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キリ番について

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お礼率 90% (56/62)

ひとはなぜ、カウンターのキリ番(キリのいい番号・例えば2000とか777など)に当たると喜ぶのでしょう? また、外国にもこのような習慣はあるのでしょうか? 
よろしくお願いします。
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回答 (全2件)

  • 回答No.1
レベル8

ベストアンサー率 28% (6/21)

人は無意味なものにたいしても何らかの解釈をして意味を読み取ろうという心理があります。天井の木目をじっと見ていると人の顔に見えたりするあれです。(心霊写真もほとんどがこれで説明できます。)数字について同じでランダムな数字の羅列を見たときにも人は無意識に何らかの意味付けをしようとします。これがキリのいい番号であれば意味付けが簡単なわけで、「意味付け不可能」のストレスとは逆に「意味付け成功」というある種の快感を得られるわけです。外国にもあります。ちなみに映画で有名なアポロ13号の打ち上げは13時13分でした。
補足コメント
touch32

お礼率 90% (56/62)

さっそくの回答、どうもありがとうございます。
さらに突っ込んで、なぜ人間は無意味なものに意味を読み取ろうとする心理があるのでしょうか? どうしても意味づけしなければ不安になるから? だとすると、どうして不安になるのでしょうか? 
どうかよろしくお願いします。
投稿日時 - 2001-05-27 03:57:23


  • 回答No.2
レベル8

ベストアンサー率 28% (6/21)

人が意味を読み取ろうとするのは目の前に現れた事象を認識するためです。ではなぜ認識しようとするか?それはその事象が自分にとって好ましいか不愉快か見極めるためです。なぜ見極めるかというと好ましいことを欲し、不愉快なことは避けたいというのが人の本能だからです。なぜそんな本能があるかというと人も動物であり、生き残って子孫を残すためです。
順を追って説明します。もともと人類も自然のなかで生きる動物種の一種であり、たえず自然界の脅威にさらされていました。それに対抗して生き残っていくためには自分の生存を脅かすものは不愉快なこととして認識し、それを避けていく必要があったわけです。例えば嵐がやってくる、猛獣が近くにいるといったことは一刻もはやく認識してどこかへ逃げ込むなり食料を蓄えたりしたほうがよく、実際そのような状況を早く認識した者がより多く生き残って子孫を残してきたわけです。ではどうやって認識したかというと、たとえば嵐が近いということを知るのに有効な手段のひとつは雲の様子を観察することだと思います。ここで雲の様子というものを思い浮かべてください。明るい部分もあれば暗い部分もあり、白い部分もあれば鉛色の部分もあります。それ自体はただの雲であって人が観察していようといまいとそこに存在しています。雲の様子というのも明るさや色のただの配置にすぎません。もし雲を写真にとり、その写真を例えば100*100の碁盤目状に区切ってそれぞれの区画の明るさを10段階で表したとすれば100*100の碁盤目に1から10の数字がただ並んでいるだけにすぎません。それを認識して意味付けするのは人です。だからだれでも朝空を見上げれば今にも雨が降りそうだとか無意識のうちに判断できるわけです。
まとめると
1.空模様(雲)という事象が目の前にある
2.それを人が(例えば嵐が近いといったふうに)認識する
3.認識すればそれが自分にとって好ましいか不愉快かがわかる
4.対策を打つなりできる
ということになります。自分にとって不愉快かどうかわかるためにはまず認識することが必要で必然的に認識したいという願望が発生します。では見たこともない事象にぶつかったときはどうでしょうか。意味が読み取れませんから認識もあやふやで好ましいか不愉快かの判断が出来ません。判断のつかないものは安全サイドに立てば不愉快なものとして処理したほうが賢明です。なぜなら見たこともない事象を避けてかかわりをもたないということは少なくともそれまでの生き方と変わりませんが手を出すということはひょっとしたら自分の身を危険にさらすかもしれないというリスクをおかすことになるからです。認識のうまくいくものは判断も簡単ですから安堵感が得られます。だから人にとって好ましい順番は
(認識できて好ましいもの)->(認識できて無害なもの)->(認識できて不愉快なもの、認識できないもの)
となります。ランダムな数字の羅列は認識できないもの、キリのいい数字は認識できて無害なものといえるでしょう。ただ、経験的に数字の羅列というものは意味のわからないものという先入観がありますから、キリのいい数字は意味のわからないはずの数字が認識できるという快感を与えることになります。
お礼コメント
touch32

お礼率 90% (56/62)

熱弁をふるっていただき、ありがとうございます。
とはいえ、なんだか分かったような分からなかったような話です。
快・不快の認識が本能なのは分かるのですが、数字の意味付けとの結び付けがよく理解できませんでした。何でキリのいい数字は認識できて無害なのか? 人間の好奇心や冒険をどうやって説明するのか? 気象などの具象の認識と、数字のような抽象の認識は同じなのか? そもそも対象を認識する以前に忘却することの方が多いのではないか? 謎は深まるばかりです………。
円周率のように、無意味な数字の連続をゴロあわせして何桁も記憶するような人もいますよね。キリのいい数字に限らず、人間はそこに意味をこじつけてしまう生きもののようです。
これ以上話が進むと、ただのキリ番の話から認識論になってしまうので、ここでやめておきます。
すいませんでした。
投稿日時 - 2001-06-05 04:47:36
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