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臨死体験

臨死体験が死後に脳の機能が失われてもなお、死者に見せる夢だとしたら、火葬で焼いて灰にしてしまうのはあまりに残酷な気がするのですが、どう思われますか? 実際に経験された方はどのような心境でしたか? 途中で思考を巡らしたり、自分の身体(魂?)に触れることは出来ましたか? 思考を巡らすことが出来たなら、それは脳が見せる夢ではないような気がします。 死んで脳波が得られなければ、考えることなどできないはずなのです。 もし脳波が得られなくても考えることが出来たなら、それは、本当に魂があるか、他人が死んだと思っても人間の思考は生きていることになりませんか? 特に後者の場合なら、死んだからと言って灰にしてしまうのはとても残酷です。

noname#171555
noname#171555

みんなの回答

  • alphaXXX
  • ベストアンサー率40% (108/264)
回答No.7

>何だったか覚えていませんが、他の建物の上の階に置いてある物の個数と色がわかったらしいです。 >もちろんそこには行ったことがありません。 >これが作り話じゃないとしたら何でだと考えられますか? No.4の回答をきちんと読んで欲しいものです。誰かが話していたりしたのをたまたま聞いたりした可能性は否定できません。 それに、常識的な物品なら自分の病室の様子や病院関連の知識から推測できます。 衰弱した状態でぼそぼそと言った結果、聞いた人間が好意的に解釈して「なんとなく3個って言ってた気がするけど、調べてみたら4個だった。でも臨死体験からよみがえった奇跡を起こした人だから私が聞き間違えたに違いない」という風に思いこんだ可能性なんかもありますね。 というかですね、 『これが作り話じゃないとしたら何でだと考えられますか?』 この問いは卑怯ですよ。 『もしこの幽霊が本物だとしたら幽霊は実在すると思いますか?』 という質問の仕方と同じですよ。 『この話が作り話ではなく、誰も嘘もつかず、見間違いや聞き間違いもせず、患者さんに余計な情報を与えるようなことはけしてせず、患者さんが他の階のけして知るはずがない情報をはっきりと具体的に答えたとしたらどうですか?』 と言われたらこっちとしては 「あてずっぽうがたまたま当たったか、あるいは超常現象かもしれませんね、ただしその情報が全部本当ならね」 としか言いようがありません。

  • alphaXXX
  • ベストアンサー率40% (108/264)
回答No.6

おっと、屋上ではなく上の階の様子ですね。読み間違えました。失礼しました。 しかしながら屋上と同じ理屈で説明が付きますので回答の訂正はいたしません。

  • alphaXXX
  • ベストアンサー率40% (108/264)
回答No.5

病院の屋上の様子なんてどこの建物でも大差ありませんよ。あるいは起きた後にたまたま看護師同士などの会話で聞いたり、曖昧な言い方をしたためにそれを聞いた側が真実であるかのように拡大解釈した可能性もありますね。 あるいは病状が不安定な患者に気を使って本当ということにして上げたら噂が一人歩きしたということも十分ありえます。 またはオカルト商法のためにそういうことにした可能性も否定はできません。

noname#171555
質問者

お礼

何だったか覚えていませんが、他の建物の上の階に置いてある物の個数と色がわかったらしいです。 もちろんそこには行ったことがありません。 これが作り話じゃないとしたら何でだと考えられますか?

  • alphaXXX
  • ベストアンサー率40% (108/264)
回答No.4

無意識的なコールドリーディングの一種でしょう。病院なら周囲の状況なんてそう大差ありませんし、医師や見舞いに来た親族の反応なんて常識的に推察できることです。それに加えて蘇生して意識を取り戻したあとの周りの反応からさらに推察可能です。 また、植物状態でも周りの音が聞こえているという説もありますし、臨死状態の低下した脳でも周りの情報を無意識的に収集していたのかもしれません。 催眠状態の人間がしばしば本人は知らないはずの情報を知っているかのような言動を示すことがありますが、それは周りの人間の反応から推測し、それを自分がもともと知っていたと錯覚する現象です。 周りの人間も死にそうだった人間が意識を取り戻すという現象に神秘性を感じ、臨死体験者の言動が多少正確性に欠けていても「これは奇跡だ!魂は実在したんだ!」と思い込み、信じ込む可能性も高いでしょうね。

noname#171555
質問者

お礼

臨死体験中に、幽体離脱して他の建物の上の階の様子を見た方かいたそうです。 生き返ったあと、その様子を他の人に伝え、その人が確認しに行ったところ情報が合致していたという例もあるらしいのですがそれはどうなのでしょうか? この例の場合、その人がいた室内の場合と違い、その視覚以外の情報から推測しにくいでしょうし、本人以外の人が確認しに行っているため、記憶を事実に合わせているということも無さそうですが

