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「おかみそり」という儀式をする側の僧侶の頭が黒々としているのは?
本願寺の「おかみそり」という儀式をよくニュースなどで見たりします。正式には「帰敬式」というそうですが、前からちょっと違和感がありました。 というのも、かみそりを持って剃るまねをするお坊さんの頭が黒々としていて、時には七三分けだったりするので、どうにも釈然としないのです。 浄土真宗ではお坊さんが髪を剃らないのは知っていますが、それなら入信の時にも「おかみそり」のような儀式をやる必要もないのではないでしょうか。 自分が自信をもってやっていることなら人に勧めてもいいと思うのですが、自分がやっていないことを人にさせるのは一体なぜなのでしょうか。浄土真宗ではそのあたり、一体どういう説明がされているのでしょうか。 いろいろHPを覗いて見たのですが、納得できる説明がありませんでしたので、詳しい方にお願いしたいと思います。宜しくお願いします。
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真宗の本部へ正式にお尋ねになったらどうでしょうか? NET上でのうわさ?(失礼)に踊らされないように・・・。
浄土真宗は、日常生活の姿、つまり「在家」のままで仏弟子になることができるとうたっていますので、髪は剃りません。 ただ、仏弟子になる儀式として、かみそりで髪をなでることで、他宗でいうところの「出家」になぞらえます。 「おかみそり」の髪を剃るまねは、儀式の動作のひとつ、と見るべきかと思います。もとから、参加者の髪を剃るわけではなかったんだと思います。
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ご回答どうもありがとうございました。 >「在家」のままで仏弟子になることができる そうですよね。疑問なのは、それならどうしてわざわざ得度式だけ、かみそりを持ち出してくる必要があるのでしょうか、という点なんです。 浄土真宗の教義では、出家してからも剃る必要がないわけで、それなら入信の時だけ剃るまねをする必要もないんじゃないか、儀式としてそこだけよその宗派の真似をする意味がないんじゃないか、と思うんですが。
- mujinkun
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浄土真宗には詳しくないので、自信がないのですが、昔はみんな丸坊主(偉いお坊さんも)だったんでしょうね。 でも、結局は丸刈りしたくないもんだから、規則を和らげたってことだけなんじゃないでしょうか。 でも、儀式は商売の1つですので、頭をまるめる伝統儀式は続けているんでしょう。 宗派問わず、今のお坊さんって、そんな感覚の方が多いと思います。 丸坊主で飲みに行ったり、キャバクラ行ったら目立つし。
お礼
ご回答、どうもありがとうございました。 >規則を和らげたってことだけ 浄土真宗は親鸞からして頭を剃っていなかったので、今のお坊さんが剃らないのもそれはそれで筋が通ると思いますが、それならそもそも得度式でかみそりなんか持ち出してこない方が理屈が通るんじゃないかと思ったわけです。
お礼
アドバイスどうもありがとうございました。 本部(本山?)へ尋ねて、あんまり建前じみた回答をもらったらつまらないと思って、まずはこちらに質問をたてました。 もう少し回答を待ってから実際に問い合わせてみたいと思っています。