バラマキ政策の妥当性・政策に対する当人の姿勢

このQ&Aのポイント
  • 質問者は、「バラマキ政策」という言葉がどのような基準で使われ、批判されるのか疑問に思っている。
  • また、批判した政策に対する政治家や国民の姿勢に整合性がないように感じている。
  • 小生はアナーキストであり、政治の再分配の合理性に疑問を持っているが、なぜ一部の政策だけがバラマキと批判されるのか理解できない。
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『バラマキ政策』の妥当性・政策に対する当人の姿勢

”坂道発進が苦手なので、サイドブレーキーを引いて半クラで発進している”ダメ人間です。(質問と関係ない) アンケートに近い設問なのですが、政治カテで質問させてもらいます ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 地域振興券から原初なのでしょうが、定額給付金・子ども手当などは、しばしば「バラマキ」として批判されます 小生はその批判が理解できません そもそも、『所得(富)の再分配』である政治政策の一部は、本質的には、『バラマキ』であって、一部の政策だけバラマキと批判するのは妥当性があるとは思えません そもそも、マスコミ・世論は、なにをもってして「バラマキ」として認知し、批判しているのでしょうか? 早い話が『バラマキ政策』という判断基準が知りたいのです なにをもってしてバラマキと批判し、それがなぜ批判されうるのか?という問題でもあります (あくまでも小生の主観的見解でいえば、政治政策としての妥当性について効果の適否・是非を統計・公共政策レベルまで昇華し検証した評論を見たことがありませんし、その言葉の基準も恣意的なものとしか思えません) 次に、『批判した政策に対する当人の姿勢です』 筋道としては、批判対象である政治政策の受益権を放棄するのが筋道としては妥当だと思うのですが、地域振興券・定額給付金などの受益拒絶事例は極めて稀です  あくまでも筋道としての話で、「批判したのだから受益するな!」とは言いませんが、どうも整合性のない言説・言動が多いように思えるのですが、どうなのでしょうか? 出来るだけ納得できる回答を得たいので、長い間質問受付中にしますので、ご理解ください ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (付言) 小生は、アナーキストなので、政治は極めて小さい規模(団体自治)の政治主体性は尊重するにしても、大きな政治規模で政治行動を行うことには否定的です。 ”安価な政府”論者・リバタリアンとも言えるわけですが、小生にとっては、『所得(富)の再分配』という政治行為の合理性は全否定しないまでも、分配効率・分配基準・分配のためのコストなどの視座からして、有限な資源の「非合理分配」が多過ぎるようにしか思えません。したがって、全ての「所得(富)の再分配」からして無為・不合理としか思えないのですが、なぜ、一部の政策だけがバラマキと批判され、批判しえるのか?という次元でも判然としない上に、論理的妥当性を見いだせないので、本件のような質問になりました

  • 政治
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質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • momonemu
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回答No.10

