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日本でのプロレスの歴史
日本でのプロレスの興行は、力道山がまだ力士(関脇)だったときから、やっていたんですか? 力道山はテレビ局にプロレスの試合をテレビ中継したらどうか。と企画を持っていきプロレスを大々的に日本に広めたんですか? 力道山がアメリカから、日本にプロレスを持ってきたわけではないんですよね?
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- uniquepro
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力道山の話が出たので調べてみましたが、力道山自身力士現役時代から夜の街に出てはケンカの域を超えた大乱闘を繰り返していたといいます。そこでの見物人・野次馬の熱狂ぶりを見て、格闘技を見せる事は「儲かる」と閃いた、とのこと。
- uniquepro
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プロレス単体での興行、という意味では他の回答者様の言う通り力道山の日本プロレスが最初だと思います。 一方、純粋に日本で「プロレス」という競技が行われたのはそれよりはるか昔。1854年、ペリー艦隊の来日、俗にいう黒船襲来の時に、船員として連れてきていた格闘家(興行として行われていたプロレスラーとボクサー)が、当時の日本の相撲最高位の大関小柳常吉を筆頭とする日本相撲の力士と対戦し、まずはボクサー相手に前頭・白真弓肥太右エ門(しらまゆみひだえもん)が対戦して圧勝。続いて大関小柳相手に黒船側からレスラー・ボクサー計3人でのハンデ戦(ゴングも何もない、実質ストリートファイト)を行い、ボクサーを投げ捨てて踏みつけ、レスラー2人を左右の両腕でそれぞれ吊るし上げ、大関小柳の圧勝。まったく相手にならなかった、とのこと。 これが日本で伝わるプロレス(的戦い)の最初の戦い、とされています。元はといえば黒船に日本の相撲を披露するためにやってきた力士らに黒船のレスラーらが襲いかかり、あっさり返り討ちにあった、のが実際のようですが。前述の通り、当時のプロレスはあくまでも巨漢の男による見世物的要素が強いため、本当に格闘術としての強さをどこまで持っていたか疑問、だったわけです。それが現代のプロレスについて回る「ブック・ギミック」(本当に強いのか?)という話まで続いていくのですが。 (ベースボール・マガジン社 日本プロレス全史より) ※プロレスに限らずバーリトゥードまで含めての格闘術の起源なら、それこそ日本での神話の時代、野見宿禰vs当麻蹴速という相撲の神様2名による戦いまで遡ってしまうでしょうが、プロレスではないので外します。 (結果は野見宿禰が相手を蹴り殺して決着)
- 1paku
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進駐軍の中にプロレスラーがいて、相撲を廃業した力道山と大立ち回りをして、それを機に力道山がプロレスを始めたと伝わってます。在日米軍の間ではある程度やってたかもしれませんが、日本人の間での知名度はほとんどゼロ。 興行としては、相撲のほか、柔道や空手が見世物程度でやっていたみたいです。力道山と因縁のある木村政彦がプロ柔道を目指していたとか。。 本格的には、力道山がアメリカ武者修行で成果をあげて凱旋した勢いでスタートでしょう。