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先祖の霊について
先日、誰よりも先祖を敬い、いつもお参りや供養をかかさなかった叔母が病気で突然亡くなりました。先祖の霊を敬う宗教にも入っていて、とても熱心でした。でも <病気になったりすることも、先祖の霊をちゃんと供養できでいないからだ>と生前話してくれたことがあります。でも私の知る限りでは叔母はすごく一番先祖供養をして、毎日とても誠実に生きていた人です。御先祖様に一番守られるべき存在だったような気がします。近所にも家族を1ヶ月に3人続けて亡くした方がいますが、お坊さんに<あなたの家族がお墓参りをしていないんじゃないですか?>といわれたそうです。お墓参りをした後は不幸は終わったそうです。こういう話しを聞いて、先祖という存在は子孫である私達を守ってくれるものだと思っていたので、びっくりしています。どなたか、こういう話し信じてくれる方、少しわかる方いたら教えて下さい。
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まず、御先祖様が子孫に影響を及ぼすよな直接的な「障り」「祟り」は有り得ません。それと、お墓参り事が原因で不幸極まる現象は起こりません。 御先祖様は供養に集約されておりますが、墓参りなどの供養事を簡潔に言うと「感謝の念」を想う行いなのです。御先祖様が「守る」ことも「祟る」こと両方有り得ません。ただ、御子孫の方々が原因を「御先祖様」にしているだけで、「妄想」から脱皮できない心理的なものが、自己防衛的に「怨霊や祟り」を自身がつくり出しているだけに過ぎないのです。お坊さんには失礼ですが、先祖に原因を持ってくるのは「経営学」があるから、その様に言われているのです。 >家族を1ヶ月に3人続けて亡くした方 この現世において偶然は有り得ず、全て必然的に起こり得るのです。この方の場合は、事実を検証してみないと何とも言えませんが、供養が原因で不幸のどん底になると言う事は決してありませんし、有害な宗教の「恐怖心」で、あおられているに過ぎないのではないでしょうか? >お墓参りをした後は不幸は終わったそうです。 これは墓参りを原因として事前に聞いていますから、不幸は終わるのはあたり前だと思いますし、原因を聞いた方が終わらせたと言うことだけでしょう。何も不思議ではありません。単純な心理学の「暗示」だと思います。 まあ一筋核心を言うならば、仮に、お坊さんから「供養」や「檀家制度」を取り上げるとすると、お坊さんの存在意義は完全になくなります。 現実的な社会で人間として生きているならば、病気、事故、自殺は必然的にあります。なければ、人間ではありません。いずれ、早かれ遅かれ人は何かが原因で必ず死ぬのです。余談ですが、あなた自身が今後、有害な宗教には入信しないことを願います。また、宗教の普遍的な世界に逃げ込まない「精神力」と「自己判断能力」を備えていただけることに期待いたします。それだけ、現実世界は厳しく「現実で起こる不幸な出来事」から「逃避」したいのだろうと思われます。
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- nozomi500
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#6で >この現世において偶然は有り得ず、全て必然的に起こり得るのです とありますが、この世は偶然の積み重ねです。 大きな流れは必然性がありますが、個々には偶然の積み重ねです。(空気中の個々の酸素や窒素の分子はあらゆる方向に飛びまわっていますが、空気全体としては、気圧の高い方から低い方に動いている、みたいなもので) 3人の家族を無くされたかた、というのも、最初の1人はいつ亡くなっても同じですから、次の2人が1ヶ月の間に亡くなる確率、というのはけっこうあります。必然的に亡くなった場合(「タタリ」も「必然」のうちだと説く人もいるでしょうが) も、偶然の重なりもあります。 私は、田舎で伯父の葬式から帰ったら、同級生の訃報が届いた、ということもあります。(伝染病で亡くなったとか、気候が急に変わって体力が持たなかった、という共通の原因があるわけでなく、まったくの偶然です) 3人続けて亡くなれば、「亡くなりそうな人」がいなくなって、「不幸が収まる」という結果になることもあるでしょう。 ちゃんと原因を考えていかないと、地下鉄サリン事件で亡くなった方や、北朝鮮に拉致された人まで「タタリ」で片付けられたらかないません。
お礼
