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評価されるレポートについて
自分の経験上ですが、色々な文献等を調査検討し、それをもとに自分の もつ問題意識を前面に押し出して一生懸命に書いたレポートよりも、著 名な先生・実務家の方の書かれた体系書に記載されている情報を整理 し直しただけのレポートの方が、高い評価をもらうことが多いです。 レポートというのはこういうものなのでしょうか。
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- hukuponlog
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大学生のレポートということで回答します。 3点ほど。 1.そのレポートで教員が何を求めているか、という評価の基準があります。一般に卒論などの論文では、程度の差はあれ、「先行研究や事象・事実の整理+筆者の知見」を求めますが、レポートの場合は、通常そこまでは求めません。 むしろ授業の中で話した内容について発展的に文献を検索して、整理するという作業を求めている場合もあるのです。それは、授業の内容を復習し、体系的に理解するということだからです。その際に、併せて文献検索の方法やその分野での先行研究者などを知ることにもなります。 こうしたことが評価基準(つまり、教員がそうした力を学生に身に付けさせたいと考えている)となっている場合には、当然そちらに高い評価を与えるでしょう。 2.一般的に(特に)社会科学系の学問の場合「自分のもつ問題意識」というのが、学生では非常に未熟です。どちらかというと始めに結論ありきの、「思いこみ」「空回り」に近いことがあります。それは、基礎的な知識や概念形成が未熟な上に、多面的な分析や多様な見解の検討が文献的にも現実的(実践的)にもできていない場合が多いからです。 例えば、ある事象(オカルトでも、政治的なテーマでも良いのですが)について、自分の見解を補強する文献・意見・文章ばかりを読んで「確信」を強める人って多いでしょう? 「外国人参政権」「貧困・格差」などのテーマですと、ネット上の大部分の「意見」はその類です。 さらに、レポートの場合、生の「問題意識」では困るわけで、文章に論理性や客観性が求められます。これらの点を学生がクリアして「自分のもつ問題意識」を展開することは非常に難しい。それでは合格点の水準に達しないでしょう。 3.現実的な問題として、例えば100人以上のレポートを短期間で読んで採点するという作業をするとなると、どうしても論理性のある文章に高い評価を与える傾向はあります。つまり読む側からすると、パトスよりもロゴスが心地良いのです。学生に課すレポートですから、ある程度結論も論理展開もこちらは読めています。独創的な知見など期待をしていません。 この点は、採点する側の「課題」でもありますね。 ただ、学部生や修士ならば、よほどの秀才でない限り、修行期間です。修行というのは「真似」から始まるわけで、そういう意味では、「体系書に記載されている情報を整理し直し」というのも大事な勉強なのです。
お礼
ご意見ありがとうございます。 内容というより文章の論理性の方が重視されるというのは、本当に その通りだと感じます。内容面についてですが、一般的には権威あ る先生や最高裁判所の見解などを淡々と書いていく方が、大学の教 員には好まれるのでしょうか。もちろん、教員によって違いはある とは思いますが。