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1%の霊感の意味

エジソンの名言の真意は、99%の努力の大切さではなく、1%の霊感の大切さを指摘することにあったと何かで読んだ気がするのですが、どうでしょうか。つまり、ただの試行錯誤だけではダメだよと、言う意味。韻を踏んでもいるのですね。 分かる方教えてください。

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  • chiha2525
  • ベストアンサー率10% (245/2384)
回答No.5

昔(10年くらい前かな)、新聞の企業広告で、どこかの会社の社長が自論のようにそのような説を披露していました。健康食品か健康機器か、そのような企業広告だったと思います。 エジソンは、やはり努力の人だったと思います。 一般に言われる99%の努力が大切、というのは逆説的な話で、特許などを見るまでも無く1%のひらめきにこそ価値があるというのが世間一般の価値観なわけです。 ですから、ひらめきに至るまでにする99%の努力こそが大切というエジソンの言葉が名言と言われるわけです。 ところが名言も有名になりすぎると、このまた逆説的な話をするやつが出てくるってことで、1%のひらめきにこそ価値があるという当然のことを、さも真実を見つけたりみたいに言われても、何言ってるんだかというところではないでしょうか。

gesui3
質問者

お礼

まさしくその通りだと思います! 当たり前のことは名言として広がらない、 しかしいったん広がれば名言が当たり前になる、 それで逆の穿った見方が出てくる、 今は冷静に考えれば原義にもどって味わう時期なのでしょうね。 ベストアンサーにさていただきます。

その他の回答 (4)

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7193/21843)
回答No.4

進化論で有名なダーウィンの話ですが、彼が進化論に 到ったのは「勘」である、と言っていました。 それを聞いたマスコミ関係者が、バカにしたような 口調で「勘」ですかあ? ダーウィン曰く。 ワタシの勘は、君たちの勘とは違う。 30年間、考え抜き、研究尽くした上での勘だ。 プロ将棋の話ですが、子供の頃はあまり考えては いけない、と教えるそうです。 子供の頃は、専ら勘を鍛えるような訓練をした方が 強くなるんだそうです。 大山名人は、将棋で大切なものは勘だ。 読みはそれを確認するだけだ、と言っていました。 打倒大山を旗印にした山田、という将棋指しが、 この勘将棋に反発して理論将棋を打ち出し、大山に 挑戦しました。 これに対して大山も、子供の頃から鍛え上げた勘が、理論 などに負けるはずがない、と受けて立ちます。 結果は、大山の圧勝でした。 つまり、経験や修練で、つまり努力で築き上げた勘であって 初めて意味を持つ、ということだと思います。

gesui3
質問者

お礼

ダーウインについて言えば、彼のおじいさんがすでにその原型の説を唱えていて、孫のダーウインが実証しただけだという話を聞いたことがあります。それが本当なら、まさに1%の閃きが先にあったのですね。孫の方は、ご本人の自慢とは逆に、99%の努力にすぎない、となります。

  • Pinhole-09
  • ベストアンサー率46% (597/1294)
回答No.3

こういうのもあります。 http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20090409/1239241037 次の意訳も面白い。 [1%のインスピレーションがあれば99%の努力も苦にならない」 英文を見れば巷間の通りですが、韻を踏んだエジソンのジョーク? で本心はこういうものか。

gesui3
質問者

お礼

1%の閃きを重視する解釈ですね。 ご回答をありがとうございました。

  • bakansky
  • ベストアンサー率48% (3506/7250)
回答No.2

どう解釈するかは、人それぞれだと思います。 私は、やはり、99% の perspiration という部分には、(もしもエジソン自身の言葉だとすると) エジソンの自負があるように感じます。 エジソンは電気工学の知識などは持ち合わせていませんでしたが、それでも試行錯誤で目的を達成したタイプの人物でした。そのことに誇りを持っていたとしても不思議ではありません。 東欧からエジソンの元を訪れた若者に、これも有名なニコラ・テスラ (交流発電で有名) がいましたが、彼は基礎的な工学の知識を持ち合わせていました。 ところが、エジソンとテスラとは馬が合わなかった。エジソンには、学術的な知識を軽蔑する傾向があったみたいです。 99% の発汗 (試行錯誤の努力) と 1% の霊感 (アイデア) については言及しても、基礎的な知識を身につけなさいとは言わない。むしろ、言いたくないことを強調するような言葉になっているとも読めます。 エジソンの初めの妻は、教養どころか、まともに字も書けたかどうか分らないような女工の女性でした。3人の子供たちの教育など、全く無関心だったエジソン。そういうところにも、知識を軽視するエジソンの性向が窺えるようでもあります。 ただし、アイデアはなくては何も始まらない。まず、アイデアを得ること。これは必要なことだということはエジソンも認めているわけです。そのアイデアから出発して形あるものにするには、ひたすら試行錯誤をする必要がある。その努力を惜しまない者が成功に至るのだと、エジソンはそう言っているようにも読めます。 つまり、基礎を作って、その上に論理的に積み上げていって新しいものを生み出すという考え方を無視しているというか、無視してしまいたい気持ちが入っているようにも読めます。 しかし、短い言葉ですから、解釈は人それぞれであって良いのだろうとも思います。

gesui3
質問者

お礼

人それぞれの解釈で良いのですね。 ご回答をありがとうございました。

  • HIROEVO
  • ベストアンサー率50% (142/281)
回答No.1

 ※ Wikipediaより引用  エジソンの言葉として知られている「天才とは1%の霊感(ないし閃き)と99%の努力」だが、  この霊感とも呼べる「ひらめき(閃き:inspiration)」が一般に軽視される傾向もままある。  99%までもの弛まぬ努力(原文ではperspiration-「流汗」)も確かに必須なのではあるが、  1%のひらめきを大切にし、これを生かす事が出来なければ天才ではなく、  エジソンは自身を指して自然界のメッセージを受け取る受信機に例えるほどひらめきを重視していた。

gesui3
質問者

お礼

彼の言葉である証拠はなく、しかも両義的に解されるのですね。 どうもありがとうございました。

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