- 締切済み
県民性について
県民性はあると思いますか。個人的な意見でよいのでご回答よろしくお願いいたします。
- みんなの回答 (4)
- 専門家の回答
みんなの回答
- neji1
- ベストアンサー率45% (172/379)
物凄い、県民性(?)を表現する一例を。 長野県民のほとんどが、県歌「信濃の国」を歌えます。 他県から移り住んだ人から見ると異常だそうです。 他県在住の長野県民会でも、締めは必ず「信濃の国」の大合唱ですよ。 ♪信濃の国はぁ~♪ って。 ちなみに、あの、乙葉ももちろん歌えます。 もちろん、私も、妻も、父母も、兄弟も歌えます。
- ipa222
- ベストアンサー率20% (903/4455)
県という領域には意味はないですね。 複数の国をまとめて県にしただけなので、類似性のない国が一つの県になっていたりします。 日本は多くの民族が流入してできた国です。 それぞれの民族が、様々な事情であちこちに住んでいます。 これは世界に共通する状況ですね。 ユーラシア大陸には、膨大な民族が村ごとに住み分けています。 縄文人は沖縄、九州南部、北海道にいると思っていいですね。 弥生時代に越(福建省)から来た民族はリアス式海岸の海辺に住んでいます。瀬戸内海や北陸が有名ですね。 同じく弥生時代に呉(上海近郊)から来た民族の一部は朝鮮半島西部を経由していますが、基本的には稲を育てる農民です。倭人ですね。 日本の西部から東部に移動しています。 古墳時代に入ると朝鮮半島から入っています。 最初は、辰韓(東部)から出雲に上陸しました。その後、岡山、信州に移動。神社はほとんどこの種族のものですね。後の新羅です。上記の地区以外は名古屋など中京地方に多いです。源氏です。 高句麗系も来ています。北関東に多いですね。東部のサッカーが強い地域はこの民族の血が濃いと思っていいでしょう。騎馬民族です。 橘氏です。 馬韓(朝鮮半島西部)からは平氏が来ています。穏やかで享楽的な民族です。関西に多いです。呉など中国南朝と近いですね。 天皇と藤原氏は弁韓(南部)から来ています。
そもそも「県民性」という言葉が正しいかどうかは別として、まるで「県民性というものがあるかのように感じられる」現象は存在します。 人間というのは、見知らぬ土地で不思議な行為を目にすれば、それがまるで「その地方の風習」であるかのように感じられることはあります。 たとえば、俺が初めて千葉へ来たとき、人のよさそうなおばちゃんまでもが普通に「ダッシュ右折」なんて危険なことをするため、物凄くビックリしたことがあります。 そんで俺は「ああ。千葉の人は危険な運転を平気でするんだ」と思ったんです。 でもこのとき俺が感じたその印象は、間違いです。 俺が見たのはあくまで「ダッシュ右折をする人が多い」という事実であり、「みんながこぞってやるところを見た」わけではありません。 しかも当時の俺が行ったことがあったのは、船橋市とその周辺という、非常に限られた地域だけです。 にも関わらず、俺が「千葉県民はみんなこうなんだ」と思ってしまったのは、人間には「プロトタイプ構築」という能力があるからです。 大脳生理学の話になってしまうんですが、人間は脳の中に「プロトタイプ」という情報を持ち、あらかじめ「千葉県民=危険運転者」という情報を作っておくことで情報管理を簡略化し、脳がパニックになるのを防いでいます。 たとえば、「今どきの若い子がみんな同じに見える」「洋楽がみんな同じに聞こえる」といった現象は、脳の中の「プロトタイプ」が急造的で発達していないからです。 無論、このようなプロトタイプは、「千葉県民は決して危険運転集団ではない」という知識が新たに加わることで自然と変更されていきますが、脳が老化して頭が凝り固まっていたりすると、なかなか修正されません。 ゆえに、人間はありもしない「県民性」というものを感じてしまうのです。
- pagedown
- ベストアンサー率44% (162/368)
県民性というよりも、地域特性はあると思います。 同じ県でも、全く違う特性が複数存在することもあれば、県をまたいで いるとしても、生活圏を共有しているような場所では特性が似通ってくる こともあるでしょうし。 「マシューTV」の人気コーナー「なまり亭」初期の頃、県民性の引き合いに しばしば引用された「いなかもんの踏み絵」という本がありますが、 自分の県の項目を読んでも「うんうん」と頷けたのはせいぜい半分程度でした。 他の都道府県もざっと読みましたが、この手の「県民性」で文句なく皆が 納得できるのは、ローカルなCMや全県を対象としたようなチェーン店あるいは 大きな企業に影響された「記憶」あるいは「実体験」くらいのように感じました。 「県民性」というよりは「共通のイメージ」ですね。 そういう意味で、「○○県の人って」と一括りに語るのはちょっと的はずれの 場合がままあるように思います。