被援助を管理する

このQ&Aのポイント
  • 人間関係における援助とは?
  • 援助の受け手としての心構え
  • 援助の提供者としての意識
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被援助を管理する

人間関係って非対称なものでギブ&テイクしたいとはいえ、以外に援助など人方向であったりすることの方が実は多いくらいかと思います。 人によっては攻撃してきて、人によっては援助してくる。(攻撃されることを基準において悲観する必要もないと思いますけど) ダンバー数という仮説の親しい間柄の援助や被災しているような状況はともかく。 援助がないと成り立たなかったり。あるいはかなり余計な労力が必要になったりもするかと思います。 人って特性をもっているので。 リーダーシップをとっているとってないにかかわらず、一人でできる物事って限られてますね。 独力で迷惑をかけずにみんなしたいものです。 場合によってはある人には援助されっぱなしということもおこるかもしれません。 ある人には迷惑をかけられっぱなしもあるでしょう。 逆に他人を助ける場合も当然あります。 被援助について、どのように考えればいいのでしょう。 うまく遂行するためのものと被災や負の状態から戻すものと二つあると思いますけど。

noname#209756
noname#209756

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7194/21844)
回答No.1

相変わらず、何が質問なのかよく解りませんので 勝手に解釈します。 人は自己中か、といえばそうでないことが確かめ られております。 ノーベル経済学賞を受賞した、アマルティア・セン もこのことを実証しています。 人間は独りでは非力です。 しかし、人間が集まると神も驚くほどの力を発揮 します。 ヘーゲルは、これこそ神だ、としたぐらいです。 人間とは、ある程度お互いに助け合うことがDNAに インプットされている生物なのでしょう。 ”被援助について、どのように考えればいいのでしょう”      ↑ アラブに、こういう話しがあります。 ある人が、困っている人を助けました。 助けられた人は感激して何とかお返しをしよう としたが、その能力がない。 助けた人が言いました。 将来助けられるような能力ができたら、誰でも よいから困っている人を助けろ。 それが俺への恩返しになる。

その他の回答 (1)

noname#225664
noname#225664
回答No.2

あなたの場合、理論とか考え方はまず置いといて、シンプルで具体的に文をつくる努力が先ですよ。 頭に描いたそのままを言えばわかりやすいのです。例えば「援助」というときは何のどういう援助なのか まずは相手に知らせるのです。最後に解決したいことを聞くだけです

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