• ベストアンサー
  • すぐに回答を!

和訳お願い致します。

  • 質問No.8568163
  • 閲覧数135
  • ありがとう数0
  • 気になる数0
  • 回答数1
  • コメント数0

お礼率 62% (136/218)

Without, therefore, entertaining the question as to the connexion between Body and Mind, it is enough to say that under any view concerning the nature of this connexion, we are justified in drawing a distinction between activities which are accompanied by feelings, and activities which, so far as we can see, are not so accompanied. If this is allowed, there seems, to be no term better fitted to convey the distinction than the term Choice ; agents that are able to choose their actions are agents that are able to feel the stimuli which determine the choice.

Such being our Criterion of Mind, it admits of being otherwise stated, and in a more practically applicable manner, in the following words which I quote from " Animal Intelli gence :" — " It is, then, adaptive action by a living organism in cases where the inherited machinery of the nervous system does not furnish data for our prevision of what the adaptive action must necessarily be — it is only here that we recognize the objective evidence of mind. The criterion of mind, therefore, which I propose, and to which I shall adhere throughout the present volume, is as follows : — Does the organism learn to make new adjustments, or to modify old ones, in accordance with the results of its own individual experience ? If it does so, the fact cannot be merely due to reflex action in the sense above described ; for it is impossible that heredity can have provided in advance for innovations upon or alterations of its machinery during the lifetime of a particular individual".

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.1
  • ベストアンサー

ベストアンサー率 81% (6513/7992)

英語 カテゴリマスター
以下のとおりお答えします。

したがって、「身体と心」の間の連携については疑問を抱くことはない。こういう接続の性質に関する見方の下では、感情の伴う活動と、そのような感情を(私たちに分かる限り)伴わない活動との間に、区別の線引きをすることが妥当である、と言うだけで十分であります。もしもこれが認められるとしたら、その区別を伝えるのに、「選択」という語より一層よく当てはまる術語は、ないように思われます。その行為を選ぶことのできる作用因は、選択を決定する刺激に感応することができるような作用因であります。

私たちの「心の基準」はそのようなものなので、それとは異なる仕方の余地があり、より実際に適用可能なやり方、つまり、『動物の知性』から引用する次のような言葉で述べることができます。―「それは、適応行為というものが必ずそうであるに違いないもの(=本来の姿)について遺伝相続した神経系の機構が私たちに予見用の資料を供給しない場面における、生体の適応行為です。私たちが心の客観的証拠を認識するのは、ただここだけです。したがって私は、その心の基準を提案し、以下のとおり本書全体を通じてそれを維持します。―有機体は、新しい適応を行うでしょうか、あるいはそれ自身の個的経験の結果にしたがって古いものの修正を学習するでしょうか? もしそうなら、事実は、単に上記の意味での反射作用に基づくだけでは済みません。それゆえ遺伝には、特定個体の生涯の間に、その機構の革新や変更の備えが前もってできていることは不可能である、ということになります。」

以上、ご回答まで。
結果を報告する
このQ&Aにはまだコメントがありません。
あなたの思ったこと、知っていることをここにコメントしてみましょう。
AIエージェント「あい」

こんにちは。AIエージェントの「あい」です。
あなたの悩みに、OKWAVE 3,600万件のQ&Aを分析して最適な回答をご提案します。

関連するQ&A

その他の関連するQ&Aをキーワードで探す

ピックアップ

ページ先頭へ