アドバイス、ありがとうございました。偶然が重なって、という言葉を信じようと思います。叔母が亡くなる前にペットが一匹行方不明になり戻りません。叔母が亡くなった後の昨日も一匹亡くなってしまいました。悲しいことが続いて、かなりショックですが、気を持ち直して行きたいと思います。私自身、先祖の方によるタタリとか、そういうことは思ったことはありません。現世でも不幸の原因を先祖にあるとすること自体、間違っていると思います。ここでみなさんの意見が聞けて良かったと思います。ありがとうございました。
- wanwanchaachan
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結論からいうと、先祖は子孫を守るばかりとは限りませんし、先祖供養をしたからといって幸せになるとは限りません。 少し具体的にいいますと、まずご先祖様といっても、例えばあなたのおとうさん、おかあさん、そのおじいさん、おばあさん、そのまたおとうさん、おかあさん、さらにその・・・・といった様に、一言でご先祖さまといってもたどっていくと、その数は膨大です。それを1人1人供養してゆくのは不可能といってもいいでしょう。 さらにご先祖さまといってもピンからキリまであるとうことです。 あなたのおばあちゃんのようにみんなに慕われた方もいるでしょうし、また全く逆にみんなに疎まれたご先祖さまもいたはずです。 なのでご先祖さまご先祖さまとお祈りしているつもりが、実は低級霊となって苦しんでいるご先祖さまに対して祈っていたということもありえます。 そういう低級霊化した霊と波長があった場合は、自分が助かりたい一心でがむしゃらに憑依してきます。それが自分の子孫だろうが、誰だろうがおかまいないしです。 祈れば祈るほど運気は下降していき、最期には命までとられることになります。 確かに、先祖供養もいいことに違いありませんが、それよりもまず第1に大切なのは、自分がこの世でどんどん向上して人間としての格を上げていくことです。 そうすればどんどん運気は上昇していきます。 書き出すときりがありませんので、詳しくはわたしの他の回答で紹介している本をごらんください。
お礼
Wanwanchaachanさんの回答を見て、その紹介されてる本をさがしてみたんですが、、ちょっと回答が多すぎて探すことができませんでした。ごめんなさい。 >確かに、先祖供養もいいことに違いありませんが、それよりもまず第1に大切なのは、自分がこの世でどんどん向上して人間としての格を上げていくことです 、と書いていただいたこの言葉をわすれないようにします。 アドバイスありがとうございました。
- old98er
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私は在家で得度もしていない身ですが、たしかに変に思う事です。 もしかして、その坊さんは、叔母さんの信仰していた宗教団体の人で、叔母さん以外の家族の方はその宗教団体に入っていなかったか、形だけは入っていても寄付金などは出さずに財務に協力せず、他の方の勧誘などもしなかったのではないですか? そういう場合には、よくある事です。 悲しい事ですが、寄付金を集める事、信者を増やす事が御仏の為になるとか、信者自身の為になるなどと勘違いをしている教団は多いのです。 いっそ、「寄付金が集まれば教祖様はお喜びになる」という教団ならば、わかりやすいのですが… その坊さんも、その言葉があなたたちを救うと勘違いをしているのだと思います。 本人に罪の意識が無いどころか。善意であるからこそ、度し難し。 形だけの供養よりも、形に出なくとも心から冥福を祈る事こそが、菩提心だと思います。 非道な商売で稼いだ悪銭を多く寄付するのと、清貧につつましく暮らす方の一椀を捧げられるのと、どらが仏心であり菩提でありましょうか? それは、金額が多いほど教団は潤い、教祖様はお喜びになるでしょうが… ご先祖は私たちをお守りくださいますが、現世の人に個性があるように、成仏された方にも個性というものがあるのではないでしょうか… 子孫の事を気にはかけていても、つい面倒になって手助けを忘れたという事はあるのではないかと、私は思います。 また、仏にも位があり、いまだ昇りきらない仏様には、力及ばずという事もあるかと思います。 かと言って、仏様が位を昇らないのは子孫であるあなたたちの供養が足りないというのは、言いがかりかと存じます。 ここは、考えを切り替えられた方がよいかと思います。 叔母さまの享年は存じませんが、たとえば85歳でなくなったのであれば、 「ご寿命は70歳だったものが、功徳で85まで永らえさせていただいた」と…
お礼