まず横道に逸れますが所得の再分配に関する自分自身の個人的立場です。 自分としては実家に少し大きな借金があり、使いたいことに使えるだけのお金が稼げていないので 「もっとバラマケよ、そしてできるだけ俺のところにまわってくるように流してください」 というのが正直なところですね、お恥ずかしいながら。 ただたとえ自分のところへ巡ってこなくても世の中を僻むことはしたくないのでしませんけれども。 自分以上に金銭的に苦しい方はいくらでもいらっしゃいますし分はわきまえております。 ですので自分より1円でも多く納めている納税者の方にはいつも感謝しております。 しかしもし仮に、お金も食べ物も無くて餓死するしかないような状況に陥ったとして なお生きること自体への欲望が失われていない場合においては、 自分はもしかすると『気に食わない』金持ちから奪ってでも食いつないで 生き延びようとしてしまうような人間なのかもしれないなと思ったりもします。 以上気持ちの悪い自分語り終了です。 さらに前置きとして >分配効率・分配基準・分配のためのコストなどの視座からして、 >有限な資源の「非合理分配」が多過ぎるようにしか思えません。 >したがって、全ての「所得(富)の再分配」からして無為・不合理としか思えないのですが 全ての所得の再配分が無為・不合理 なのかどうかは 自分の支払ってきた税金よりも多くの恩恵をそれによって受けてきたと『思う』か『思わない』か、 というようなアンケートを全納税者に対して行うことができれば ひとつの、ある程度の指標にはなるのではないでしょうか? おそらく私の予想では少なくとも過半数の方が『思う』と答えるのではないかと思います。 うー、自信はないですが実際どうでしょうか。 『金ってもんはほっておくとある方へある方へと偏っていくもの』だと思う (これは妄想かもしれませんがどう思われますか?)ので 多数決政治をするなら成り行かなくなると思いますし独裁政治でそうなったのなら 我慢できなくなった時点で革命を起こすかもしれません(笑) 成り行かなくなるまでは自然に任せるという考え方ならアリかなぁ? さて、前置きが長くなって大変申し訳ありませんm(_ _)m >そもそも、マスコミ・世論は、なにをもってして「バラマキ」として認知し、 >批判しているのでしょう か? >早い話が『バラマキ政策』という判断基準が知りたいのです >なにをもってしてバラマキと批判し、それがなぜ批判されうるのか?という問題でもあります ある人にとっての利益(もしくは目的) と対立する大規模な所得の再分配=ある人にとってのバラマキ政策 というのはどうでしょうか。『大規模』という文言は、ある人が主観的に大規模だと思えば大規模です。 小規模なものは『バラマキ』と呼ぶにはふさわしくないような気がしますので。 >次に、『批判した政策に対する当人の姿勢です』 >整合性のない言説・言動が多いように思えるのですが 行われてしまったのならたとえ批判していた人間が その利益を享受すること自体に整合性ないとは思いません。 なぜならそれが行わた時点で自分にとって不利益なのだけど その利益を享受しないとさらに不利益になる、よってその政策自体に反対ではあるが受け入れる。 という説明をなすことができると考えるからです。 まぁ大半の方はお仕事で思ってもいないことを言ってるだけなのかもしれませんが。 自分もこの言葉は質問者様とほぼ同じ理由で嫌いですし。 以上政治にそれほど興味があるわけではないのでこのくらいで勘弁してくださいw もし少しでもご参考になった箇所があれば幸いです。

bismarks0507
質問者

お礼

回答ありがとうございました >行わた時点で自分にとって不利益なのだけどその利益を享受しないとさらに不利益になる、よってその政策自体に反対ではあるが受け入れる。 指摘は論理的な説得力は確かにあるように思います。 ただ批判する上では、受益しないと不利益になることを批判するべきであろうと思うわけです。 同時にその不利益を覚悟の上で制度批判を行うのが有権者としての筋道のように思うのです。 その筋道を独善的に小生が創造しているに過ぎない、という批判はありえるでしょうが・・・  小生の知己で海外で活動する人はこう言うのです 「海外邦人の多くは、納税に対する対価を十分に受益しているとは到底言えない。それを理由にして不平不満はあるがそれを言わないのは、いずれ帰国した時の保険だと思っているが、その保険が怪しくなっているわけで、その怪しさの原因は、過大な受益状態にある日本国住民である日本国国民のせいだと思う。」などと言える現実を鑑みると・・・となっている次第です

その他の回答 (9)

回答No.9

あくまで小生の「なんとなく」感じる部分とそれを引き出した伝聞を紹介します。 政治、歴史、哲学etc正答=100点など有りえませんので指摘どおりアンケートカテ向き。 少なくとも技術屋の小生としては数学的に証明されているもの以外の論争は無意味と日々思う次第。 ・世論≒大衆≒愚者 面(件数)として最多の麻生-公明党発案お小遣いでさえ国籍のあるであろう国民全員に「バラまかれた」わけではない。 よく質問者が回答者を卑下する際に引き合いに出す小学生6名(1年~6年生1人ずつ)にリンゴを分け与えると均等だろうが体格に比例してわけようが常に4割の児童は不満を持つらしい。 ただ互いに見えないところで分配されれば胃の中まではわからないので不平不満は少ない、これが情報開示激低、IT社会以前の新聞主役の時代だったのであろう。 ・マスコミ≒識者 質問者さまの指摘どおり政治の最たる仕事は集めた財の分配である。 その方法、テクニックについて時の批評家は「自分ならもっと上手にできる」という自負を込めて批判する。 小生が東北に居住していた際に隣県では「1億円の村営キャバレー」ができ更に隣町では「金色のコケシ」をふるさと創生という愚者でもわかるバラ撒きで作ってしまった。 かの銀河帝国皇帝が「公正なる税と裁判」でのみ民心が安定するような発言をしていましたが「絶対的公平基準」が無いのだからバラ撒き批判は永久になくならない。 もちろん小生は小さな政府&格差大歓迎思想なので定額給付金手続きの際に木っ端役人に電話代金までこっち持ちで出して「撤退した街中デパートを賃貸して非常勤を雇ってどのくらいの非効率かと」問うて受取を辞退した。 各国民の租税、サービスを含む受益について実態把握は背番号制なりの方法でガラス張りにするには公務員の「聖職意識」が全く足りない故に当面は無理。 よって税の20近い種類を『母屋』に統一し年金を廃止する。自動的に公務員は半分不要になり支出が大幅に減るので究極のバラ撒きベーシックインカム開始。セーフティネットは基本現物支給。 シロアリの既得権益無視の帝国万歳!なら可能だと思いますが。

