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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:武家の番頭とは、銀行が無い時代のお金の預け場所)

武家の番頭とは、銀行が無い時代のお金の預け場所

川原 文月(@bungetsu)の回答

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回答No.2

こんばんは。 ハハハハハ~。 そうですか。お待ち頂いていたとは、「夢」にも思いませんでした。 本当に「光栄!!」です。 >>武家の番頭が上級武士で藩の要職を担う階級である事は認識して おりますが、例えば番頭というのはある程度持ち回りで家老職(能力的には凡庸でも)にというのか、例えば、主家筋の人がなる者なのか そういう事が知りたいです。 前記で失礼しましたが、幕府や諸藩の番頭は、「ばんとう」とは呼ばず「ばんがしら」とだけ呼びました。 この番頭(ばんがしら=大隊長)は、幕府では、旗本などから選ばれていますので、「世襲」が原則ですが、例えば、父親が何かの功名を立てて出世したような場合には、新たに選ばれました。逆に「降格」の場合もありましたが・・・。 また、番頭になる家系では、「お目見え以上」(将軍=公方さま、に拝謁できる身分)が原則でしたので、幕府の学問所である湯島聖堂での「試験(=素読吟味など)」に通らなくては、「お目見え」もかなわず、ひいては、「家柄」が良くても、引き継ぐことはできませんでした。 特に、幕府としての「人選」では、主家筋に近い、とかはありません。 ただ、旗本は、徳川氏が幕府を開く前からの家臣ですので、まあ、「信用」がおける人物を選んだとは思います。 一方、地方の大名家では、ある程度の主家とのつながりもあったかも知れませんが、それは、武家は武家同士での婚姻関係が、遡ってみると、主家に通じていた、というような事もあったとは思いますが、やはり、主家の部隊を率いる大隊長ですから、武術や統率力に優れた者を登用したと考えます。 そして、その家系では、その役職を引き継ぐために、実子が「不出来」の場合には、「養子」を貰ってでも継がせた傾向はあるようですね。

hamaendou
質問者

お礼

誠に有難う御座いました。 これからもbungetsu様の ウォッチャーでいます。 より良く小説を味わい つくそうと思っております。 又ご教示くださいませ。

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