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変わることができるのは自分だけ?周囲を変える努力とは
- 「自分は変えれるけど他人は変えれない、だから自分を変えれるように努力しよう。」という言葉が一時期話題になりました。しかし、これは他人に対して柔軟性がなくなり、変わることが難しいという意味だけでなく、集団で生きる人間には影響を与えることもあるのではないかという考えもあります。
- 周囲を変える努力とは、他人に対して深い洞察を持ち、少しずつ変化を促すことです。人は集団で生きる生物であり、影響を受けたり引っ張られたりすることがあります。自分が他人に尊重され、理解されることで、周囲の人たちも変化しやすくなるでしょう。
- 周囲を変える努力は、自分が模範となることも重要です。自分が他人に対して寛容であり、柔軟性を持ち、ポジティブな態度で接することが大切です。また、他人のニーズや価値観に対して理解を深め、共感することも必要です。自分自身が変わることで、周囲も変化しやすくなるでしょう。
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違いますよ。「柔軟性がなく、なかなか変わらない」のは自分も他人も同じ。 何か問題が起きた時に相手の「柔軟性の無さ」だけのせいにするなんて傲慢極まりないです。 そうではなくて、自分自身だってそう簡単に変えることは出来ないんですから、他人を変えるなんてもっと難しい、って意味だと思いますけど。 そもそも自分は、「(自分自身を含めて)人はそう簡単に変わらない」ものだと思います。少なくとも、人の「変えたい」という意思ではそう簡単には。これには理屈があるのではなく、経験上です。 少しずつの変化は確かにあるかもしれませんが、それも誰かの「変えたい」という意思によるものではないと思います。周りの状況に合わせて、人の意思とは無関係に、徐々に変わっていくだけ。大きなきっかけで変わることもあるかもしれませんが、それも人の意思ではない。 率直に言って、「(自分自身を含めて)人を変える努力」なんて無駄だと思いますよ。それを考えるのも無駄な時間。 それよりも、今ある「自分」と「他人」のままで、どう出来るか、を考えた方が現実的だと思います。
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- kamisenbon
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私は少し前にそのフレーズをある人に向かって連呼していたことがありますので、私が回答してみます。 相変わらず長文すみません(汗) まず他人は変えられないといった理屈の説明から。 例として、AさんがBさんを説得するパターンを考えてみましょう。 (1)AさんがBさんの考え方を変えようとしています。 (2)AさんがBさんに対して、考え方を改めるように説得をします。 (3)Bさんは「確かにAさんの言う通りだ」と納得をします。 (4)Bさんは自分を変えようとします。 (5)BさんがAさんの言う通りに変わります。 以上のようなプロセスを経たとします。 でもこれで大事なのが(4)のプロセスであり、「Bさんが自分で自分を変えようとした」事実です。 これはAさんがBさんを変えたように見えますが、実際は「Bさんが自分で自分を変えようと思ったからBさんが変わった」のです。Aさんが変えたのではなく、Bさんが自分で変ったのです。 つまり、Bさんが変わるかどうかの決定権の所在はBさん自身です。他人であるAさんの中に、Bさんが変わる決定権はないので、AさんはBさんを変えることはできない。 …と、こんな理屈を思いつつ、私は「他人は変えることができない」を主張したことがあります。 なので、もし仮に対人関係で物事がうまく運ばないときがあったとします。 そこで、他人が変わるかどうかの決定権のない自分が他人を変えようとしても無意味です。 それより自分を変えるほうが圧倒的に確実なので、そっちに力を向けたほうが合理的だと思います。自分を変える決定権は自分にあるのですからね。 私はそう考えています。 こんな長い前置きを置きながら(笑)、本題の周囲を変える努力についての回答です。 これはNo.2さんの回答に完全に同意します。 自分自身を変えることです。 他人が変わる決定権は私の中にはありませんが、他人が自身を変えようと思うきっかけならば提供できます。 つまり、自分が変わることで、他人が変わる「きっかけ」を作り出すことができるのです。 ただし、うまく変わるかどうかはその人次第ですが。
- hssteadd
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単に世の中の夫婦が互いに「こっちは悪くないそっちが変われ」と際限なくやりあった後に離婚、という事例を繰り返した結果得られた定理です。
- larme001
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>これは個を重視しすぎて肥大化しすぎて、硬く荒れた空気の中で、相手が柔軟性がなくなっていて、とても変わりそうにないという意味だと思います ってのは、文脈が何とも言えませんが、単に「人を動かす」「他人を巻き込んでいく」という意味にとっては少し言い過ぎ、物事を変な方向にとらえすぎな気がします。率直に言って、自分のことなら自分がよく知っているし、他人のことはその人のウソホントをはじめ、本当の気持ちというのはその人本人が口にしていることば以上に伝わらないものなんで、当の本人にしかわからないから第三者の立場でとやかくやれることはかぎられているということでしょうね。 「周囲を変える努力」というよりもようするに物事をやるのに「人を巻き込んでいく力」というのはテクノロジー云々を抜きにしても何か大きなことをやりたければ不可欠な能力です。所詮人間一人が一度にできる仕事なんて限られているわけですからね。当然難しいことですから、要するに社会にでて地位が上がれば上がるほど世の中の仕事なんてのは現場から「管理職」、すなわちいかにしてまわりを動かしていって物事を成し遂げられるかに焦点が行くわけですよ。自分がやれば5分で終わるから誰かにやってもらうことが意味がないのではなくて、その5分でできることをまわりに効率的にやらせることで、自分は別のことをやるのに時間をかけるのです。警察官僚だって職質の名人ではないですし、政治家だって自分自身が世の中のすべての問題について詳しい必要はなく、各問題に応じた政策秘書や、専門家がいるでしょう。要はどうやってその人たちをマネージメントしていくかですよね。同じことをやらせるにしても、いかに他人が気持ちよく、向上心をもってやれる環境を造るかという話にもなるわけです。 ただ周囲を変える力を持つには、それなりに尊敬される必要があるので、人間的に優れていてある程度の能力があることが認められていなくてはまわりはついてこないでしょう。野球監督は名選手である必要はないかもしれませんが、ある程度活躍した選手でなければ信用をかちとることは難しいんじゃないかなあとも思います。単純に、「人を動かす」という意味での思いつくのはカーネギーとかの本が有名でしょう。
- horahuki-dondon
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あなたの意志の強さ(変えるべき事案)があったとしましょう、 それを赤の他人がいかに共有できるかどうか? です。 政治家や宗教家が良い例です。 彼らの努力の源って、何だと思います?
- anonymous-00
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>周囲を変える努力ってどのようなものだと思われますか? まず、自分が変わる事です。 考え方を変えるのでも、行動を変えるのでもいい。 その影響で状況や環境や周囲の意識も変わる可能性が出てくる。 自分の事なら自分が決めさえすればいいし、好きに変えていいわけですから。 簡単に言うと、そういう事です。