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本能の乱 関連エピソード
わたしが今読んでいる本 佐竹申伍著「加藤清正」の中で これは本当かしらって思った所があるので質問します (1)秀吉が姫路から尼ヶ崎へ到着後 当地の禅寺で髪を剃り落とした! この戦いは弔い合戦という大義名分を敵味方に標榜するため これは本当ですか わたしもコーエーの太閤立志伝(3)をきっかけにしてこの時代の日本史に興味が出る様になって色々小説とか読むようになりましたが 坊主にしたと言うのは初めて聞いた (2)山岡何某が瀬田の大橋唐橋を焼き落として甲賀に逃げたと言う その心理は?混乱? 賤ヶ嶽から逃げ出した山路将監といいストレスに弱い武将は嫌いだな 女として (3)阿閉何某と言う者が長浜城を乗っ取って なかやねねは美濃山中に身を隠して助かった これは本当ですか? ねねは姫路に一緒に付いて行ってたんじゃないんですか? (4)安土城の留守番をしていた蒲生親子が上臈達を連れ逃げ 地元日野で籠城の構え あれ?なんで?氏郷は信長の女婿でしょ 籠城するなら安土の方が有利じゃないかと私は思いました (5)安土城を占拠してた明智秀満が坂本に向かう途中 秀吉方に見つかって 琵琶湖を突っ切って坂本城へと駆け込んだと言う 本当だったら凄まじいですね (6)安土城に火を付けたのは誰ですか?秀満ですか?信雄だとしたらその心理は? 一つでもいいですから 知ってたら教えて下さい よろしくm(__)m
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(2)山岡景隆・景佐兄弟についてですが。 私は混乱ではなく冷静な判断であったと思います。 山岡兄弟はもともと六角氏の家臣で信長に破れ敗走した経験もありますが、後、信長に下りました。 故に信長家臣団の中では信任の薄い立場にあったかの様に思います。 例えば『信長公記』には「去ては山岡美作守、佐々木(六角)承禎を引き入れ 謀反相構へ候かと御不審に思食」と旧主六角氏に内応しかたと嫌疑を掛けられたり 松永弾正謀反に関連したと疑われたり・・・ 「どうせ奴は何時かは裏切る奴だろう」という疑いが信長家臣達の中にはあたのかもしれません。 山岡兄弟は度重なる謀反・内応の疑いに辛い思いをした事だと思います。 実際には信長の信任は得られていた様で幾つかの功績も挙げているようです。 山岡兄弟にとって何時までも拭われない同輩からの嫌疑を功績を挙げ信長の信任を 得ることで振り払おうと必死だったのだろうと思います。 また弟達は明智光秀の与力として付いた時期もあり光秀から見れば「山岡は直にでも、こちらになびく安全牌」と思われていたのかもしれません。 戦力差から見て勢多橋を死守して果てるより、焼き落として逃げてしまった方が 「私は信長の家臣」であると明確に宣言する事にもなりましょう。 勢多橋の件は山岡兄弟が「私は裏切らない」という叫びのように思えてなりませんん。 その後、今度は羽柴秀吉と柴田勝家との対立の中で再び勝家へ内応の嫌疑をかけられ所領を没収されてしまいます。 なんとも不運な武将です。 (4)安土城の留守役の蒲生賢秀ですが 彼がせねばならぬ事の第一は主君信長の血を絶やさぬ事だったのではないでしょうか? 籠城と言っても十分な戦力兵力が城の中に確保されてこそ出来ることで戦の準備も 十分でない城で少数の兵力で籠もっても敗れるのがオチです。 敗れてしまえば最悪の場合、信長の正室・側室・子女たちは皆殺しされてしまい ますしいますし、もし人質にでもなってしまったら今度は光秀の切り札となって しまい容易に奪還できませんし、ますます不利になってしまいます。 まずは一刻でも早く安全な地へ逃がすことが先決でしょう。 その場合、他の武将を頼るよりも自らの本拠地へ逃げることが一番の策だと思います。 (6)安土城に火を付けたのは誰か? 謎です。 考える事として(秀満が犯人ならば) ・敗れた思いの最後の抵抗(せめて安土城も道連れに) 考える事として(信雄が犯人ならば) ・まだ残存勢力が城内に隠れていると思っていた。 ・既に略奪等が行われ、そんな不穏な輩を一掃するため。 (ただ、この時、城が全焼してしまった訳ではありませんのでご注意。) 残存勢力や不穏な輩の為に掛けた火が予想以上に広がってしまった可能性もあります。
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- snowbees
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補足です。2)については、下記を:
お礼
再度の回答本当に有難う御座いますm(__)m HP見ました とっても参考にさせてもらいました 琵琶湖伝説?! 本当にあったんですねそんな話が 山岡何某も14日に瀬田城に帰ってきてたんですね 堀秀政は彼が沈んで溺れて死ぬと思って見物してたんですね 又は馬と共に無茶な入水するから自殺するんじゃないかと思って黙って見送ってやった のかもね でも逃げ切って唐崎に上がって坂本に入った その後結局囲まれたけれど 益々秀満に好意を持ってしましました 川澄太閤記も面白そうだから読んでみたいです 大衆が好みそうなエピソードです 川角太閤記だから?!ですけどね 私はかまわない 信じてみます
- ACKYARK
