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不惑を前に情けないですが・・・
39歳、妻子もち、この10月から転職し、職住近接となりました。 高校時代に「軽症うつ」と診断され、以来、卒業や入学、入社、転職のたびに 死にたくなるほどの憂鬱感に見舞われます。 他人も、同じように、緊張や不安感を、こういう時には持つのでしょうが、 自分は、特に、他人よりも、それが強い、という思い込みが強く、 また、毎日を精一杯生きていけば、楽しいものを、どうしてもかなたのことを 考えて、頭だけで考えて落ち込みます。 家内に相談し、しばらく、在宅で休養しようかとも思いましたが、働かないでいたらいたで、猛烈な不安感に襲われ、10月に職住近接の職場に転職しました。 通院ではSSRIを服用しています。 何度も転職したので、また仕事の知識を一から覚えるという作業も億劫で、 要は怠惰なだけなのですが、、家族とともに幸福になりたい、という 気持ちは強く、、、、。、 どうすれば、猛烈な不安感や厭世感に襲われずに、明朗に生きていくことが できるでしょうか?
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専門家でもないので、あまり有益な回答になる自信はありませんが、sgi622さんの文章をじっと見ながら考えました。同じ年代の者であること、そして自分の身近にも「軽症うつ」の人がかなりいるので、気になったのです。 私自身は「うつ」傾向の者ではない(かといって「躁」でもありませんが)ですから、sgi622さんの「つらさ」は想像はできても実のところはわかりません。たぶんsgi622さんの気分まで私が落ち込むことは、気質的にほとんど可能性がないのです。だから、まあ例えば「うつ」に陥っている人は、周りの迷惑というのを気にしたりしますが、実際のところは「うつ」にある人ほどまでは、つらい思いはしない(できない)わけです。今から書く文は、「うつ」の人々と接してきた傍観者の視点からの文章になります。 ここで何かsgi622さんが楽になれるヒントを提出するために、私のまわりで「うつ」でありながら少し楽な気分で過ごせるようになった人の変化を思い起こそうとしています。何かひっかかってくれば幸いです。 ひとつは、社会認識というのが、結構力になるんじゃないかと思ってます。思い浮かべているのは海外の生活が糧になった人の話です。日本だと人生は一種類の道しかないように錯覚しがちですが、アメリカとかだと基本的に基準がユルユルなので、成功不成功の基準は「本人の充実感」という雰囲気が強く、人の数だけ人生の道の種類はあって、何かをやるのを左右するのはやる気と能力で、出遅れという基準もなければ、早すぎるという基準もありません。でも、無口なだけで精神科に連れて行かれるとか違う部分で妙な基準があったりするのですが、まあ、ユルユルを一回知ってしまうと、例えば、自分の理想というものも、えらく固定観念に捕らわれて、動きが取れないような理想で自分を縛っていた部分なんかも見えてきたりするようです。あと、周りのいろんな人が奇妙なことにガチガチに縛られていることも。「これしかない」から出発した考えは、「まあ、いろいろある」というところから出発した考えより、やっぱりいろいろしんどいところがでてくるようです。でも、たぶん「充実感」とか「社会に役立つ」とか立ち返るポイントは仮にでも用意しておいた方が良いとは思うんです。あまりにバラバラもつらいですから。ポイントも気に入らなくなったら変えればいいと思いますが。 社会認識の続きをすると、今の世の中は一見するとやっぱり「躁」の人に非常に有利に見えます。会社の経営者なんかほとんど「躁」ですよね。私はそういう人と接していると、やっぱり自分には彼らのようなことを成し遂げるのは無理だろうという部分が見えてくるんですが、反対に、彼らができないこともあると思うんです。例えば、彼らの元気な話を聞いていると、しっとりしたい気持ちに応えるものがつくれるとは思えない。あと、じっくり長い時間をかけるほど良くなる種類の仕事はできない。で、彼らはそういうことは人に任せたりしています。今、ビジネスのスタンダードとされているものが「躁」のものが多いですが、それで全てが染まることは、現実にはありえないわけです。 それから(長くなってすみません)、「不安感や厭世観に襲われずに」というのは、なかなか難しいようです。気分に波がないというのはありえないし、それこそ問題(感覚の振り幅というひとつの能力をなくすことになる)だし、波があれば、やはり「うつ」傾向の人はどうしても一旦は底の方まで行ってしまいますよね。でも、波があるというのを否定しないということだけで、少し楽になる人もいました。「うつ」の人を傍から見ていると、「うつ」が長く続くと「うつ」に飽き始めているような感じもするのですが、どうなんでしょう。話は少し変わりますが、「うつ」でも「躁」でもない私の場合は、振り幅が小さいのを、今は自分の気質として仲良くしてますが、これはこれでいろんなことを思う時期があったものです。 最後に、くだらない例(?)を書きます。挨拶と御礼はしっかり言うというのを、取敢えず守るということだけで、何とか組織に嫌われずそんなに近づかれもせず、やっている人もいます。あと「ちょっとだけ無理なことをすると、後から思い出になる」というのをおまじないみたいにして、生きてる人とか。 あまり役に立ちそうもありませんが、長くなりました。これをきっかけにもっとちゃんと考えようと思います。私の周りの人のためにも。何か認識違いなどご指摘あったら、教えてください。
