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会話のレベルが合わない人
学生時代の周りの同級生しかいない環境では、たまに「あいつ馬鹿だな」と思うぐらいでしたが わけのわからないクレーマーが意外にも多いことや、職場の年上の人が理解力がなかったり、学生のアルバイトを見ては「大丈夫かこの学生は」と感じて、なんだかストレスになっている気がします。 会話のレベルが同じってやはり大事なのでしょうか。
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- iq00001
- ベストアンサー率14% (40/268)
会話のレベルが違えば会話にならないですよ。
- f272
- ベストアンサー率46% (8533/18268)
会話のレベルが同じなら、会話をするのが楽になりますが、実際にはそういう人ばかりではありませんので、どんな人とも会話ができるようになる必要があります。ストレスになっているのなら、それを感じないようにする訓練をした方がよっぽどためになります。
- sutorama
- ベストアンサー率35% (1688/4747)
自分の使っている言葉が、所詮、他人から借りている言葉であることに気づいていない人は、よく見かけますよ
- mekiyan
- ベストアンサー率21% (885/4071)
これからも長い間付き合っていって、楽しい幸せな時間を共にする相手なら会話のレベルが同等であるのが大事です。 いくら容姿がよくて美人(イケメン)でも一緒に食事をして、楽しいき会話ができ、きれいに食べる同等レベルでないと、一時の性欲発散解消係にしかなりませなん。 でも、社会での会話のレベルが合わない人には、こいつはほかの星から流れ着いてきた奴と理解し、私生活には一線を引いています。
- ishi_saya
- ベストアンサー率27% (84/310)
勿論、会話のレベルが同じなのは大事です。 しかし同時に、レベルが違う人とどう関われるかも大事です。 人間は誰でもが例外無しに「知っていることと」と「知らないこと」とがあります。誰でもが例外無しに「出来ること」と「出来ないこと」とがあります。誰でもが例外無しに「得意なこと」と「不得意なこと」とがあります。 それらをいちいち誰もが「自分」を基準にして選り分けて判断して、「自分」と合わないものは排除していたらば、世の中は円滑には機能しません。その「自分」だって、知っていることと知らないこととがあるのです。その「自分」だって、出来ることと出来ないこととがあるのです。その「自分」だって、得意なことと不得意なこととがあるのです。ではその「自分」は誰かから排除されたいのか?です。 ですから、自分の人生に役立てたい話であれば、会話のレベルが同じなのは大事です。しかし、そうではない状況や場面もあるでしょう。仕事場でとか、仕事上の付き合いでとか、学校でとか。そういう時に「判断しない」「好き嫌いで取捨しない」で他人と接することが出来るというのもまた大事なのです。 あなたから見て「劣っている」と思える人は、つまりはまだそういう成長段階にあるだけのことです。大人(の身体)だからと言って誰もが一定の水準以上である(べき)という思い込み(あるいは決めつけ)を捨てた方が良いということです。小学三年生から見たら小学一年生は「まだ一年生」なのであって「劣っている」わけでは無いですよね? 大人の世界でもそれと同じです。ただそういう成長段階にあるというだけのことなのです。そういう人ちが今後も成長するかどうかは、あくまでもその本人が決めることです。それを気にかけるよりは、自分自身の成長を気にかけた方が良いと思いませんか?
- m5048172715
- ベストアンサー率16% (860/5261)
違う方が大事だと私は思った。 人と人の差が大きいほど、(優秀な人が有利になるか、未来のあらゆる状況に良くも悪くも対応できるので、)人生面白い。
- EXIST2090
- ベストアンサー率30% (186/610)
話が通じない?のか、なんかい説明してもミスする? とか場合で違ってくるかもですが… 分かる気がない人とそうでない人(根気強く何回か教えれば掴んでくれる人) に別れる気がします。 ガマンして教える…っていうより、そんなに期待しないで教えるのがいい気がします 「最初から話が通じない前提」で行っちゃうってことです (ココを話が通じる、と期待しちゃうとイライラになります。) それでも手に負えないなら、それこそ上司の出番な気がします