• ベストアンサー
  • 困ってます

山本五十六長官

ブーゲンビル島上空で撃墜された山本長官の遺体は収容されたのでしようか? それともバラバラになって海の藻屑となってしまったのでしょうか?

共感・応援の気持ちを伝えよう!

  • 歴史
  • 回答数3
  • 閲覧数537
  • ありがとう数3

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • 回答No.3

No.1です。 実話がありました。 ブインの近くの村にいた波砂少尉が燃えながら約5度 の角度でジャングルに墜落する日本機を見て現場に 駆けつけた。 数個に割れた機体の横に死体が散乱していた。 他方長官機とともにもう一機宇垣参謀長搭乗機が同行 していた。 こちらも被弾して海中に落ちた。 海の藻屑とならず運よく助かり二日後長官の遺体収 を行った。 波砂少尉の話 「長官は軍刀を左手に握り、右手を添え、機体と平行に 頭を北に向け左を下にした姿勢で居られました。 …左胸に敵弾が当たったようで血が流れておりました」 他の搭乗員と違い遺体の損傷は少なかったといいます。 前に書いた不時着とか、椅子に座ったままとかは、当時の 新聞報道の綺麗ごとでした。 ただ最期まで毅然としていたことはわかりました。 長官の遺体は宇垣参謀長が守り、ラバウル、トラックを 経て連合艦隊象徴の巨大戦艦武蔵に載せて帰りました。 最大の敬意を表したわけです。 長官は出発前夜溜まっていた短冊など多くの揮豪依頼を すべて片づけたそうで、覚悟はしていたでしょうが、心残りは 多かったことでしょう。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

まさに武人の鑑ですね… ある程度覚悟はしていたのでしょう… 五十六氏は父が五十六歳の時の子と聞きます 父より長く歳を生きれた事がせめてもの救いだったでしょうか

質問者からの補足

ありがとうございます そのシーンをリアルに空想しました

その他の回答 (2)

  • 回答No.2
  • river1
  • ベストアンサー率46% (1254/2672)

当時ブーゲンビル島は、我が日本軍の勢力下にあり、遺体は、収容され、東京で国葬で行われ、最終階級は元帥となっています。 ご参考まで

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

国葬になったのは知ってます でももしかしたら骨壷の中は空っぽだったのかなと… 収容されたようで良かったです そうですね ブーゲンビル島到着直前の悲劇でしたね 時間に厳格な山本長官の行動は読まれてしまっていた…

  • 回答No.1

山本司令長官登乗機は撃墜されたわけではありません。 当時日本軍のいたブーゲンビル島のブイン近くのジャングル に不時着したのです。 ( 墜落に近い?) 残骸は今でも残り見る事が可能です。(写真あり) 長官は墜落死でなく不時着前に、米軍機の機銃弾が 当たり即死したと推定されています。 捜索で不時着機が発見された時、長官は座席に座った 状態で死んでいました。 米軍は撃墜のために機体を狙うより、長官と操縦士を 狙ったようです。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

ありがとうございます 山本長官の死でアリューシャン・ミッドウェー作戦は失敗してしまいました 泣

関連するQ&A

  • つくづく山本五十六って連合艦隊司令長官には向かない

    つくづく山本五十六って連合艦隊司令長官には向かない人だと思います。彼がアメリカを知り尽くしているのはわかりました。だけど、ほかにも何人も候補がいたと思いませんか?

  • 山本五十六

    海軍大将の山本五十六という人が死亡したときに、五十六の遺体を捜索した日本兵が21名いましたが、その後これらの兵隊が各戦線にちらばったとききました。彼らのその後の消息について知りたいのいですが、もし分かる人がいたら教えてくださいますか? 父からの質問なんで、私には何の事だかもわからないのですが、どうかよろしくお願いします。

  • 山本五十六が戦死しなかったとして

    山本五十六がブーゲンビル島上空で戦死しなかったとして、その後の作戦に史実と違う結果を残せますか?