  • alphaXXX
  • ベストアンサー率40% (108/264)
回答No.3

>脳波が一度完全になくなってから生き返った人も臨死体験をしたと言っているらしいですが、それは脳の機能が完全に無くなったことになりませんか? 脳波がなくなる前、つまりまだ脳が機能している間か脳波が回復して機能が戻った後の酸素欠乏状態の時に臨死体験をしてそれを覚えていただけでしょう。 脳細胞は再生しませんので脳波が停止しても運良く意識や記憶などの中枢の脳細胞に致命的なダメージを受けずに蘇生できたのだと考えられます。 >また、心停止などしている時に幽体離脱して自分自身を見たとか、その時の状況が見えたとか言っている人が多いことについてどう思いますか? ただの思い込みでしょう。人間の記憶は曖昧で、特に臨死体験をするような重大なダメージを受けているときは脳が正常に働いていない可能性が高いです。 そのときに臨死体験をしたら魂が体から抜け出すという発想を持つ現代人ならそういう夢を見る可能性は高いと思います。 私も臨死体験はしてませんが肉体から魂が抜け出して自分を見ているという夢はたまに見ます。 それを臨死体験中に体験したら私もそれを単なる夢ではなく本当に魂が抜け出たのだと思い込むかもしれませんね。

noname#171555
質問者

お礼

臨死体験中に幽体離脱して見た情報が、実際の状態と合致することについてはどう思いますか? 聴覚や触覚だけでは説明できないような視覚的な感覚を感じたという方もいるらしいですが

  • alphaXXX
  • ベストアンサー率40% (108/264)
回答No.2

>臨死体験が死後に脳の機能が失われてもなお、死者に見せる夢だとしたら これが間違いです。臨死体験は脳が医学的に生きているから発生します。臨死とは死んだ後ではなく、もう少しで死んでしまいそうだがまだ生きている状態を表します。 呼吸が止まったりして脳が危機に陥った際に脳の側頭葉が活性化して臨死体験を体験すると言われています。ようは夢に近い生理的反応だと思われます。 医学的な死である呼吸や心臓の停止が起きれば脳への血流も停止し脳細胞は急速に壊死します。心拍が数十分も停止すれば致命的に脳機能は崩壊します。 そうなれば臨死体験は起きません。臨死体験は心拍や呼吸が停止してから数分以内のまだ脳機能が生きている間に体験するものです。

noname#171555
質問者

お礼

脳波が一度完全になくなってから生き返った人も臨死体験をしたと言っているらしいですが、それは脳の機能が完全に無くなったことになりませんか? また、心停止などしている時に幽体離脱して自分自身を見たとか、その時の状況が見えたとか言っている人が多いことについてどう思いますか? 夢みたいな感じだとしたら自分自身が見えたり、その時の状況がわかったりというのはおかしい気がするのですが

  • Gizensha
  • ベストアンサー率34% (207/608)
回答No.1

思考の主体が脳にあるなら、灰になれば思考は出来ないので問題ないです。 思考の主体が脳にないなら、灰になろう思考は出来るので問題ないです。 仮に灰にしなくても、腐敗しますよ? 短時間で燃やすよりも、数日かけて腐り、解けて流れていき、地面なりにしみこんで、長時間醜く残っちゃいますよ? もし感覚が残っていたら、どう感じられるんでしょうね。

noname#171555
質問者

お礼

思考の主体が脳にあって、死んでも臨死体験(死後に脳波が得られ無くとも見れる夢とする)中に思考が出来るなら医学的に脳が死んでと思われても、脳は生きていることになりませんか? たとえ医学的に脳が死んだと判断出来ても、死んだ人自体から考えると焼かれて、思考が出来なくさせられるのは可愛そうな話です。

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