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(5) 本当です その話は有名です でも安土から坂本にショートカットしたわけじゃないよ 大津で秀吉の味方の堀秀政と遭遇して 大津から坂本迄 馬で渡ったのです 浅かったのかな? 大津で秀吉軍と鉢合わせしたなら 琵琶湖にでも入らなきゃ坂本に帰れないからね その後秀満は光秀の妻子を殺し自害しています そして堀に重宝の数々を送ってもいます その中にその名馬(なんて名の馬だったか忘れた)も入っているんです そして大津市の湖岸に左馬助湖水渡りの碑が立っています 写真を見たことがあります (6)謎の様ですよ今でも もしかしたら山崎片家みたいに自分の家を焼いて逃げてしまう人が他にもいて そんな火が天守閣を焼失させたかも もしかしたら信長が自分が死んだら自爆するようにセットしてたりして(笑) 信雄の心理を僕が勝手に想像すると 〔あんな下賎な出の猿にこの織田家にとって夢の城である安土城をとられるんなら 実の子である自分が火をかけて幻としてしまえ〕 (2)自信は無いけど 秀吉が頼んで後に3万石行賞したってなんかで読んだことある でも橋を落としたのは6/2当日の事だよね じゃこれも作り話か 光秀の謀反の事だったら下記の2つのサイトが資料も多いし秀逸
お礼
回答有難う御座いますm(__)m 本当だったんですね!碑が大津にあるんですか 私は最初鎧を着て自分で泳いで行ったのかと想像してましたよ スゴイ格好いいですね明智秀光って その馬も凄い 名前がわかったら教えて下さい 今度ゲームなんかで彼が出てきたらヒイキしちゃお~ 6 自爆セットの話は小説とかに有りそうですね 想像するだけで胸がすく思い 信長らしい
- snowbees
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2)羽柴秀吉の妻女、なかやねねは、蒲生が日野城へ脱出させたのでは? 蒲生も勇将ですが、その後に異常な速さで昇進していますから。 5)明智秀満は、勇将と言われていますが、「琵琶湖」の件は、「講談」と言われています。私も「講談」ハリセンが好きですが、史実と分けて楽しむべきでは。 なお、下記サイトは、本能寺の変以後を時系列で紹介しています。
お礼
回答有難う御座いますm(__)m なかやねねも日野に脱出なら 安土に居たと言う事になりますね そうか 異常な速さで昇進してるんですか 感謝しますよね秀吉さんも
- deadline
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私にわかることだけ。 (2)"瀬田(勢多)の唐橋"は"京都"から"安土"への重要進攻ルートにあたります。 山岡美作守景隆は"瀬田"に所領を持ち、『本能寺の変』後、明智光秀からの「味方になるように」との誘いを断り、明智軍の"安土"への進軍を遅らせようとして"唐橋"を焼き、"瀬田"での籠城が戦力的に不利ということで、地理に明るい"甲賀"で戦力を整えようとしたとされています。 事実、景隆の目論見通り、明智軍は"瀬田川"を渡るために無駄に時を費やしています。別に混乱したわけでも、臆病だったわけでもありません。極めて冷静に状況を判断した結果だと思います。 (4)城を守るには、その城の大きさに応じた兵力が必要です。 元々"安土城"は防御をほとんど考慮せずに造られた城であり、蒲生賢秀の手元にあった2000人ほどの手勢で守るには、あまりにも大き過ぎたのです。 少ない手勢で、信長の妻子を守るためには、少ない手勢でも守り通せる、勝手知った自分の城への籠城が有利との判断です。 (6)火を付けたのは織田信雄です。信長の息子の中で一番の馬鹿だから、何を考えて火を付けたのか?
お礼
早速の回答有難うございますm(__)m 瀬田の大橋が瀬田の唐橋を制するものは天下を制すると言われるほど重要な場所と言うのは知っていました でも私なら逃げないで重要な橋を守ってるのを切り札に取引をしたと思います例えば 橋の中央に山岡本人が兵を率いて 大津の方に明智方と折衝する(死を覚悟の)家臣を置いて 橋を通して欲しければ天下を取った時に家老に取り立てる又は10万石の褒美をくれ とか取引して 駄目だったら花火を合図に焼き落とすとか そんなことしてからでも遅くないと思った ほかに琵琶湖大橋とか昔はなかったんだから 結局進軍を遅らせた事がその後の光秀の運命に影響は無かったようですからね 4 なるほど安土城は防御をほとんど考慮せずに造られた 信長もここを攻めてくる大名は無いと2000人ほどしか置いてなかったんですね 大き過ぎる城だから(配置する場所が多くて)籠城に不利と言う訳なんですね でも私の考えでは一門の氏郷が守ってると聞けば三法師を連れて京を逃れた玄以や細川親子とか家康とか 残っていた織田家臣が集まってきて守れたんじゃないかと思いました 安土が取られたと聞いてみんな気落ちしたんじゃないかしら 6 信雄って本当に馬鹿だったんですか これは別の機会に改めて質問してみましょう
お礼
懇切丁寧な回答誠に有難う御座いますm(__)m どの答えもなるほどと納得できる考えさせられる 解り易い回答です 山岡兄弟の心情が伝わって来ます ストレスに弱いとか臆病者扱いしたわたしが間違ってた >山岡兄弟は度重なる謀反・内応の疑いに辛い思いをした事だと思います 織田家臣になって最初から最後まで疑われ続けたんですね >「私は信長の家臣」であると明確に宣言する事にもなりましょう。 勢多橋の件は山岡兄弟が「私は裏切らない」という叫びのように思えてなりません なるほど!なんか同情したくなる擁護したくなる可哀相な兄弟ですね (>_<) みんなから信頼されないのも何か 兄弟に非はあるんだと思いますけどね 4 主君信長の血を絶やさぬ事 これがなにより大事だったからの深慮でしたか 6 そうですか残存勢力や不敬な輩を一掃するため が考えられるんですね 城下に住んでいてもどさくさに略奪する民が居るんですよね あの頃の時代は