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ジョン・レノンの・・・

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お礼率 14% (8/55)

ジョン・レノンの曲の中で、彼はラブ・アンド・ピースを掲げていますよね(実生活は別物と考えて)。しかし、彼はミリタリー・シャツというのでしょうか、軍モノのシャツを愛用していて、なんか違和感があるのですが、どなたかわかりませんか?
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回答 (全2件)

  • 回答No.1
レベル6

ベストアンサー率 42% (3/7)

ライブなどの映像を見ると、彼は70年代前半によく着ていますよね。
あれは彼得意のあてつけのこもった皮肉だろうとぼくは思ってました。
(特にアメリカ政府に対して)
60年代後半のフラワーパワーの時代、反戦をかかげたバンドは結構着てるのを見ます。
ウッドスットックの映像とか見ても着てたバンドや観客は結構いたような。
たしか、反戦、その後反捕鯨のカントリー・ジョー・マクドナルドは着て
I'm fixin'to die lug を観客と熱唱してたと思います。
あそこで着てた人たちは、少なくとも表面上はベトナム戦争に対する何かしらの意志を見せたくて着てたんですよね。
当時そういった感じでミリタリーシャツはファッションになりはじめたのではないかと思います。だから言い方は悪いけどとりあえず形としては「流行っていた」訳です。主張つきファッションとして。
だからもしかするとジョン・レノんもたいした意味はないけどなんとなく着てみたのかも。
少なくとも「おれは戦争するやつらに音楽で孤軍奮闘するんだ」とかいった
アホな主張ではないと思いたいです。
彼は確かにラブ・アンド・ピースをかかげてはいましたが、今の時代にいわれる程の聖人のような人ではなく、もっと常識的なふつうの人だったのでは
ないかと僕は思いたいのです。彼本人に聞いた訳ではないので、熱烈なファンが聞くと激怒するかもしれませんが、ラブ・アンド・ピースは
彼がいつも探して止まなかった「次の期待できるもの」の1つだったという
述懐をなにかの本のインタビューで読んだことがあります。
彼はいつも自分の人生に起きるつぎの大きな変化させてくれるものを
期待して無理にでも見つけようとして、それがビートルズ、マハリシ・ヨギ、アラン・クライン、LSDやヘロイン、その他GODで歌われてる人達で、
結局失望して次へと進んでいったみたいです。
その一つがラブ・アンド・ピースだと思ってます。
もちろん人として戦争に反対で自分の大きい立場だと何かできると
思い実行したことは偉いと思いますが。
彼がほっしてたのは世界のラブ・アンド・ピースより
自分の心の平和だったのは確かだと思いたいです。
それを求めてのラブ・アンド・ピースだったのではないでしょうか。
で小野洋子やショーンとの生活でそれを見つけ
ビートルズ時代から始まった別人ジョン・レノンから
また自分のよく知ってるジョン・レノンにもどり、やっと平和になれたというのがぼくの思ってるかれの人生です。
そう思うと、もし何の考えもなくであったり、うっかり軍ものシャツをきても腹はたちません。彼は特に70年代半ば過ぎくらいまでかなり
不安定な精神状態で暮らしてて、気持ちにもその時のかげんでかなりぐらつきがあったみたいです。
デヴィッド・ボウイにつくってあげたとされているNO1ヒット「フェイム」
も無断でスティービー・ワンダーから頂戴してきたみたいだし、
尊敬してたレイ・チャールズのことも「めくらの黒んぼ」と平気で言っちゃうこともあったみたいですから。
というのは、彼も聖人じゃあなくいい加減なこともあるという話し。
彼はずっと人間臭い人だと思ってます。
その人が自分が思う以上に巨大にされて、そこからまた自分を見つけだし
平穏に暮らす方法を見い出しもどったことが尊敬というか、
彼程大きい転機はなくとも、人の人生に同じようなぶぶんはあるので
身近な努力目標だったり、参考だったりして僕は彼が好きです。

で、だからアメリカや軍へのあてつけだと僕は思いたいです。
それ程大それた意図はなく、意思表示と軽いジョークくらいと。
文も拙く、長くなってごめんなさい。


  • 回答No.2
レベル8

ベストアンサー率 37% (10/27)

70年代前半と言う時代は、ベトナム戦争が泥沼化し毎日多くの若い命が失われていました。この戦争での戦死者の平均年齢は、なんと19歳でした。彼らは、徴兵制度と言う法律によって自分達の意思に関係なく戦場に狩り出されたのです。
 あまり知られてはいませんが、アメリカをはじめとする連合国軍には、フランス、イギリス、インド、韓国の軍隊も参加していました。どこの国でも同じですが、高額納税者の息子達は、あまり危険な任地に行くことはなく、家族や友人、恋人から引き剥がされて、行きたくもない熱帯のジャングルや水田のなかで「殺せ、殺しまくれ」と命令され続けていたのは、貧困層の息子達でした。この軍服を着せられた彼らこそ心からラブアンドピースを願い、必要としていたのです。
 当時、アメリカでは、平和主義者達は徴兵を断ることもできたのですが、これは、非愛国的行為として後々の就職などにもいい影響をもたらさなかったため、学歴とかあまりない貧乏人の息子達は、戦場へ行くしかなかったのです。
 貧困層出身のジョンは、彼らのことをよく理解していました。だから、彼ら自由の国の息子達と同じ服を着て彼らのために歌っていたんです。
 このあたりのことは、よい映画がビデオになってたくさん出ていますので今度のお休みあたりレンタル屋さんで借りてみて下さい。
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