bismarks0507
質問者

お礼

>少なくとも技術屋の小生としては数学的に証明されているもの以外の論争は無意味と日々思う次第。 正直、首肯したくないですが、それが真理(に近似する)ものだと思いますね 数理的証明の限界射程もありますが、より数理的な網羅しえる評価は、客観性に対する責任を持ちえるわけですから・・・ ちなみに「かの銀河帝国の人」は 「相続なんてクソ食らえ!」「簒奪するなら簒奪してみろ!」的な勇ましさが輝かしいとは思われるが、あんなのは超人は存在しないし、してほしくないw 正直面倒くさいんですよ。知ったかふりして、 『オイラならもっと合理的に効率的に分配できるから任せてよ!』とか言う為政者の詭弁というか、根拠希薄な物言いが・・・ そういう人間を見極める・精査する責任すら面倒くさい(選挙権すら否定かよw) 正直我慢できないんですよ。 自分も含めて低脳・無能の自覚がないまま生きている状況が・・・ いっそ、既成虫みたいに生きれれば・・とも思うんですが、現実的には無理だし、そういう生き様であり続けて満足できる自分を想像できないし・・・ っていうか、現在寄生虫の輩は、適切な寄生虫の生態(宿り主の健康状態への配慮)すらしていない『寄生虫』以下だと・・・・自重 正直、政治思慮するたびに思うのだが、 「ああ・・面倒くせぇな。いっそ、愛娘の平安無事と幸福が保障されれば、楽に死にたいな」と・・・・ なに・・書いているんだろうか・・ とりあえず、回答ありがとございました そうそう・・公平平等について、ある哲学者にこんな話がある その哲学曰く 個人に生来の格差・個体差があるからこそ、その個体差を包括的網羅的に勘案した分配などは出来ない。 出来ないからこそ、人間は、人間の画一性を目論むのだ。画一的な個体差であれば、公平平等な分配が高いレベルで可能になるからだ そう指摘した哲学者は、人間の画一性のベクトル探しの最中に、世間から変人扱いされて、餓死したそうな・・・ めでたし、めでたし(なのか?)

  • cse_ri2
  • ベストアンサー率25% (830/3287)
回答No.8

No.7です。一部訂正します。 誤:「古代ギリシャの頃らそういう議論の訓練を」 正:「古代ギリシャのころから、そういう議論の訓練を」 誤:「一部のよくできた大名や家老たちは市政の空気を読み」 正:「一部のよくできた大名や家老たちは市井の空気を読み」 誤:「この質問に寄せられる回答のほとんどが、論理的でないことからして」 正:「(No.1、No.2の方の回答を除き)この質問に寄せられる回答のほとんどが、論理的でないことからして」

bismarks0507
質問者

お礼

訂正お疲れ様です 思うに、こういう訂正が、回答者側の補足入力できればいいのですがね・・ 小生も回答に注釈・補足・訂正したいことが多くて、そういう機能が欲しいものですが・・・

