• ベストアンサー

日本人が好きですか?

mugi_to_hoの回答

回答No.4

そもそも武士道って一般の価値観じゃないからな。 人口の中のごく一部の軍人的な特権階級の価値観だからな。 大半の日本人はそんなもの持ってなかったし、もって無いもの失いようが無いのですよ。 日本人の平民の美徳は武士道精神じゃない。 村社会における相互援助と相互監視からくる自省の精神ですよ。

D_KoBaSy
質問者

お礼

あなたは挨拶をしろと言われませんでしたか? 両親を大切にしろと言われませんでしたか? 弱いものいじめするなと言われませんでしたか? 乱れた服装をするなと言われませんでしたか? 果たしてそれらはどこで教わりましたか? 学校ですか? 中には学校で注意されるものもあると思います。 しかし、一番初めに教わったのは両親ではありませんか? そして、学校で挨拶をする大切さを伝えるために一時間授業をしましたか? 多くの学校がしないと思います。 なぜなのか? それらは基礎だからです。 そしてそれらの道徳観は全て武士道に当たります。 花は桜木、人は武士道 この言葉の通り日本人は儚く、潔く散る桜を武士道だとしています。 欧州は薔薇を崇拝しています。 相互援助と相互監視からくる自省の精神、これらは誰に対するものですか? 他人ではありませんか? 他人を思いやる気持ち、それは武士道の『仁』に当たります。 このように、日本人には古くから武士道が染み付いているのです。 それらの『仁・義・勇・誠・礼』は日本人の誇りであり、武士道であります。 しかし、明治維新以降武士道は廃れてきています。 戦時中では政府の役人が武士道を口にし、戦争中毒者たちが増えたのです。 哀しいかな武士道、哀しいかな侍の誇り

関連するQ&A

  • 日本では武士道すたれた。盛んなのはどこ?

    日本では武士道精神すたれてしまったと感じます。 現在、武士道精神盛んな国または団体はどこですか?

  • 武士道は日本以外でも成立するか

    武士道とは日本古来からあるものですが、 死の心構えをもって戦いに望むという気概であれば、 別に日本以外でも武士道精神は成立しうると思うのですが、 日本以外の国で武士道精神が成立していた かどうかに関して詳しい方がいたら教えてください。

  • 現代の日本においてもし「刀」があるとすれば

    細かに書くと論文レポートのようになってしまうので、それは興味のある方は検索してもらうとして。 武術ではなく「武士道」の話です。 武士道にとって「刀」は魂と武勇、ひいては日本人の道徳体系、「義」「勇」「仁」「礼」民族性まで含有する武士道の象徴でした。 (というか、過去の話ではなく今の日本人の国民性自体が武士道精神に根ざしています) つまり刀は日本人のバックボーン、根っこ、すごい精神性を含んだモノだったわけです。 そんなものが実際に家にあった時代、刀に触れるだけ、見るだけで精神が研ぎ澄まされて高揚したでしょうね。 しかし、今はそんなものは家にありません。眼の前にないから忘れるし精神が研ぎ澄まされることがないんです。 なんか、そういうものがあればいいのになと、ふと思ってしまいました。 現代の日本においてもし「刀」があるとすればそれは何だとおもいますか。

  • 武士道精神についてお願い致します。

    武士道精神についてお願い致します。 近年は日本企業は円安待望論がずっと続いています。 円の価値が安くなるつまり日本の価値が低下する事でもあると思うとります。 このような日本の価値低下を望むような精神は 武士道精神に反するのではと思うとります。 台湾人も最近の日本人は武士道精神がなくなったとなげいとります。 武士道精神をなくしたのは利益優先至上主義が原因なのでしょうか?

  • 武士道の世界に認められたわけ

    かつて新渡戸稲造の記した武士道が世界中で読まれ、絶賛されたということですが、いまいち釈然としません。また、かつての日本の精神の豊かさは欧米以上であった、とさえ言われていますがやはり納得できません。ヨーロッパの騎士道や、中国にも儒教といった立派な思想が育っていたにもかかわらず、一体何を以てそれほどに武士道は認められたのでしょう。 武士道の素晴らしさって一体なんなのでしょう。精神の豊かさとはどういうことなんでしょう。

  • 日本人としての誇り

    日本は他国と比べ、非常に崇高な文化・心を持っていると考えています。 (愛国心ゆえかもしれないが) そこで質問です。 皆様は、日本人として生まれたことに、誇りを持っていますか? 私は持っています。 武士道精神の発祥の地に生を受け、日々、何かに目を向けることの出来る国に生まれ、良かったと思います。

  • 日本の背骨

    今の日本は戦後GHQに洗脳されたことで、それまで日本が持っていた。価値観を全否定されてしまいました。 戦前の神道も、武士道も、いまや日本人の精神的な支柱にはなりえないと思います。もちろん、明治以前の神仏同体説なども、なんのことか、分からないというところが本音だと思います。 日本人がこれから先、精神的な支柱として持つべき価値観は、日本の中にあるのでしょうか。 やはり、経済至上主義をこれからも通していかなくてはいけないのでしょうか。

  • サムライって?

    江戸時代まで、もっと言えばつい60年前まで、日本人の大半は農民だった訳ですが、なぜか日本人には「サムライ」を強調する人が多いように思います。(特に武士道とか精神性の面で) 新渡戸が書いたような、武士道の精神性は武士だけをあらわしたものではないというのは百も承知です。 外国では、貴族や騎士の家柄でもない一般のヨーロッパ人が騎士道精神やノーブレス・オブリージュを我が事として強調したりはしてないように思います。 日本人はどうしてサムライが好きなのでしょうか。 日本人にとっての「サムライ」とはどんなモノなのだと思われますか?

  • 内部告発と武士道精神

    昨今、企業における内部告発が問題視されています。 武士道精神という観点からすると内部告発とは如何なものだと思いますか? 私の考える武士道精神とは【武士道とは死ぬことと見つけたり】 山本常朝の『葉隠』であります。 主君に対して絶対の忠誠を誓う、絶対の奉公の道をとく。この観点から見ると内部告発など武士道精神に反すると思えてしまいます。 一方、新渡戸稲造は、「武士道」を通して天に恥じない生き方をするべく精神性を磨くことを伝えようとしました。 こちらの観点から見ると内部告発は(天に恥じない)という意味において武士道精神に則したようにも考えられます。 私は葉隠派ですので、反すると思うわけですが。 企業の自浄作用が働くといった利点もあるわけですけれど。 回答宜しくお願い致します。

  • 旧日本兵の武士道精神に関するエピソード

    戦時中の美談を収集しています。 大戦中のエピソードで、日本兵の武士道精神溢れるエピソード(フェアプレイというか、敵に対しても礼儀を重んじたといった類)をご存知でしたら、教えていただけないでしょうか?