  • 山本五十六連合艦隊司令長官の後任

    山本五十六の死後、連合艦隊司令長官の後任には誰がなったのでしょうか?

  • 山本五十六が戦死せずに終戦

    山本五十六がブーゲンビル上空で戦死せずに 生きて終戦を迎えたら 東條元帥のようにA級戦犯で裁かれていたと思いますか? それとも本人が生前に述べていたようにセントヘレナに島流しと言う可能性もあったのでしょうか? ※山本五十六 「大日本帝国は遠からず負ける…当然そうなれば私も責任を負わなければならない、その時生きているかは分からないが、そうなればセントヘレナへ島流しが関の山でしょう…」と

  • 山本五十六の最後

    なぜ山本五十六聯合艦隊司令長官は 危険な最前線視察などに出向いたのですか? 事前に陸軍の今村大将や小沢中将、城島少将が思いとどまるように説得していますが、聞く耳さえ持ちませんでした。 護衛の戦闘機もたった6機で大丈夫だと思ったのでしょうか? 油断していただけだったのですか? それにしてもなぜこの時期にブインの視察など する必要があったのでしょうか?

  • 山本五十六は臆病な軍人だったのか

    臆病な将官を連合艦隊司令長官に据えたから、日本は戦争に負けたのではないだろうか。 日露戦争の日本海海戦では、東郷平八郎連合艦隊司令長官は、旗艦「三笠」の艦橋に陣取って全軍を指揮した。指揮官が危険な艦橋にいるということで、全将兵の士気は大いに上がった。日本海海戦の勝利の一因として見落とせない。 しかし、日米戦争で山本五十六連合艦隊司令長官は、旗艦で全軍を指揮したことがあるのだろうか。 劈頭のハワイ海戦(真珠湾奇襲作戦)では、空母機動部隊の旗艦「赤城」に座乗せず、指揮を南雲中将に任せて遥か後方の九州佐伯湾の戦艦「長門」にいた。また、ミッドウェー海戦でも、空母「赤城」に座乗せず、「赤城」の後方300キロメートルの安全な「大和」ホテルにいた。 結局、山本五十六は臆病だったのではないだろうか。そんな山本を連合艦隊司令長官に据えるような海軍の人事システムが、敗戦の原因だったのではないだろうか。

  • 山本五十六の「戦死」と「殉職」について

    無知で御恥ずかしいのですが、教えてくださいませ。 山本五十六は歴代連合艦隊司令長官で唯一の戦死者であるということは知っておりましたが 「戦死」であることと「殉職」であることとのニュアンス?の違いと申しましょうか 歴史的捉え方とでも申しましょうか、 とにかく何故、彼一人しか「戦死者」がいなかったのかを御教授よろしくお願いいたします。

  • 役所広司主演の映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』

    映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』を見そこなってしまいました。そこでお尋ねしたいのですが、DVDって、映画終わってからどのくらいで出るのでしょうか。その辺の事、ご存知の方おりましたらお教えください。よろしくお願いします。

  • 山本五十六はアメリカのスパイ?

    真珠湾とミッドウェイの作戦はアメリカに筒抜けだった様ですし、山本五十六が「連合艦隊長官を辞任」と脅かし両作戦を強行したとか。アメリカが望む様に日本が開戦し、その後は負ける様に仕掛けた感じがしますが、山本五十六はハーバード大学にいる間にアメリカに洗脳され、スパイにでもなってしまったのでしょうか?その後も陸軍の脚を引っ張るように海軍は負け続けるし、何だか臭い感じがするんですが単なる気のせいでしょうか?そもそも陸軍の思惑通り、ロシアの南下を防ぐ為に満州に駐留し、東南アジアの資源を確保すれば国防上は十分だった筈なのに、どうしてアメリカに戦争を仕掛けたんでしょう。アメリカ通の山本五十六にしては、とても不可解な仕業だと思います。それに最期も暗殺された様な形だし、アメリカのスパイだったんでしょうか?