  • cse_ri2
  • ベストアンサー率25% (830/3287)
回答No.7

回答というより、ただの愚痴になってる可能性もありますが、まあこんな考え方もあるんだよってことで。 そもそも、現代の日本人はディベートが非常に苦手です。 きちんとディベートをしたければ、使用する言葉の定義を明確にし、議論の根底となる事実や論理を積み上げて、相手方の主張を論破していくのですが、はるかソクラテス・プラトンに代表される古代ギリシャの頃らそういう議論の訓練を歴史的に積み上げてきた欧米人と異なり、そういう議論がなかなかできません。 じゃあ、日本人の議論はどうなのかというと、ひたすら「空気」を読みます。 江戸時代であれば、武士は上役の、藩政に責任をもつ人であれば幕府の、また一部のよくできた大名や家老たちは市政の空気を読み、それらの空気に迎合しながら自論を展開してきたわけです。 現代の日本においても、教養があり自説を容易に曲げない胆力のある人、及び一部の特定イデオロギーに固執しそこから一歩も出ることのできない人を除けば、たいていのマスコミや政治家は世間の空気を読みながら、そこにおもねる主張をします。 世間の空気を読むのが第一なので、そこには厳密な言葉の定義とか、過去の主張との一貫性だとか、はたまた事実を積み上げて論理展開するなどという、欧米風のディベートを基準にすれば、非常に低レベルな議論となってしまうわけです。 ここで質問内容の「バラマキ」に戻りますが、そもそもバラマキの言葉の定義が不明です。 まあ、私なりに解釈すれば、ケインズ経済学に基づく公共支出すべてが「バラマキ」のようですが、すべての「バラマキ」を否定すれば、国家経済が成り立ちません。 しかし、特定の政治勢力を攻撃するときに、この「バラマキ」という言葉は非常に便利です。経済学にうとい多くの一般大衆にネガティブな印象を与えるため、しばしば報道で取り上げられますが、その「バラマキ」に対する批評や感想も、多くは個人の主観に基づいた「よい」「わるい」といった漠然とした反応がほとんどです。 経済学的に見れば、その公共支出が十分な経済波及効果をもたらすか、その結果GDPがどのくらい増え、税収にどれほど反映されるかを議論しなくてはいけませんが、一部のエコノミストを除き、大手の新聞・テレビ等のマスコミ媒体では、ほとんど見かけません。 ところで、質問者さんについて私が感じたことを書くと、今までいくつかの回答や質問を拝見しましたが、上記のような日本風の空気におもねる議論ができない人だなと感じています。 この質問に寄せられる回答のほとんどが、論理的でないことからして、この先も納得のいく回答を得るのは難しいでしょう。 他にもいろいろと思うことがありますが、とりあえずはこの辺で失礼します。

bismarks0507
質問者

お礼

回答として質問の趣旨に合致していない部分が多過ぎるように思いますが、個人のバラマキ観については、理解します  疑問に思うのは、有効需要原理主義のバラマキ政策の経済効果という概念からして難しい部分があると思います。 計量経済学的に指標・数値化できる経済効果ばかりではない問題があります。 同時にその効果対象の広さによってもバラマキとの批判が可変的だと思われます。 個人のバラマキ観としては理解しえるのですが、判然としない所感は拭えません。 質問本文で述べたように、『富の再分配』である政治行為の大枠が、バラマキである、という見解はナカナカ取り下げられそうにもありません 『阿る』との表現については、正直善悪・長短の主観があるでしょうが、小生は、天邪鬼でありますし、定義することが可能である限りは、議論の上で定義を用意することが望ましい、問題解決として重要だと思っています 仮に、悪意的・短所的に受け止められても小生は気にしません。 長い目で見て、最終的には、”妥当だった”と思われるような意見であるべきだと職業上から認識しているので・・ 正直、小生の程度が低い・浅学・視野狭窄であることを含めて、当サイトでは楽しませてもらっていますので・・・ なお、小生は「空気」と「和」は同じものではないと認識していますので、そこらは生涯のテーマだと思って、生き続ける予定です 回答ありがとうございます。 お礼は、私的な話で今後自制します

  • gokakukei
  • ベストアンサー率18% (40/218)
回答No.6

そんなのだから キモイ アニメオタ なわけだな。

bismarks0507
質問者

お礼

お願いがあります この回答を見た方へ 本回答およびNO4の回答は、質問に対する回答になっていませんので、通報してください 同じ人物のようですが、何らかの私怨が想定されます。少しでも本サイトが健全化するために、通報にご協力ください