>形だけの供養よりも、形に出なくとも心から冥福を祈る事こそが、菩提心だと思います。 本当にそう思います。私自身宗教に入信する気はなきのですが、叔母のことで、今回のようなことが本当に考えすぎてしまいました。叔母の亡くなる前に私のペットが行方不明になり、昨日も他の一匹が死んでしまいました。すごくショックですが、運命というか、寿命だったと信じようと思います。 アドバイス、ありがとうございました。
- nozomi500
- ベストアンサー率15% (594/3954)
その「お坊さん」が仏教なら、私みたいないいかげんな仏教徒より素人だということになりますね。 たたりだ、なんだかんだというのは、仏教徒は無縁です。 ご先祖は「極楽」に行かれるわけで、お墓や仏壇にいるわけではない。 ご自身の心がけとして先祖を大切にという気持ちの問題のはずですがね。 生活習慣が乱れると健康に悪いのは確かです。毎日お仏壇に手を合わせる習慣がある方が規則正しい生活をおくって健康に、というのは考えられますが。
お礼
アドバイスありがとうございました。私自身はこれからも今までどおり、入信することなく、過ごしていきます。私にとっては御先祖さまは、幸、不幸をもたらす存在だとは思っていませんし、ただ感謝を日々こころがけていくことができると思います。 ありがとうございました。
- ruu_kun
- ベストアンサー率28% (23/82)
こんにちは。 私は、先祖や霊魂の存在を信じている素人占い師(無料診断しかしないから。)で す。 そのお坊さん、言い方が不味いというか、何と言うか・・・(汗) 確かに、先祖の霊を敬い、大切にする心は大事です。 でも、お墓参りをしていないからといって、誰かが死んでしまうという話も少し ヘンだとは思いますね。こじつけではないかと思いますが・・・。 何もお墓参りまでしなくても、毎日お家の仏壇や神棚に手を合わせるだけで、先祖 の霊は喜んでくれます。朝、お水を上げて、手を合わせることだけで、浮かばれる ものです。そして、私たちを守ってくれます。 5年や10年もほったらかしにしていれば、さすがに先祖の霊も訴えてはくるで しょうが、その血筋の人間の命を奪うまではしないと思いますが・・・。
お礼
アドバイスありがごうございました。 叔母のことで、少し考えすぎてしまい、滅入ってしまってました。私自信もペットを先月2匹も突然失ったので、結び付けて考えてしまうところでした。でも偶然に寿命が重なったというみなさんのアドバイスをいただいて、安心しました。今は悲しいことが重なってショックですが、早く立ち直りたいです。 ありがごうございました。
- tokoroju
- ベストアンサー率13% (3/22)
こういう話を信じていない者なので恐縮ですが 先祖の霊なるものは生きている私たちに対して 守ってくれたり害を与えたりといったことはできません。 そもそも、そんなものは存在しないと言いたいところですがそれは別の話ということで… 小麦粉を良く効く粉薬だといって飲ませたら効果があったりする(精神的な?)場合もあるみたいですが、これに似た話だと思います。 先祖の霊が災いをもたらしていると思っている人はそれだけで不幸ですし その思い込みが強ければ暗示にかかった状態になったり、精神的に疲れたりもすると思いますので 霊が影響していると言えなくもないですが基本的に本人の考え方次第です。 単純に言うと 「呪い」はかけられた側が「呪い」をかけられた事実を知らなかったり「呪い」の効果を信じていなければ何の力も発揮しないということです。 最後に少し気になった点を 不幸があった人に対して「あなたの家族がお墓参りをしていないんじゃないですか?」といったお坊さんは 私から見れば「この壷を買えば病気が治ります。」といっている人と同じに見えてしまうのですが、 それにしても嫌なお坊さんですね、不幸のあった方に対する慈悲の心の欠片も感じないと言うか、なんとも…
お礼
いろいろなアドバイス、みなさんから頂いて、すごく参考になりました。精神的に参っていて、叔母のことも気がかりでした。今は少しづつですが、気分を切り替えていけそうです。 ありがとうございました。
お礼
>現実的な社会で人間として生きているならば、病気、事故、自殺は必然的にあります。なければ、人間ではありません。いずれ、早かれ遅かれ人は何かが原因で必ず死ぬのです。 ということ、すごくよくわかりました。偶然とはいえ、重なった不幸を御先祖様にあるという考え方を私はしていません。それから、私自身は入信することはないと思います。宗教をすべて否定してるわけではありませんが、確かに弱みに付け込んで入信を迫る宗教が存在していることがわかりました。でも信じるものがないと、不安になる人も多い世の中なので、宗教で不安を解消できる人や救われる人には必要なものなのかもしれません。 アドバイスを読んで、参考になりまhした。ありがごうございました。