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日本社会は結局目立たないほうが正解か

最近でも芸人のトラブルや、某スポーツ選手の離婚がどうのこうのとやかましいです。 あのアイドルがどうのこうのとか、誰々の新しい恋人だとか、一般人の私としては「そんなのどうでもよくないか?」と思ってしまいます。 結局、日本社会というものが横並びの空気風潮というか、目立つ人間の粗探しが好きなんだなあと感じます。 (何も最近始まったことではないでしょう。10年前も20年前も同じ話題で週刊誌やテレビは騒いでいます) 日本で生きている以上、静かに生きるほうが正解ですよね?

みんなの回答

回答No.5

目立たなければ我慢ならん人もいるんですよ。 そういう人たちは例えヘマして叩かれようと、それ以上に人から注目してもらえないことの方が苦痛なのかもしれません。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11118/34612)
回答No.4

世の中、目立って注目を浴びたいという人も少なからずいます。芸能人は全員そうですし、なんだったら不適切な動画をSNSにあげて炎上騒動を起こす人も同じです。 悪目立ちして損をするくらいなら、存在感を消したほうが気楽でいい、という人にとっては「静かに生きるのが正解」になります。 でもここでも時々「僕は、あれお前いたの?といわれることがよくあるくらい存在感がないのが悩みです」という人がいますから、存在感がなければなくて悩んでいる人もいます。

  • SPROCKETER
  • ベストアンサー率26% (2128/8000)
回答No.3

そうではなくて、全体主義社会だからです。優秀な人が才能を発揮すると寄って集って潰しにかかる国だからです。特にマスコミ体質が酷いですね。国民全員が委縮してしまった結果、日本に未来が無くなりました。経済成長も出来ず、成功話も無くなり、待っているのは破滅だけの国になりました。全体主義国家に未来はありません。 目立たない人は馬鹿です。米国では人前で自分を目立たされる教育をするでしょう。社会で成功する切っ掛けを生むからです。日本は逆に委縮する事ばかり押し付けて、才能を潰してしまう国です。

  • kairibaka
  • ベストアンサー率27% (148/548)
回答No.2

目立つこと自体、調子に乗ること自体は、別に悪くはないと思います。 ただ最近のその手のニュースを見ていると、「目立ち方そのもの」が、すごく頭が悪いやり方をするなあ、とは思います。逃げたり、言い訳したり、感情的になったり、 この醜さ、知性の欠落ぶりは、昔とはちょっと違うな、と思います。 芸能で言えば、例えば「火野正平」なんか、確かに女たらしのスキャンダルでも、うまいやり方をしたなあ、お見事、確かに関わった女の誰も彼を恨んでいないしなあ、なんて思います。 今だと「羽生結弦」ああ、育ちの良い好青年のふりをして、なんかもう頭の悪い目立ち方をしてるなあ、と思います。 「頭の悪い目立ち方」しかできない、思いつかないのなら、やっぱり目立たないようにした方が正解でしょうね。

  • staratras
  • ベストアンサー率41% (1503/3658)
回答No.1

そのようなことは、その人の生き方そのものなので、万人に当てはまるような「正解」も「不正解」もないでしょう。割合から言えば、「静かに生きたい」派の方が多いように感じますが、確証はありません。確実に言えることは、世の中には「目立ちたがり」もいれば「隠れたがり」もいるということと、目立って得をするか損をするかは一概には言えないということです。 例えば、職場であまり自己アピールをせず仕事を丁寧に仕上げるタイプの人がいたと仮定すると、上司が「謙譲の美徳」だと好感を持つ場合もあれば、「意欲を表に出さない」と物足りなく感じる場合もあります。「目立たないこと」がどのように評価されるかは、その職場のありようと評価する人の考え方次第です。 もちろん「悪目立ちする」のが良くないことは明らかですし、「嚢中の錐」ということわざのように、ずば抜けて優れた能力がある人は自分からアピールしなくても他人が認めてくれるでしょう。 その意味では能力のある人でもこれまでの日本の社会では「自分から目立とうとする」のは賢明ではなく、「結果として目立つ存在になる」ほうが得策だったかもしれませんね。ただしこれからもそれが続くどうかはわかりませんが。

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