回答No.5

 第1感として、人それぞれの感覚である。同じ味覚であっても一度目と二度目では味が違う。三度目は満腹等により受け付けないまたは食してもまずいということになる。勿論何かしらの理由により最初から受け入れないということも日常茶判事(飯事)おこりえることではないでしょうか。政治行為等にしたらその政治により貧乏から訳の解らない税~贅沢まですべて味わえるということではないでしょうか。場合によっては望む望まないの別け隔てなく死も味わえるということかもしれない。

bismarks0507
質問者

お礼

ご苦労様でした

  • gokakukei
  • ベストアンサー率18% (40/218)
回答No.4

「私が言っていることはすべて嘘です。」 この一文を論理的妥当性があるように説明できる人は世の中に存在しません。 また論理は必ずどこかで破綻しています。

bismarks0507
質問者

お礼

おつ 質問に対する回答になっていない・・ことが自覚できないようで・・

  • gokakukei
  • ベストアンサー率18% (40/218)
回答No.3

バラマキ っていうのがネガティブキャンペーンとして使用される言葉。ただそれだけ。 政府からの支出に対しとりあえず否定したい場合には バラマキ と称しておけばよいです。

bismarks0507
質問者

お礼

回答としては、小学生レベルですが、回答として、どうもです

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7194/21844)
回答No.2

バラマキと言えるためには、次の条件を 満たす必要があると思います。 1,主観的要件  政党の人気取り、つまり票集めが主たる  目的であること。 2,客観的要件  投じた費用に比して、効果が期待できない、ないし  少なく、他にいくらでも効果が大きい部門が  あること。 子供手当について、1,の要件は満たされていると 思われます。 問題は 2,ですが、子供手当の目的は少子化対策の 為です。 しかし、子供手当で少子化は改善されないでしょう。 現代の少子化の原因は、婚姻の減少にあります。 それは1970年から現代まで、夫婦の間の子の数に 殆ど差異がないことで判ります。 そして、フランスも日本と全く同様の政策をした ことが有りましたが、効果は皆無でした。 子供手当で少子化が改善されそうもないので 2,の要件も満たされると考えます。

bismarks0507
質問者

お礼

個人の見解としては理解しました ありがとうです ちなみに、少子化の原因は多々あり得るので、婚姻の減少と限定的に言及するのは拙速としか思えませんが・・・

  • rikukoro2
  • ベストアンサー率21% (1316/6196)
回答No.1

 これに関しては多くのさまざまな意見があると思います (以下自分個人の意見)  自分は定額給付金・子ども手当には反対の立場を取っています ただ児童手当には賛成の立場です。  児童手当の場合所得制限などがあり、その目的が少子化対策および憲法15条の規定もあるので一定の理解ができます。  ただ定額給付金・子ども手当には所得制限がなく、政府の説明としては景気浮揚策との説明が盛り込まれているからです。  元々バラマキとは落ち込んだ景気を回復させるための効果を期待して行うものであり、投資したお金に対して最大限の経済効果を狙うものです  しかし定額給付金・子ども手当は公共工事に比べ経済効果は著しく劣ります。なので経済効果目的なら悪政であり、子供の為の政策なら穴がありすぎです。  例えば子ども手当の財源に扶養控除・配偶者控除廃止とかも提示しており所得の少ない家庭は逆に負担増になるという点とか、親に支給されるため、親の無い子供は対象外とかw  政策としてどっちちつかずの為非難されても致し方ないと思います   基本『所得(富)の再分配』は目的としては正しいのですが、問題はその手段や効率です。それに欠点や穴があれば批判に相当すると思います  ただ『バラマキ』という言葉が単純に『悪いこと』と捉えられているのは変であり間違いだと感じますけどね。

bismarks0507
質問者

お礼

回答ありがとうございました

bismarks0507
質問者

補足

>バラマキとは落ち込んだ景気を回復させるための効果を期待して行うものであり、投資したお金に対して最大限の経済効果を狙うものです 趣旨は理解できますが、 それならば、所得制限があればバラマキという批判は免れうるのでしょうか? 同時に、財政政策である公共事業の受益者は所得などを勘案されませんが、それらもバラマキと批判することになるのでしょうが? あえて踏み込んで指摘すれば、 特定の所得水準の助成を否定することは、その水準まで所得を得ようとしなくなる危険性があります。そのような危険性について勘案する必要性はないのでしょうか? 同時に所得で評価するよりも可処分所得で評価する方が、実体経済上の効率評価になると思われますが・・・・・

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