC%8F%E8%87%AA%E5%8B%95%E5%B0%8F%E9%8A%83

 StG44 (突撃銃) - Wikipedia
  https://ja.wikipedia.org/wiki/StG44_(%E7%AA%81%E6%92%83%E9%8A%83)

 短機関銃 - Wikipedia > 3 日本での呼称
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%AD%E6%A9%9F%E9%96%A2%E9%8A%83#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.A7.E3.81.AE.E5.91.BC.E7.A7.B0
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歴史 カテゴリマスター
7964 さん、こんばんは。

たぶんないと思います。ドイツ軍でも、MP44という名で正式化されたばかりですからね。
連発には普通の荘縦断では無理な反動があるので、低威力の弾薬が開発されました。ソ連ではこれをもとにAK47を開発しました。カラシニコフというとご理解しやすいかもしれません。
ところが、日本はいまだに38式歩兵銃とか99式歩兵銃という時代遅れのボルトアクション型ライフルですから、たぶん無理です。自動小銃を開発するのは自衛隊になってからですね。戦時中は100式機関短銃がとこですね。南部拳銃弾ですから反動も少ないでしょう。
MP44
https://ja.wikipedia.org/wiki/StG44_(%E7%AA%81%E6%92%83%E9%8A%83)#MP44.2C_StG44
100式機関短銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E3%80%87%E3%80%87%E5%BC%8F%E6%A9%9F%E9%96%A2%E7%9F%AD%E9%8A%83
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