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- turubara
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はじめまして! 「不惑を前に情けないですが・・・」と、書いてありますが、人間誰しも、幾つになっても「情けない」ものだと思いますよ!「40=不惑」など、実際の所はあり得ないのではないでしょうか?あくまで「そうありたい」という理想論なのだと思いますよ。 文面から拝見するに、あなた様は「怠惰」なのではなくて、真面目な方で「こうありたい」または「こうあらねば」という、自分を律するお気持ちが他人より強いのだと思います。そして、その思い描く「理想」と、「現実」のギャップから、「不安」や「焦燥感」といったものが生じてくるのではないかと思います。 一番大事なのは、「ありのままの自分」を受け入れることではないでしょうか?! 世間や、他人と比べることなく。理想も大切だけれども、キツイ言い方かもしれませんが、良い意味で現時点の「自分の限界」を理解するのが大切だと思います。 (それは、「諦める」ということではなくて、「悟る」といった方が正しいでしょうか・・?) 会社や、街を平然と、楽しそうに闊歩している人達も、ひとつ裏に回れば、みんなそれぞれ、あなた様のように色々な事を抱えています。 転職したくても出来ない人も居ます。 支えてくれる家族も居ない、孤独な人も居ます。 泣きたくても涙も出せない人、 明日の命も知れない人・・・ それぞれ、表に出さないだけで、みんな不安や、厭世観と戦っていると思いますよ。情けないなあ・・・と、心の中で自分を罵りながら(笑) でもそれは、生きている以上、人間の仕事だと思います。(まあ、中には稀に、 何も考えない人が居ますが。それはそれで幸福・・不幸とも言えるでしょうか?) ご家族は、あなた様が、あなた様らしく、楽に生きて居られる事が一番の幸せではないでしょうか? えらそうなことを言ってしまいましたが、すみません! 私もあなた様と同じ気持ちでいたので。一度考え出すと、寝ても覚めても、悶々と考えてしまい、不安で心臓がドキドキしてきたり・・・。 でも、そう言う時は、私は、 「暇で疲れてないからだ」と、スポーツをしたり、残業したり、(億劫なんだけれど)色々な人に会ったりしました。原始的ですが、割と効果がありましたよ!
- soulshaker
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悩んだり落ち込んだりしたっていいんじゃないんでしょうか? 感情がある=生きてる証拠だし. あと40年もチャレンジできる時間があるんだもの. まだまだいけます. 一から物事を始めるのなんか、 誰だってみんな億劫ですって! 絶対あなただけではありません(^^)V 拝見したところ、 環境が変わるたびにそういう感情が出てくるんですね? もし、できれば、で、 奥様がだんな様より稼げて、 だんな様がそれでも構わない、 人からどう思われても家族全員が幸せなのが最優先、 という覚悟がおありならば・・・・. 奥様に外で働いていただく代わりに専業主夫しましょう。 それだと、近所づきあいや家事はあるものの、 環境は大きく変化しませんよね? で、空いた時間で何かしたければ、 何か技術の身につくパートをしたり、 SOHOしたり、 勉強したりすればいいのでは? 何にもしたくなければ、自由に時間は使えますし. とりあえず、目の前で、 自分以外の人の役に立てる事を実感できるような、 ”自分に簡単にできる事”をしてみてはいかがでしょう? 悩んで時間を過ごしても、 何かしてすごしても、 人生の時間は同じように過ぎていってしまうのですから. たまたま、こういうタイプの人間だったというだけで、 今のご自分に価値がないなんてことは絶対にありません. 今の自分のやり方に飽きたら、 他の方法に変えればいいだけです. ちょこっと違う方法を試してみると、 少しづついろんな物が変わっていきます。 その積み重ねをしてみれば、 相当変わっちゃいますよ.
お礼
「奥様に外で働いていただく代わりに専業主夫しましょう」 これは考えました。 家のローン等、それに、主夫のまねごとも半月ほど、退職直前の大有休を利用して 行ってみましたが、働いていないこと(つまり外で・・)への引け目というか、 不安、、罪悪感、というものが頭をもたげてきて、耐え切れず、それで 残業なし、職住近接の職場に変えました。 わがままが心の根底にあるんだと思います
現在、治療中とのことですから、薬は続けてください。 この病気は、時期が来れば必ず治りますから、日常生活では、焦らずに、無理をしないで、のんびりと、マイペースで、くよくよしないことです。 本当は、仕事を休むのが良いのですが。 詳細は、参考URLをご覧ください。
お礼
書籍の紹介を有難うございます。 実はすでに所有していて、、でも未読です。 仕事は休みたかったのですが この時世で、この歳ではリスキーで、 常勤はしています。
お礼
[ご家族は、あなた様が、あなた様らしく、楽に生きて居られる事が一番の幸せではないでしょうか?] ・・・家内も、今の病気が軽減されるのなら、転職も悪くはない、と言っておりました。考えてみれば、家内も職業人で、同じような辛さや苦しさを背負って生きているんですね、、自分だけじゃない・・。 「寝ても覚めても、悶々と考えてしまい、不安で心臓がドキドキしてきたり・・・。」 ・・・やはりありますか?、、やっぱり自分だけじゃない・・。 人は人間の中で生きるのが一番なんですね。