• 締切済み

悪の誘惑

私は、成長したいと思っています。 しかし、それを邪魔するように様々な悪の誘惑があります。 私は未熟で、簡単に誘惑に負けてしまいます。 物質に対する執着心があります。 自分を良く見せたいという気持ち(虚栄心?)もあります。 何か物を買うにしても、「最低限の機能があればいいじゃないか」「安い物でいいじゃないか」と思う自分が居る一方、いや、こっちの方が高性能だし・・・とか、こっちの方がオシャレだし・・・などというように、心の中で、天使と悪魔の戦いみたいな葛藤があり、大抵の場合、悪魔が勝ってしまいます。 髪やファッションに気を使ってオシャレな自分で居たいと思う一方、オシャレになった自分にふと恥ずかしくなったりします。何カッコつけてるんだ、と。 聖人と呼ばれるような人などと比べて、自分の未熟さに恥ずかしく情けなくなります。 あの人がこんな風に格好を気にするだろうか? あの人がこんなに物にこだわるだろうか? と。 格の高い人は外見などにこだわらないでしょう。 格の高い人は自分の為にはほとんどお金を使わず、他人の為に使うでしょう。 人には守護霊というのが居るそうですが、守護霊に対しても申し訳ないです。 「こんなにも未熟でごめんなさい」と思い、泣けてきます。 他人の為に役立つ人間になりたいと思う気持ちが心の底にあるのに、今の実際の自分は、自分のことばかりです。自己犠牲の精神がまったくありません。自分の人生の楽しみなどすべて捨てて、他人の為に一生を捧げるような人間にはなれないのでしょうか? 今の私のレベルではあまりにも背伸びしすぎでしょうが、私は今後どうやって成長していけばよいでしょうか?

みんなの回答

noname#207138
noname#207138
回答No.7

そのまま真っすぐ。 それで良いんです^^ 色々と悩むでしょうが、それで良いんです^^ 諦めないで自分の目標を目指し続けましょう。 エベレスト登頂の目標に対して自宅のドアを開けるところまでたどり着かないもどかしい思いを長い間するかもしれません。 でも、ある日突然いつのまにか既に空港に居る自分に気がつくでしょう。 自宅のドアさえ開ける事ができないと思っていて家の中をうろうろしていたつもりがいつのまにか空港に居る。 この「飛躍」までは同じところで足踏みしている気分になりますが、諦めない事です。 絶対にたどり着けますからね^^

noname#136119
質問者

お礼

皆さまご回答ありがとうございました。 皆さまのおかげで、とても励まされ元気づけられました。 何度も涙ぐみながら読ませていただきました。 全ての回答をベストアンサーにしたい気持ちです。 頂いたアドバイスを胸に、これからもたくさん学び、何度転んでも絶対に立ち上がり、高いところを目指して一歩一歩成長していきたいと思います。 本当に本当にありがとうございました。

  • michael-m
  • ベストアンサー率50% (2724/5433)
回答No.6

向上心のあることは素晴らしい事だと思います。それだけで、ただ流されている人に比べれば、また他人の基準を自分のセンスだと思い込んでいる人に比べれば何百倍も完成されています。まずその事を誇りに思ってください。 チャラ男であろうと、聖人であろうと、それは自分が自分に必要なものを求めて取捨選択した結果であり、どちらが上で、どちらが下という事ではありません。つまり自分がどちらかでないから恥ずかしいというものではないのです。 自分を美しく見せたいというのは本能であり恥ずかしいものではありません。 捨てられない自分を恥じる必要はありません。 日本人はグロ-バルだとかなんだとかいって、結局“自分はどう進むのか”という本質を失わせる教育をしてきました。その結果自分を持たず、同じ環境以外のものを否定し蔑む民族になってしまいました。 大した機能的根拠のない常識、マナー、一律的なファッション、など全てがそうです。 車もどのメーカーも似たり寄ったり、車の性能を自分の技量と勘違いして事故を起こします。服も「今年はこれ」などと他人に決められ、それが自分のセンスだと思って似たり寄ったりのものを着ています。リクルートファッションなんて最たるものです。世の中の指導者層がその程度のものなのですから仕方ありません。 で、解決策の第一は、古いもの、戦後でよいので、古いものから新しいものまで小説を読みましょう。 名作でなくて十分です。特に人間描写をしっかりしているものはいいです。 第二に、例えば携帯を買い換えようと思ったときに、自分が使ってきた機能を紙に書き出しましょう。 そして次に新機能を書き出し、我慢ではなく、必要だと思うもの以外を消します。 そうすれば最低限どの機能が必要かがわかります。 ファッションも同じ、自分がどの格好が好きなのか考えればいいのです。 格の高い人は世の中の人の様に高級ブランドの安物は買いません。皆オーダーメイドです。 つまり高級ブランドの汎用品を買うのなら、同じ料金でオーダーメイドが変えるブランドを選びましょう。 それが本当の格の高い人です。世界の真のセレブは高級なものをオーダーし、長く使います。つまり流行り廃りの無いセンスのよいものをさりげなく直しながら使うのです。“大人買い”なんていうものは下賎な成金のやり方です。 日本の“セレブ”はセレブリティとは全く別物です。「リティ」がない、つまり「らしくない」ということなんですよ。(現在英語のセレリティという言葉も、実成金や有名人と言う意味に変ってきてますけど。つまりセレブという言葉自体が安物になりつつあります。) 聖人は生まれながらの聖人は居ません。 キリストだって、実際には洗礼者ヨハネと知り合ってからその道に入ったという外国人科学者の見方もあります。 それまでは、或いは死ぬまで彼はユダヤ教徒でした。 高僧も生まれながらの高僧はダライラマくらいじゃないでしょうか?彼は生まれ変わるので別格です。 それに彼らは皆、人生の後半に聖人と呼ばれたものです。 聖人になるため、歴史に名が残るようになる人はとにかく“学び”ました。ジャンルは関係ありません。 学ぶ姿勢が自分を高めて行ったのです。 だから学校の勉強だけではなく、全ての事に対して興味を持ち学ぼうという姿勢を以って自分を高める事。 そうすれば自然に自分の価値を高めてくれます。容姿やセンスは自然にそれについてくるのです。

