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明治維新後の足軽と上役

明治維新になって四民平等になりました。殿様は、華族などにされて身分は保証されましたが、それに次ぐくらいの地位の人達は、かつての下級武士、足軽と同じ扱いになり、何かとやりにくかったものと思われます。そのあたりの逸話をご存知でしたら教えてください。

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http://jugyo-jh.com/nihonsi/%E8%BF%91%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E8%AC%9B%E5%BA%A7/%E3%80%8C%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E3%80%8D%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%AB%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B1%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%9C%9F%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A8%E6%AD%A6/%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%AB%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B2%E6%98%8E%E6%B2%BB%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A7%EF%BD%9E%E6%AD%A6/ --- 庶業は、武士時代から身につけてきた教養・学問・教育、ないし武芸といった「資産」を生かすことのできました。官吏も、軍人も、もともと武士の仕事であったので抵抗感も小さかったのです。あわせて定期的に俸給をもらうという生活スタイルも武士同様でなじみがあるものでした。 こうして士族の多くが「庶業」を働き口と、巡査を含む官吏の割合は全体の65%を占め、公立学校の教員も41%を占めました。 ---

tahhzan
質問者

お礼

なるほど。大変、興味深いですね(無職の存在も)。ただ、軍人や官吏になっても、やはり、元の武士としての階級は気になったでしょうね。時には、下級武士出身者が上級武士出身者の上役になった事もあったでしょうね。ありがとうございました。

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