  • g8r2e7en
  • ベストアンサー率25% (240/932)
回答No.5

質問者様には以下の言葉を送りたいと思います。 ・何が悪で何が悪じゃないのか? その基準を決めているのはすべて「自分」。ルールという鎖を自分で作りすぎていませんか? ・自分のことを考えずに、まず他人のことを考えましょう。 ・あなたは今を見ないで、未来のことの方ばかり見つめているような気がします。今を見ないと今を生きられません。 ・遠い人を見つめすぎないで。近くの人のことを考えましょう。 ・失敗をたくさんすること。 ・いろんな人に出会うこと。 ・本を読むこと。 とにかく、「理想の人間」という幻想にとらわれてすぎているような気がします。 現実をたんたんとこなし、真面目に勉学や仕事に打ち込み続けていれば、人間はこうあるべきだということはおのずと見えてくるものです。 今はその「理想の人間」と「現実のあなた」とにギャップがありすぎて、悩んでらっしゃるのだと思いますが、まずはその幻想を捨てなさい。 目の前の仕事をきっちりこなすこと。 やるべきことをしっかりすること。 そこから始まるのです。 考えるより、まず行動です。 がんばってくださいね。

  • air1202
  • ベストアンサー率0% (0/1)
回答No.4

こんばんわ、はじめまして。僕が思うに成長っていうのは一言で「こうすればいい」というものではないと思うんです。未熟なのが嫌だとありますが、未熟でない人間なんてこの世の中一人としていません。逆に、未熟じゃない人間というものはとても退屈なのではないでしょうか?自分が未熟だから、すこしでも成長したい、そのためにはどうすればよいかを考えて、そうやって考えていくうちに人は成長するものなのだと思います。今、なやんだり苦しんだり申し訳なく思ったりするのも、本当に大切なことなのではないでしょうか?ぼくは、今悩んでいらっしゃるあなたこそが、今、申し訳なく感じているあなたこそが、成長しているのだと思います。

  • fujitapari
  • ベストアンサー率20% (240/1199)
回答No.3

外見にこだわるのも結構、自分のためにお金を使うのも結構。 自分中心でも、人生を楽しめれば大いに結構。 聖人も最初は未熟です。 誘惑に負け失敗し、反省、努力をして到達するのでしょう。 普通の人は、なかなか聖人にはなれません。 そこまでいかなくてよいとも思います。 これだけはやっておきたいとか、これだけはしないようにしようとか、希望をもって楽しく生活できればよいと思います。 できれば自分が楽しく感じることを、それができない人に感じられるよう手伝いをしてあげれば、より良いと思います。 貴方が若いのなら、いろいろ多くのことを経験することが大切だと思います。 実体験から読書や映画、友達との会話や先輩からのアドバイスまで。 沢山吸収し、良く分析し、それをどう生かしていくかが大切です。 お金を沢山使った人がお金持ちと言った人がいます。 人生も同じで、できるだけ沢山の経験をした方が勝ちです。 無駄や恥ずかしい経験もあるけど、最後は逆転さよならホームランを打ちたいですね。

  • jinkoda
  • ベストアンサー率39% (33/83)
回答No.2

「情けは人のためならず」です。 人に評価してもらいたいと思うと、流行とかセンスとかいろいろと悩みますよね。 私なんかは、あまり人に評価してもらおうと思って生きていない気がします。 それよりも、自分が納得できる生き方を選んでいます。 たとえば、自分が他人を評価するときにそれは「絶対的な尺度」で評価していません よね。それと同じで、他人も自分を「絶対的な尺度」では評価できないんです。 なにも媚びを売る必要はないのですが、あまり人の評価や印象を気にしてもしょうがない かなって思います。 また、一度に多くの人を救うことはとても難しいです。でも、1日一人に「ありがとう」って言ってもらうと、1年で300人以上から感謝されたことになります。10年で数千人ですよ。 自己犠牲をそんなにしなくても、大丈夫ですよ。というのも、人のために生きることは その人の生き甲斐だから、自分を犠牲にしていないと思うのです。 その人は人のために生きたいと思っているからです。 まずは、自分の身近な人から「ありがとう」って言われるようなことをしてみてはいかがでしょうか? そうすると、とても気持ちがいいし、やりがいが出るし、次もしてみようと思いますよ。 「千里の道も一歩から」です。 地道にやっていくしかないかなと思います。

回答No.1

そんなに深い悩みをお持ちなら、宗教に入って指針を得るしかないですよ。 私の知っている人が(と言っても一方的に私が相手を知っているだけで相手は私のことを全く知らないんですが)まい進してる宗教です。 コチラ  ↓ http://www.aleph.to/ ぜひ一度アクセスしてみてください。 きっと光明が見えてきますよ!!

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